うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
拠点と定めた宿の一室。
『ティティカルオゥル』の面々を前に、ドリィ殿が報告の言葉を述べていく。
「ムルの皇族を調べてみましたが、
仮面の人物のような背後の存在は
確認できませんでした。
完全ではありませんが、つながりがあるのなら、
やはりヌルティオセの方ではないかと思われます」
「ドリィさんがそう仰(おっしゃ)られるのなら、
間違いはないと思います」
請け負うユズカ殿のまなざしは信頼に満ちている。
長年の絆がそうさせるのだろう。
それを、某(それがし)たちが信用しない理由はない。
ティティカ姉は無言でうなずき、一同の顔を見回した。
「それじゃ、標的はヌルティオセの上にいるって事で
話を進めようか。
雇兵団(アンクァウラ)としての今後の方針を」
少しだけ、試すようなまなざしで。
「アタシたちの調べたところによれば、
ヌルティオセは将来有望な国だ。
国土は豊かで資源も多く、
軍も着実に力をつけている。
都の様子を見ても明らかだね。
問題があるとすれば唯一つ、
国を支える民の扱いが、
まるで奴隷のようだって事ぐらいか」
「奴隷というより、あれでは家畜だ。
ただ税を搾り取るためだけに
生かされているようなものです」
裏路地で出会った子どもを思い出し、つい口を挟んでいた。
武士(もののふ)にあるまじき激情に自分でも驚く。
話を遮った無礼に気づくのも早かった。
「す、すいません」
慌てた謝罪に返されたのは、無言の微笑み。
何事もなかったかのように、ティティカ姉は話を続けていく。
「でも、その体制はムルの頃から
引き継がれているものらしい。
今ほど極端ではなかったそうだけど、
しょせんは程度の差だろうね。
元の皇族が上に戻ったところで、
民の生活が劇的に変わるってわけでもないってことだ。
さて、それを踏まえた上で」
息を吸う短い沈黙の後、
「ヌルティオセとムル、
どっちにつく?」
ティティカ姉は皆に問いかけた。
「考えるまでもない。
今まで通り、ヌルティオセに従うのが
筋と言うものでしょう」
本来ならありえぬ問いに、テルテォが真っ先に答えた。
至極真っ当な反応だ。
雇い主がどのような者であれ、一度交わされた契約を破る事は、武士(もののふ)としても、雇兵(アンクアム)としても、絶対の禁忌なのだから。
胸を張ったテルテォからは、確固たる自信が見てとれた。
「そうでしょう、姉上」
「私は、アルルゥ殿に従おう」
姉の言葉を聞くまでは。
「あ、姉上?」
「私はこの団に加わる際、
すべての決定をアルルゥ殿に委ねると決めた。
その器を見極めるためにな。
必要とあらば過ちを犯しもしよう。
その罪も共にだ」
弟の動揺を気にもかけず、リネリォ殿は淡々と語った。
静かな決意は確かなもので、微塵の揺らぎも感じさせない。
テルテォに、その意思を覆(くつがえ)すだけの胆力はなかったらしい。
「あ、姉上がそう仰(おっしゃ)られるのであれば……
いや、俺は、戦の場に立てれば不満はありませんので」
態度こそ大きく見せたままだったが、答える言葉はずいぶんと本来の主張から離れていた。
次に口を開いたのは、ムティ殿。
「僕は、戦い自体に反対です。
姫さま、オンカミヤリューである僕たちが
手を出すような問題ではありませんよ」
彼の立場を考えれば、それも当然の答えだろう。
オンカミヤリューは調停者とも称される、国々の架け橋たる存在。
その姫君が国の内乱に手を貸すなど、一つ間違えれば外交問題にもなりかねない。
某(それがし)たちとは比べ物にならない大問題であるはずだ。
にも関わらず、カミュはいつものカミュでしかなく。
「そうはいかないよ。
仮面の人の正体を突きとめなきゃ
いけないんだから」
答えは気負いも不安も見せぬ、初志貫徹したものだった。
「ひ、姫さま。
事はそう単純なものでは――」
「その目的のためなら、
ヌルティオセについた方が楽かもしれないよ」
からかいを含んだティティカ姉の進言に、カミュは首を横に振った。
答えは始めから、森で彼女に出会った時から決まっていたのだろう。
まっすぐなまなざしに迷いはない。
「ユズっちが困ってるのに、
黙ってなんかいられないよ」
「ん。ユズっち助ける」
それは、隣に座るアルルゥも同じ。
「カミュちゃん、アルちゃん……
ありがとうっ」
飛びつき抱きあう三人の少女。
殺伐とした軍議の中、その光景は場違いでありながら、『ティティカルオゥル』にとっては必要不可欠なものであるように見えた。
笑みを誘われるやりとりを横に、ティティカ姉は視線を移す。
「さて、アンタはどうだい、
タイガ」
最後に残った某(それがし)へと。
「雇い主を裏切るのは不名誉だ。
エヴェンクルガのアンタにとっては殊更(ことさら)だろ。
さあ、どうする?」
「そのような事、考えるまでもありませぬ」
底意地の悪い問いかけであったが、三人の少女同様、某(それがし)にも迷いはない。
「幼子が路上で飢え死ぬような治世に義がありましょうか。
エヴェンクルガなればこそ、某(それがし)はユズカ殿に助勢いたします」
確かな意思は心の内に、新たな力を宿していた。
それはまた、団員全員に通ずる想いでもあったらしい。
同意のうなずきは隣のアルルゥから、他の面々にも伝わっていた。
「なるほど、みんなバカだねぇ。
アンタらを誘ってよかったよ」
言いながら、ティティカ姉の顔にも満面の笑みが浮かぶ。
「それでは、ティティカ様」
「ああ。オボロ殿に伝えておくれ。
準備はできてる、決行の日を伝えてくれれば
すぐにでも、ってね」
そしてドリィ殿の問いかけには、似合いの不敵さで答えていた。