うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
オンカミヤムカイへと向かう道中。
いつもならば騒がしいまでの賑やかさを振りまいている『ティティカルオゥル』一行なのだが、今は葬送の列にも似た静けさで進んでいた。
アルルゥとカミュが押し黙っているからだ。
ムルを出立して早二日。
二人は揺れる馬車に乗りこんだまま、その隅にじっとしているだけで、外に出ようとすらしない。
大自然の荘厳な光景にも、奮発した食事にも、まったく興味を示すことなく、ただ二人して肩を寄せ合っているばかり。
ユズカ殿との別れが相当に堪えているようだ。
気持ちは痛いほどよく分かるのだが、とにかく雰囲気が悪くてしかたがない。
それは、道中で男三人が顔をつき合わせ、話し合ってしまうほど。
進む馬車の前を歩きながら、ムティ殿にテルテォまで加え、ひそめた声を交わさずにはいられなかった。
「姫さまがおかわりもしないなんて、
絶対におかしいですよぅ」
「アルルゥ殿もだ。
蜂蜜にすらまるで興味を示さないとは」
「別にどうと思うわけではないが、
せっかく作った食事を残されるのは心外だな」
「ふん。
剣にかまけて調理の腕が
鈍ったのではないだろうな」
「かまけてって、
某(それがし)は武士(もののふ)だぞ。
剣に専念してなにが悪い」
「おや、そうだったか?
給仕だとばかり思っていたが」
「貴様……」
「なんだ、やるか?」
「やめてくださいよ、もう。
それよりも、姫さまたちを
元気づける方法を考えましょうよ」
いつものケンカに流れかけ、ムティ殿が溜息をつく。
もはやお定まりのやりとりだ。
確かに、テルテォと殴りあったところで、なんの解決にもならない。
「う、む……」
「そうは、言われても、
うーん……」
「男三人が顔を突きつけて、
なにを情けなく盛り下がっているのだか」
そんな実りのない会話に、横から声が割りこんできた。
「あ、姉上」
「リネリォ殿。
そうは申されましても、
アルルゥたちをあのままにしておくわけには」
「そんなに気に障るのなら
寄席演芸でも披露してはどうだ。
お前たちには似合いだろうよ」
声は相変わらず棘が鋭く、身のこなしまでどこかギスギスしている。
嘲笑めいた言葉を残し、リネリォ殿は先へ進んでしまった。
「あ、姉上……」
「……リネリォ殿も、
まだ拘っておられるのだな」
「当然だ。
俺たちが如何なる想いで奴を追っているか……
貴様などにはわかるまいよ」
「テルテォ……」
程度の差こそあれ、想いはテルテォも同じなのだろう。
いつか見た執念じみた深さを思いだす。
某(それがし)ごときが軽々しく口を挟める問題ではないのだろうが、しかし……
「あの、
いいんじゃないでしょうか、今の」
思考が堂々巡りしかけたとき、ムティ殿が跳ねるような声を上げた。
「今の?」
「なにがだ?」
「だから、芸ですよ、芸。
曲芸なんて、楽しそうじゃないですか」
妙に弾んだその言葉は、微妙に不安を掻き立てるものだった。
その日の夕刻。
道の端に組んだ夜営の場で、『ティティカルオゥル』は夕餉の火を囲んでいた。
それもまた昼の行程同様、華やかさを欠くものではあったが。
「ごちそうさま……」
「ん……」
今日もまた、カミュとアルルゥが早々に箸を置く。
炊いた鍋の中身もほとんど減っていない。
テルテォの言葉を鵜呑みにするわけではないが、本当に料理の腕が落ちているのかと、いらぬ心配までしてしまう。
いつもならこのまま散会となるのだが、今宵は少々趣(おもむき)が違う。
沈んだ雰囲気を払うように、ムティ殿が勢いよく立ち上がった。
「ムティ?」
「どうした?」
「えー、今日は日頃お疲れの皆様のために、
特別な趣向をご用意いたしました」
怪訝な目を向けられながらも、ムティ殿は陽気に声を張り上げる。
事の始めは難色を示していた割りに乗りがよい。
案外向いているのではなかろうか。
大振りな仕草で振られた腕は、某(それがし)に向けられた。
「それでは、どうぞー」
「あー。
一番、タイガ。
薪を斬ります」
立ち上がった途端、集まる注目に少しだけ気圧されながら一つ息を整え、緊張と期待を高めるように目を閉ざす。
一拍待ち、目を開き、
腕を大きく振り上げた。
手にした薪が宙を舞う。
空中での静止は一瞬。
昇りきり、落ちてきた薪が間合いに入った瞬間、
「フッ」
抜刀し、下からまっすぐ斬り断った。
「ダッ」
跳ねもせず落ちゆく二つの木片を、さらに刹那で横に断つ。
宙に置かれた四片の薪が、落ち切る前にさらに一つ。
「ハッ!」
踏みこみ放つ円の斬撃。
それは、想い描いた軌道を寸分違わず疾り抜け、八つの木端を散らしていた。
我ながら会心の剣に、賞賛の声が聞こえてくる。
「おおー、素晴らしい!」
わずかに一人、ムティ殿の声だけであった。
「あ、あれ?」
観客たる四人の女性は同じように首を傾け、「それがどうした」と言わんばかりに、まなざしを平めているばかり。
「い、いや、凄いだろ?
