うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・29~ ユズハの願い・進路

 

 戦が終わり、ヌルティオセの都は、ひとまずの落ち着きを取り戻した。

 いや、今の名は違う。

 正統なる血筋を取り戻した国の名は、再びムルへと戻されたのだから。

 もっとも、混乱続く乱世にあり、正統などという言葉にどれほどの意味があるのかは、はなはだ疑問だが。

 ともあれ、復興作業は速やかに行われていた。

 燃えた街並みの修繕や、戦の傷痕の修復はもちろん、富める者たちの財を解体する作業も。

 オボロ殿が脅しつけでもしたのだろう。

 そうでなければ、これ程まで迅速に事が進みはしなかったはずだ。

 無論、不満の声はある。

 従わず国を去ろうという者もいたが、ムルの皇(オゥルォ)はそれを認めなかった。

 意見を力で抑えつけるやり方に変わりはなく、没収した財とて、すべてが等しく民に与えられるわけではない。

 疲弊した状況に、争いの火種は、まだ幾つも残っている。

 それでも、以前よりはよくなるはずだ。

 せめて、幼子が飢えて死なぬ程度には。

 いずれにせよ、この国の動乱に関して、某(それがし)たちが関われる事はもうない。

 後は信じて任せるだけだ。

 オボロ殿と、ユズカ殿が信じた者を。

 

 むしろ『ティティカルオゥル』にとってもっと重要な問題は、今の食事の雰囲気だろう。

 日頃なら無駄に騒がしい食卓が、今日は半ば殺気だっている。

 

 黙々と箸を進めるリネリォ殿の、鋭すぎるまなざしのせいだった。

 

 城での戦いを終えてからずっとこの調子だ。

 いや、多少は落ち着いた方か。

 意識が戻った直後など、ラクシャインの姿を求めて飛び出そうとしていたのだから。

 オボロ殿が再び眠らせなければ、ウマ(ウォプタル)が潰れるまで走り続けていただろう。

 かといって、このままにしておくわけにもいくまい。

 差しだされた椀に代わりの飯を盛りながら、沈黙を通すリネリォ殿に声を掛けた。

「少しは心を鎮めて下さい。

 焦ったところで連中の行方が

 知れるわけではありません」

「……私は冷静だ。

 やる気のない奴は黙って

 食事番でもしているがいい」

 ……にべもないとはこの事か。

 日頃口数が少なく冷静な分、テルテォの言葉よりも棘が鋭い。

「や、やる気がないとはどういうことですか。

 某(それがし)とて精一杯やっております」

「フン。そうやって

 自らの弱さに甘んじられる程度の覚悟と

 一緒にするな」

「なに……?」

「あ、姉上――」

「私はな、奴の命を絶つために、

 そのためだけにすべてを費やしている。

 逃れられて平静でいられるほど

 気楽ではないのだ」

「某(それがし)とて、

 必死の覚悟をもって兄上を追っているっ。

 自分ばかりが不幸だと決めつけて

 仲間に迷惑をかけるのが、

 リネリォ殿の道であられるのか!」

「仲間? 仲間だと?」

 激し、発した某(それがし)の言葉を、リネリォ殿は鼻で笑い飛ばした。

 冷徹冷酷な表情の冷たい瞳が、一際に鋭さを増す。

「私はお前たちと遊んでいるわけではない。

 団に加わったのは、利用価値があると踏んだからだ。

 役に立たぬのなら、こんな所に用などないっ。

 迷惑だと? 上等だ。今すぐにでも団を抜けて――」

「ダメ」

 刃のような言葉の数々は、ただの一言で止められた。

 そのすべてを受け止め、傷つきながら、声の主は一歩も引かない。

「……アルルゥ殿」

「いっちゃダメ。

 リネリン、ともだち」

「いや、しかし……」

「アルルゥも、おねーちゃん探す。

 きっといっしょ。

 だから、リネリンも、いっしょに探す」

 アルルゥの声はいつもと変わらなかった。

 表情も、態度も、雰囲気も変わらない。

 アルルゥはいつものアルルゥのまま、荒れるリネリォ殿をも受け止めていた。

 瞳にほんの少しだけ、揺れる想いを潤ませて。

「あ……」

「う、む……」

 それ以上、ぶつけあう言葉が見つからなかった。

 リネリォ殿も同じ想いなのか、続けるつもりはないらしい。

 ただ、食卓を覆う沈黙は、より深いものとなった。

 しばし、無言の時が流れる。

 黙々と箸を進めるアルルゥの隣で、カミュがひたすらおろおろしていた。

「アルちゃん……

 リネリォ姉様……

 うー……」

「……姫さま。

 ぼくたち、もう帰った方がいいですよ」

 ひそめられたムティ殿の声ですら、妙にはっきりと聞こえてくる。

「帰るって、どこに?」

「オンカミヤムカイにですよ。

 今回の件だって、ぼくたちが参加してた事が

 バレたりしたら大変なんですから。

 このように危険な場所、

 姫さまには相応しくありません」

「……そっか、そうだよね。

 それだ!」

 傍(かたわら)で聞いていても説得力のある説明に、カミュもしきりに頷(うなず)いていた。

 始めは小さく、次第に強く、大きな目を輝かせていく。

「わかっていただけましたか?

 よかっ――」

「そうだよ。

 みんなでオンカミヤムカイに行こう!」

 そして行き着いた結論に、パンと勢いよく手を打った。

「ひ、姫さま?」

「今回の件も報告すれば、

 きっとお姉様も力を貸してくれる。

 色んな国の國師(ヨモル)の話も聞けるし、

 あんなに目立つ逃げ方したんだもん、

 きっと話も伝わってくるよっ。

 ね、どうかな?」

「オンカミヤムカイ、か」

 唐突なカミュの提案に、思わずつぶやいていた。

 大神(オンカミ)ウィツァルネミティアを崇める総本山。

 神聖にして不可侵たる『始まりの国』の名を。

 確かに、なんの手がかりもない今の状況にあって、カミュの言葉には力があった。

 少なくとも、ここで不満をぶつけあっているよりは、よほど建設的といえる。

 おそらく、皆も同じ結論に達したのだろう。

 視線は自然と座の中心、まどろむような笑みへと集まった

「ティティカ姉、どうしますか?」

「さて、少しはゆっくりしようかと思ってたんだけど、

 団員がやる気になってるのに

 水を刺すのも野暮ってモンだろうからね」

 結論はあっさりと、言葉に結ばれた一同の総意は、

「行ってみようか。

 『始まりの国』に」

 全員の頷(うなず)きによって了承された。

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