うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

75 / 235
~第二幕・30~ ユズハの願い・約束

 

 目的を決めれば行動は早い。

 雇兵団(アンクァウラ)『ティティカルオゥル』は、速やかに街を出る算段をつけていた。

 貰い受けた馬車の中、積みこまれた荷を確認する。

 数日分の食料に、水を詰めた小さな樽、人数分の寝具と新調した調理具一式。

 道連れの数が増えると、旅への備えも一苦労だ。

 一両日でこれだけのものを揃えるにも、相応の労力を要したに違いない。

「ありがとうございました」

「いえいえ、この程度」

「大した事ではありませんよ」

 頭を下げた某(それがし)に、ドリィ殿とグラァ殿は気さくな笑みで応えてくれた。

 戦にあっても、日々の営みにおいても、実に万能なお二人である。

 気立てよく器量もよい。

 もったいないことだ。女人であれば引く手数多であろうに。

 いや、街での様子を見る限り、十二分に人目を引いてはいたが。

「お前たちがいなくなれば、

 街も少しは落ち着くだろう。

 さっさと失せるがいい」

 一方で、オボロ殿は相変わらず口が悪い。

 だが、今ではそれも心地よく聞こえる。

 向けられるまなざしに一点の曇りもないからだろう。

「オボロ殿にも、お世話になりました。

 またいつか、手合わせ願います」

「いいだろう。

 少しは楽しめるようになっておけよ」

 差しだされた右の手を、某(それがし)は躊躇(ためら)いなく握り返した。

 

 

 別れを告げるべき最後の相手は、先客を相手に戸惑っていた。

「ユズっち……」

「うー……」

 応じているのはカミュとアルルゥ。

 二人は片方ずつにユズカ殿の手を握り、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。

 まったく、どちらが子供だか分からない。

「アルちゃん……

 カミュちゃん……」

 つぶやきは弱々しくも、見返すユズカ殿のまなざしは、毅然としたものだった。

「お別れ、ですね。

 楽しかったです。

 一緒に行きたいですけれど、行けません……

 私には、責任がありますから。

 この国の行く末を見極める責任が……」

 自らの言動が招いた結果を受け止める瞳。

 それは、母を想う強さとは異なる、紛れもない指導者のもの。

 某(それがし)の心を揺らすには十分で、しかし、あまりに幼すぎる瞳だ。

「お母様のお友達であられたお二人に出会えて、

 本当に嬉しかった。

 お話もたくさん聞けて、

 思い出もいっぱい貰って……

 私、もっと強くなります。

 お二人にも、お母様にも負けないように。

 だか、ら……?」

 強い、あまりに強すぎる意思は、言葉の途中で抱き止められていた。

 カミュの腕と黒い翼に、アルルゥの身と共に。

「カミュ、ちゃん……?」

「そんなに、無理に強くならなくていいよ。

 ユズっちはユズっちなんだから」

 語る声は優しく柔らかい、すべてを包みこむ慈愛の音。

 張り詰めていた心の糸を、ゆっくり、少しずつ解いていく。

「……でも、私は……

 お母様や、お父様の意思を継いで――」

「ユズっちにもおじ様にも、

 弱いところはいっぱいあったんだよ?

 それでも負けなかったのは、

 自分の弱さから逃げなかったから。

 自分の弱さと向き合えたから。

 みんなが、支えてくれたから……」

 思い出を語るその口調は、決して明るいものではない。

 楽しさも、苦しさも、すべてを受け止めた重みがある。

 だからこそ、しかと心に届いた。

 強がっていたユズカ殿の心にも、間違いなく。

「……私に、できるでしょうか。

 弱さと、向き合うことが……」

「もちろんできるよ。

 カミュも、アルちゃんも一緒なんだから」

「ん」

 そして、最後はアルルゥが、

「アルルゥ、ユズっちといっしょ。

 いつでも、いっしょ」

「アルちゃん……」

「泣きたいときには、泣かなきゃダメ。

 笑いたいときに、笑えなくなる」

 素直な言葉を、素直な心に届けていた。

「ぅ……ふ……うぅ、うあああん!

 アルちゃぁん、カミュちゃん!」

 そして始まった号泣は、だだをこねる子供のもので、だからこそ純粋な涙。

 気を張らぬ、生来のユズカ殿がそこにいた。

「やだ、やだよぅ、行っちゃやだ!