支えもなくこの重さのものを斬るのは
メチャクチャ難し――」
「ええい、どけ」
「のわっ?」
必死の説明は、後ろから蹴り飛ばされた。
某(それがし)の立っていた場を奪い、テルテォが宣言する。
「二番、テルテォ。
岩、砕きますっ」
言葉の後、傍(かたわ)らの岩を持ち上げだした。
その大きさ、テルテォ自身の三倍はあろうか。
「ぬうううう、むううううう!」
地に根でも生えているのではないかと思われた大岩が、ゆっくりと動き出した。
始めは髪の毛ほどの影が、じわり、じわりと広がっていく。
「ぐおおおおおおおおお!」
雄叫びと共に、動きはますます大きくなる。
遂には完全に地を離れ、テルテォの腕だけで持ち上げられるまでに。
支えは次第に押さえとなり、加えられる力はさらに増す。
「があああああああああああああ!!」
ギシギシと、腕の触れる岩の周囲に、小さな亀裂が走り始めた。
蜘蛛の巣にも似た微細なヒビは、止まる事なく全面に広がりゆき、
そして、
「ハアッ!!」
重い音を一つ残し、巨岩を無数の岩塊と化していた。
「す、凄い、凄すぎます!
こんな芸は見たことがありません!」
またも絶賛するムティ殿。
もちろん、他に声をあげる者はいない。
気づいていないのは二人だけ。
夢中になっている進行者と、やりきった表情の当人だけだ。
「フッ、当然だ。
剣を振り回すだけの能無しと一緒にするな」
「やかましい、この腕力バカっ」
「ぐあっ?」
後ろから蹴りをいれ、現実を思い知らせてやった。
「どこが芸だ。
あれじゃただの力自慢だろうが」
「ひ、人の事が言えるかっ。
あんなもの、街の魚屋の方がよほど上手く捌くわっ」
「な、なんだとっ?」
「やるかっ」
交互に声を張り上げた後、いきつく所は同じ場所で、
互いに得物を握りながら、睨みあう時はしばしの間。
「あー、ハイハイ。
もうお終い」
意味のない緊張は、軽い言葉に破られた。
「カミュ?」
「ん。うるさい」
「ア、アルルゥ殿……」
気がつけば、カミュとアルルゥが立ち上がり、息を吐いていた。
呆れも露(あら)わなその様に、ティティカ姉が言葉を投げる。
「もういいかい?
二人とも」
「うん。沈むだけ沈んだから、
そろそろ元気ださなきゃ」
「ん。
ほっとくとうっとおしい」
それまでの落ちこみはなんだったのか。
答えるカミュとアルルゥの声は、すっかり元に戻っていた。
口調はむしろ爽やかだ。まるで寝起きさながらに。
いや、事実そうなのだろう。
今さら思い至り、急に体が重くなった。
まったく、一体なにをしていたのやら。
感じるものはテルテォも同じらしく、わかりやすく肩を落としていた。
「でも、心配してくれてありがと」
だが、そんな某(それがし)たちに向けられた声は、望んでいた明るいもので。
「お、う?」
「あ、いや、別に……」
まぁ、よかったのだろうと、納得する。
「次はもっとおもしろいことする」
「あのなぁ。
お前は人をなんだと――」
「が、がんばりますっ」
「おいおい……」
二人に振り回される日々もまた、ようやく戻ってきたようだ。