うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・27~ ユズハの願い・攻城

 

 月の明かりが都を照らしている。

 静かな光はいつもの通り、悠然と世界を見下ろすだけ。

 騒がしいのは何時であれ、人の世とその営みだ。

 今、ヌルティオセは騒然たる雰囲気に包まれていた。

 

 上の街に燃え上がる、幾つもの炎の猛りによって。

 

 街には鐘の音が鳴り響いている。

 幾重にも重なって聞こえてくるのは、その場所が市内すべてにおよんでいるからだ。

 まったく、短い時しかなかった割に、異常なほど手際が良い。

 半ば呆れの思いを抱くが、人の事は言えぬと、軽い自己嫌悪を抱く。

 三件も同じ事を繰り返す内、某(それがし)もだいぶ火付けのコツというものを身に着けつつあった。

 策のためとはいえ、心苦しさがなくなるわけではない。

 一応家屋ではなく蔵を狙ってはいるのだが、延焼だけはしないでほしいものだ。

 今や都中に広がった火事の騒ぎは、街の火消しだけでは収拾がつかず、目論見どおりに城の兵も動きだしていた。

「おい、貴様!

 こんなところでなにをしている!」

「その手に持った油と松明はなんだ!」

 自分が発見される事は考えていなかったが。

「いや、某(それがし)は、その、

 少し星でも愛(め)でようかと」

「ふざけるなっ」

「この不審者め。

 大人しく縛につけ!」

 つきなれていない嘘は、やはり説得力に欠けていたらしい。

 二人の兵は、手にした刺股(さすまた)を構えて近づいてきた。

 火をつけておいて言うのもなんだが、彼等には早急に火消しの作業に当たってほしい。

 止むを得ず、手にした松明を放り投げた。

「む?」「ぬ?」

 放物線を描く小さな火が、二人の気を引いた一瞬で、その横を駆け抜ける。

 腰の剣を抜き、納め、後に残すのは鍔鳴り一つ。

 足を止めるのと同時に、二人の兵は頽(くずお)れた。

 峰による打ち込みだ、すぐに目を覚ますだろう。

 そうこうしている間にも、鐘の響きはより激しいものへ変わっていた。

 それは、外敵の襲来を告げるもの。

 少しだけ街の外へと目を向けてから、某(それがし)は逆の向きに走りだした。

 都の中心にある城へ。

 

 数々の犯罪行為も、全てはティティカ姉の指示通り。

 街への放火は作戦の第一段階であった。

 すべては状況を混乱させ、城の指揮系統に綻(ほころ)びを生むためだ。

 その炎を合図とし、街の外からはオボロ殿に率いられたムルの残党軍が、攻撃を開始しているはずである。

 戦力差は歴然としているが、城を手薄にできれば、それでよい。

 