 いっしょにいる! ユズカも、いっしょにいるの!」

「ユズっち……うん、うん、

 カミュも、いっしょにいるよぅ……」

「うー、アルルゥもー、いっしょぉ……」

 抱きあうアルルゥとカミュも巻きこんで、流れる涙は続いていく。

 考えてみれば当然だ。

 生まれた時から旅の中で育ったユズカ殿にとって、友と呼べる者など多くはなかっただろう。

 ましてや、アルルゥたちほどの濃密な時を共有した相手など。

 生を受けて十の年月にすら満たない少女に、親友との別れが辛くないわけがない。

 響く泣き声はそのままに。

 しばし、清純無垢な子供たちを見守った。

 

 

 どれほど激しい激流も、いずれは穏やかな清流となる。

 激しければ激しいほど、後の流れは清らかなものだ。

 涙で乱れた泣き顔も、拭えば輝きを取り戻すだろう。

「ほら、顔拭け」

「う”~、ドラ”~」

「だっで、だっで~」

「て、手拭(てぬぐ)いで拭けっ。

 某(それがし)の羽織を使うな!」

 アルルゥとカミュは大丈夫だろう。

 多少の混乱は残っているが、遠慮の欠片もない所作はいつもの二人だ。

 ユズカ殿もまた、心配はあるまい。

 差し出した手拭(てぬぐ)いを受け取る様子は、いつもの聡明なユズカ殿だった。

「落ち着かれましたか?」

「ひぅ……タイガ様……

 すみません、お見苦しい所を……」

「そんな事は。

 ユズカ殿の子供らしいところが見れて

 安心いたしました」

「うぅ、タイガ様、いじわるです……」

 頬を赤らめ恥じいる姿は、歳相応の愛らしさに満ちていた。

 思わず笑みを誘われたが、語る想いに偽りはない。

「いえ、本当に。

 真の強き者とは、己の弱さを知る者です。

 ユズカ殿は本当の強さをお持ちだ。

 某(それがし)も、負けぬように精進いたします」

「タイガ様……」

 本気はきちんと伝わったのだろう。

 顔は赤みを残していたが、涙はもう消えていた。

 代わりに、少しだけ緊張が浮かぶ。

「……あ、あの」

「はい?」

「あの……私が大きくなったら、

 エヴェンクルガの方に認めてもらえるような人物に

 なれるでしょうか?」

 問いかけは、真剣なまなざしと共に。

「もちろん。

 ユズカ殿でなれなければ、

 他の何者にも無理でしょう」

「本当ですか?」

「ええ。エヴェンクルガは嘘を申しません」

「あの、それでは……

 私が大きくなったら、私を主にしてくれますか?」

 だから、返す言葉も真剣に。

「はい、よろこんで」

 迷いなく答えたその言葉に、ユズカ殿はようやく笑顔を取り戻していた。

「タイガ。そろそろ出発するよ」

「あ、はい。

 それではユズカ殿。また――」

「タイガ様。

 手を、よろしいですか?」

「手を?

 こう、ですか」

「はい。

 ん、と……」

 ユズカ殿は自分の髪を数本抜くと、器用にそれを編みまとめ、差し出した指に巻きつけてきた。

 楽しげながらも真剣なその様に、周囲が少しだけ音を立てる。

「おいこら、ユズカ……!」

「ユズカ殿、これは?」

「タイガ様も、お願いします」

「某(それがし)もですか?

 はあ……」

 促されるまま、頭の後ろでまとめている髪を数本を引き抜き、同じように編み合わせた。

 重さを感じさせない手触りは頼りないが、奇妙に確かな存在感を宿している。

 期待のこもったまなざしに、微妙な気恥ずかしさを覚えながらも、なんとか指に巻き終えた。

 結ばれた輪に触れながら、ユズカ殿は嬉しそうに目を細めている。

「おまじないです。

 また、会えますように……」

 こめられた想いはただ一途。

 温かな感情は目にする姿のみならず、左手からも伝わってくる。

 指に巻かれた、髪の輪から。

 唐突に理解した。

 これは誓い。破りえぬ約束なのだと。

 某(それがし)に、異存などあろうものか。

「ユズカ殿……

 大切にいたします」

「はいっ」

 心からの言葉に返されたものは、星のような笑顔だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。