うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・5~ アルルゥといっしょ・夕餉

 

「むふー。ごちそうさま」

「……おそまつさま」

 夕食を終えて満足げなアルルゥの声に、某(それがし)は低い声で答えた。

 上機嫌でいる方がおかしいだろう。

 沼にはまったせいだけではない。

 汚れを落とした河では足をとられ、洗おうとした服は流され、食材を探す最中には見つけた猪に襲われ、あげく、ムックルに仕留められたのだから。

「むー。まだ気にしてる」

「別に、気になどしていない。

 この程度の不運はいつものことだ」

「んむう?」

 そう、いつものことだ。

 釣った魚を鳥にさらわれるのも、置いていた荷が流されるのも、キノコを取り間違えて腹を下すのも、崖から滑り落ちるのも。

 ちなみに、後片付けの当番決めも、負けた。

「おー。

 ……トゥラミュラ?」

「エヴェンクルガの武士(もののふ)を

 禍日神(ヌグィソムカミ)呼ばわりするなっ」

 それも不幸の神ではないか。

 あらゆる災厄を呼び集め、人に空回りな努力をさせるという。

 ……適切すぎて泣けてくる。

「気にしない。

 トラ、料理じょうず」

「誰がトラだ、誰が」

 慰めにもなっていない。

 アルルゥは背をムックルの腹に預けたまま、手元でガチャタラを撫であげていた。

 よほど慣れているのだろう。

 母であるというだけあって、団欒にも似たゆったりとした雰囲気に満ちている。

 それでもなぜか、アルルゥの表情は少しだけ寂しげに見えた。

「おねーちゃんと同じぐらい、じょうず」

「姉上、か。

 里で待っているのだろう?

 追剥めいたことなどやめて

 郷里(くに)に戻ったらどうだ」

「……おねーちゃん、

 いなくなった」

 束の間、森の音がピタリと止んだ。

 アルルゥは、囲む火を虚ろなまなざしで眺めている。

「そ、そう、なのか」

「おとーさんと同じ。

 アルルゥをおいて、いなくなった……」

 抑揚のない声が、静かな木々の間に染みこんでいく。

 響きに含まれた冷たさが、想いの深さを物語っていた。

 今にも泣きだしそうな幼子を思わせながら、しかし、アルルゥは表情を崩さない。

 ただ虚ろな瞳のまま、静かに炎を見つめているばかり。

「アルルゥ……

 あの、な……」

「……おねーちゃん探す。

 見つかるまで、アルルゥ帰らない」

 だが、短い沈黙の間に、その目は力をとりもどしていた。

 黒い瞳には力強く、深い決意が宿っている。

 某(それがし)が世話を焼く必要などないようだ。

「そうか」

「ん」

 一瞬だけほほ笑んでから、アルルゥは大きなあくびをこぼした。

 小さな手で目をこすり、ムックルの腹に沈んでいく。

「きっと見つける。

 おねーちゃんと一緒に、ヤマユラに帰る……

 いっぱい、おいしーもの食べる……」

 いつの間にか、森は音を取り戻していた。

 小さく響く虫の声に、アルルゥのつぶやきが溶けていく。

 寝言と変わったその声は、次第に小さくなり、やがて消えた。

 あどけない寝顔を見る。

 小さな寝息をたてながら、その顔は幸せそうで、

「……早く見つかるといいな」

 おやすみの代わりにそうつぶやき、某(それがし)は汚れた食器を静かにまとめた。

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