 往来は想像以上に混乱し、予想以上の兵で埋まっていた。

 経過は上々といったところか。

 密かに城へと忍びこむ。

 某(それがし)同様、火付けの役を果たした『ティティカルオゥル』の面々もまた、城へと向かっているはずだ。

 いや、すでに暴れているらしい。

 城に備えられた警鐘は、軍の法にはありえない、出鱈目な調子で打ち鳴らされている。

 第三段階の合図だった。

 街の騒ぎは城の周囲で、さらに大きくなっていた。

 ティティカ姉が手配した雇兵(アンクアム)たちが押し寄せているためだ。

 某(それがし)たちの理念理想に共感した者もいれば、ヌルティオセの倍に値する褒賞に釣られた者もいる。

 城の内部を空にするための駄目押しだった。

 『ティティカルオゥル』の今後のためでもあるという。

 ティティカ姉曰(いわ)く、一人では裏切りだが、一〇〇人でならば謀反(むほん)になる、と。

 いずれにせよ、この乱を勝利に納めなければ意味のないことだ。

 今は、目的を果たすために剣を振るうのみ。

「ハッ!」

「ガッ……」

 侵入した城の内、押し寄せる最後の敵を斬り伏せた。

 それとて、この場のみの話。

 すぐに新手がやってくるだろう。

 その前に、決着の場に辿りつかなければ。

 息を整えた時、背後の気配に気がついた。

 慌てて振り返り、その姿に安堵する。

「アルルゥ。ユズカ殿も、ご無事で」

 爪と牙を朱に染めたムックルの上、二人は怪我の一つもなくそこにいた。

「はい。タイガ様も」

「トラ、おそい」

 嬉しそうなユズカ殿に比べ、アルルゥはいつもと変わらぬ平たい声をしていた。

 本気で責めているわけではないのだろう。

 戦において必要な事を、アルルゥはちゃんと心得ている。

 駆けるムックルと並んで走りながら、某(それがし)も無用な気遣いはしなかった。

「皆は」

「わかんない。

 カミュちーは、あそこ」

 アルルゥの指差す先で、城の壁が爆散した。

 カミュの法術だ。

 またずいぶんと派手にやっている。

 自分の立場がわかっているのだろうか。

「あの、急いだ方がよいと思います。

 その内、おじ様が来てしまいますから」

 壁の穴を通りながら、ユズカ殿が行動を急かしてきた。

 異存はないが、その理由がよくわからない。

「オボロ殿は反軍の指揮を執っておいでなのでしょう?

 まさか、敵陣の真ん中に突っこんでくるようなことは」

「いえ、きっと来ます。

 私が、ここにいますから……」

 返された言葉には、恐ろしいほどの自信がこもっていた。

 期待というよりは諦めの響きであるが。

「……なるほど。

 反軍による陽動も長くは続かない、

 という事ですね。

 急ぎましょう。

 しかし、皇(オゥルォ)はともかく

 あの女がいる場所もとなると……」

「こっち」

 先の分かれた廊下を前に逡巡する某(それがし)を置いて、アルルゥは迷うことなくムックルの足を進めていた。

 慌ててその後を追う。

「わかるのか?」

「ん。匂いおぼえた」

 匂い?

 いや、そんな、まさか。獣ではあるまいし。

 ムックルが、という事だろう。恐らくは。

 ひくひくと鼻を鳴らしながら進むアルルゥの足は、確かに騒ぎの中心へと向かっていた。

 嵐のような痕跡と共に、斬られ、射抜かれ、潰された兵の数が増えてくる。

 先行した連中は思った以上に侵攻を果たしていた。

 それは、某(それがし)たちの到着を待つ事もなく、乱を終息させるほど。

 辿りついた一際堅牢な部屋の内、一際の破壊が刻まれたその場には、一際豪華な装束をまとった男の骸が転がっていた。

「おや、タイガ」

「アルちゃん、ユズっち。

 大丈夫だった?」

 ティティカ姉にリネリォ殿、カミュとムティ殿まで、部屋には

『ティティカルオゥル』の全員が揃っていた。

「遅かったな。

 乱は勝利に終わったぞ。

 俺の手によってな」

 自慢げな笑みを浮かべるテルテォも。

 返り血を浴びたその姿は、場に相応しい凄惨さではある。

「お前な、自分一人の力で勝ったつもりか。

 皆の協力があったからこそ、

 速やかにこの場へと来れたのではない――」

「アルちゃん?」

 テルテォへの文句を連ねようとして、ユズカ殿のつぶやきに気づいた。

 その理由。

 ムックルの背を降り、部屋の奥へと進んでいくアルルゥの姿にも。

 緊張をまるで解いていないその様に、先に在る者を理解する。

 次の瞬間には、彼女の進路を塞いでいた。

「お?

