うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「…………ぉぉぁ」
「ん?」
早朝の鍛錬をしていると、右の方から叫び声が聞こえてきた。
緑の茂みの向こうから、吹っ飛ばされてきたテルテォの体と一緒に。
「もがぁ!」
「ぐがっ!?」
予想外の出来事に、避ける態勢すらとれなかった。
絡み合うように地を転がり、大木に叩きつけられ、ようやく止まる。
「ぐえ」
終(しま)いには巨体に押し潰された。
ええい、なんの因果でこのような目に。
「おいっ、テルテォ、
なんのつもりだ! さっさと――」
どけと言いかけ、目を剥き泡を吹いている様に気づく。
足蹴にする某(それがし)にも反応せず、ただ小刻みに痙攣しているばかりだ。
日頃の頑強な面影はどこへやら、思わず心配げな声を掛けてしまう。
「お、おい?」
「テルテォ、どこだ」
だが、呼びかけが近づいてきた途端、飛んでいたテルテォの意識は、唐突に帰ってきた。
低く不機嫌なリネリォ殿の声に、わかりやすく怯えている。
「あ、姉上……」
「いたか。
さあ、訓練の続きだ。
来い」
弟の身を案じもせず、リネリォ殿は無情な言葉を投げつけた。
いるだけで周囲を刺すような雰囲気は、先日の激昂と同じもの。
アルルゥになだめられたと思っていたのだが、内心はいまだ落ち着きを戻していないらしい。
似たような想いが胸中をよぎる。
蒸し返すつもりはなかったのだが、思わず声を発していた。
「リネリォ殿。
焦りは心を乱すばかりで
鍛錬の妨げにしかなりません。
テルテォも痛んでいるではありませんか。
まずは少し落ち着いてから――」
「私は冷静だ。
それに、命を賭さぬ修行に意味があるか」
だが、返された気迫に、ささやかな気遣いなど吹き飛ばされてしまった。
鬼気迫るとはこの事か。
黒髪揺らめくその姿は、文字通りの鬼女に見えた。
「そ、それはまぁ、確かに……」
「テルテォならばそう簡単には壊れん。
あと二回ぐらいはもつだろうよ」
言葉にまで容赦がない。
いや、一応、壊れないよう加減はしているのだろうか。
いずれにせよ、これ以上は関わらない方が身の為だと理解した。
「そ、そうですね。
おい、テルテォ、
お呼びだぞ。早く――」
言いながら目を向けた先に、目的の相手はいなかった。
あの巨体がどこへ消えたのか、影も形も見あたらない。
「な?
あいつ、どこへ……」
「逃げたか……後で折檻だな……
まあいい」
「え?」
リネリォ殿は不穏なつぶやきをこぼし、某(それがし)の肩をむんずと掴むと、力任せに引き立てた。
そのままなんの言葉もなく、来た道を戻りゆく。
某(それがし)を引きずるままに、だ。
「リ、リネリォ殿?」
「いい機会だ。
お前にも稽古をつけてやる」
「い、いやっ。
お心遣いはありがたいのですが、
またの機会にっ」
「いいからこい。
まだ斬り足りん」
真顔でそうつぶやく横顔に、音を立てて血の気が引いた。
逃れようと視線を巡らせた一瞬、木陰にテルテォの姿を見る。
大神(オンカミ)に祈るように黙祷していた
「こっ、テルテォ、
貴様っ――」
「いつまでも女々しく騒ぐな。
来いっ」
「のあーーー!?」
細く華奢に見える体の、どこにこれ程の力があるのか。
肩に食いこむ指は、どれほど暴れてもビクともせず、引かれるがまま、某(それがし)は死地に誘(いざな)われた。