 トラ――」

「某(それがし)が先に行く」

 代わり、自ら奥扉の前に立つ。

 背中に走る悪寒は、いつか感じたのと同じもの。

 だが、いまさら怖気づいてどうする。

「ハッ!」

 湧き上がる不安ごと、居合いで木戸を斬り飛ばした。

 途端、あふれだす黒い気配。

「うっ……!?」

「むー」

「これは……?」

 それは冷たくも熱くもなく、色も匂いもない、ただの空気。

 にも関わらず、明らかに異なるモノだった。

 感じるのは体ではなく心。

 いや、魂こそが震えるような、憎悪。

「この気配……

 これって、『怨(オン)』?」

 オンカミヤリューの姫君が、震える声でつぶやいた。

「『怨(オン)』?

 なんだ、それは?」

「……怒り、悲しみ、憎しみ、恨み。

 妬み、嫉み、苦しみ、痛み……。

 人がもつ、ありとあらゆる負の想いの残滓……」

 カミュは顔を蒼白にしてそう答えた。

 なるほど、納得できる。

 触れているだけで心を殺されていくような感覚は、まるで毒だ。

 濃密な血の匂いが香るような錯覚は、薄闇の部屋から流れだしてくる。

 いや、あるいは吸いこまれているのか。

 いずれにせよ、原因が内からであることには違いない。

 仄かに輝きを放つ陣の内に、たたずむ者は仮面の女。

 ハクビと呼ばれていた化生(けしょう)の手には、黒い石が握られていた。

 

 幼子の腕を思わせる石が。

 

 見えるはずのない周囲の念が、渦巻き吸い込まれていくのがわかる。

 幼子の手の内に、貪られるように、続々と。

 それは『怨(オン)』を喰らうほど、わずかに脈動しているようにも見えた。

 見守るハクビに動く気配はない。

 いや、ようやく、部屋を開いた某(それがし)たちに視線を向けた。

「貴方たちが争いを起こしてくれたのですか」

「……勝敗は決したぞ。

 投降しろ。

 そして、某(それがし)たちの問いに答えてもらおう。

 お前がなにをしているのかもな」

「感謝します。

 静かな苦しみより激しい戦の方が、

 より強い『怨(オン)』を生む事がわかりました」

「な、に……?」

 それでは、この女が画策したというのか?

 苦しみを得るために、そのためだけに民を虐げていたと?

 心に黒い想いが燃える。

 周囲の気と同じものだ。

「ふ、ふざける――?」

 怒りに任せて詰め寄ろうとして、横から現れた人影の威圧に、足を止めさせられた。

 隻眼巨漢の武士(もののふ)に。

 金棒じみた鉄棍を備えた姿は見間違いようがない。

 崩れ落ちる炎の砦で出会った男だ。

 リュウガ兄の姿は見えないが、前に立つ男は、それに匹敵する気をまとっている。

 過去の、刹那の経験が、自然と注意を促していた。

「皆、気をつけろ。

 この男、尋常ではない使い手――」

 だが、その言葉より先に、飛び出していた者がいた。

「オオオオオオオ!!」

 高らかな雄叫びにこめられているのは、必殺の気合。

 怒りの気は先の某(それがし)を遥かに上回っていた。

 強大な力の流れにテルテォの姿を思う。

 だが、爆発めいた力と念は、それすら比較にすらならない強さ。

「ハアアアアアアアア!!」

「ムッ」

 閃光めいた一撃を、隻眼の男は鉄棍で弾き止めた。

「なかなかの槍だ。

 しかし、冷静を欠いて我には勝てぬ」

「黙れぇ!」

 威力を殺された突撃の主は、わずかに後ろへ押し返されたが、向ける怒りはまるで揺らいでいない。

 咆える声など、男に語ることすら許さない気勢だ。

 あまりにも強すぎる殺意が、彼女の身に雷をまとわせている。

 それは、凄絶な美貌ゆえに、

「我が一族の、積年の恨み……

 晴らさせてもらうぞ、

 ラクシャイン!!」

 叫ぶリネリォ殿の様相は、血に狂う鬼女のように見えた。

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