うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
『始まりの国』オンカミヤムカイ。
数日の道程を経て、雇兵団(アンクァウラ)『ティティカルオゥル』は、ついにその地へ辿りついた。
広く知られた名の割りに、国の領は大きなものではない。
それは、首府たる都も同様だった。
古き血統の一族は、その高い誇り故に、己が力が広がり薄まるのを嫌うから、というのが巷(ちまた)の通説である。
調停者を名乗る割りに、他国の介入を排する姿勢も、その説を支持させる一因だろう。
カミュの語るところによれば、一族の使命のためだと云う事であるが、それも秘されていては、周囲の理解を得る事など、未来永劫ありえない話だ。
尊敬の対象であると同時に、疎(うと)ましい存在でもあるというのが、オンカミヤリューに対する世間の認識である。
だが、国としてのそんな姿勢も、近年は緩やかになりつつあるという。
新たな賢大僧正(オルヤンクル)の発した、友好を広げる方針により、首府たる都にも、異種異国の人々が集っていた。
足を踏み入れた街の賑わいは、他国にも負けぬ雑多なもの。
朝市を終えた活気と倦怠の気配は、どこか張り詰めた危うさも秘めている。
しかし、それも外周に限ってのこと。
都の中心へ近づくにつれ、雰囲気は街並みと共に変化していった。
真新しい小さな家屋が数を減らし、個々の敷地が広くなる。
並ぶ屋敷や蔵の造りも、急増・簡易なものではなく、奥ゆかしい様式の古さを宿していった。
卓越した技巧を感じさせる木と石の建築からは、重ねられた時の重みが伝わってくる。
痛々しい修繕の跡からは、先の大戦の激しさも。
クンネカムンの乱にて、先皇ワーベが捉われたと伝えられた時、誰もが『始まりの国』の終わりを予感したものだ。
だが、それも今では過去の話。
都の中心たる城は復興の象徴として、伝え聞いていた荘厳な佇(たたず)まいを取り戻し、その中央で鎮座していた。
印象は、一言で言えば白い山だ。
基礎の造りは、上の街で見たものと同じ、大樹をほとんど加工することなく柱とし、白い角石を積み上げた独特の様式。
それが四つの層を成し、一つの神殿として聳(そび)えている。
厳格な外観と同様に、その内も神聖な雰囲気に満ちていた。
基調の白は汚れなく、浄化された空気は胸に痛いほど。
自然と背筋も伸びようというものだ。
感じる張り詰めた緊張感は、なるほど、ウィツァルネミテアの総本山に相応しい。
通された城の内、皇(オゥルォ)を待つ謁見の間にあって、某(それがし)は高揚を抑えきれずにいた。
「少しは肩の力を抜いときなよ。
取って食われるわけじゃないんだから」
「そう言われましても……」
一行の中心に座するティティカ姉は、いつもとまるで変わらない。
だが、緊張するなという方が無理だ。
ウィツァルネミテアの宗主、賢大僧正(オルヤンクル)といえば、大陸全土の皇(オゥルォ)を束ねる存在といっても過言ではない。
今まで某(それがし)たちが対じてきたような小国の皇(オゥルォ)とは、器が違いすぎる相手だ。
カミュの口添えがなければ、生涯目にかかる事もなかったかもしれない。
エヴェンクルガの武士(もののふ)としても、期待は高まるばかりである。
……もっとも、カミュの姉君だと思うと、なぜか少しだけ疑いの念が生まれたりもするのだが。
益体(やくたい)もない事を考えている内に、謁見の準備は整っていた。
進み出た老体の文官が一人、矍鑠(かくしゃく)とした態度で宣言する。
「賢大僧正(オルヤンクル)
ウルトリィ様の御出座である」
並んだ文官たちが頭を下げた。
倣(なら)い、某(それがし)たちも顔を伏せる。
静かな鼓の音に合わせ、高まりゆく緊張感。
前にした檀上に、気配が歩み近づいてきた。
数は三。左方の二つはよく知るもので、今日に限り妙に大人しい。
率いるただ一人の気に萎縮しているのだろう。
「皆、面(おもて)を上げなさい」
響く、鈴を転がすような声。
凛とした音には、上に立つ者に相応しい、貫禄と威厳がこめられていた。
促されるまま顔を上げ、不可解な覚悟を抱きながら、その尊顔を拝する。
日天之神(ラヤナソムカミ)が、そこにいた。
まとう白き法衣の上、流れる長い髪は金。
自然な美は挙動に揺れ、周囲に温もりを注いでいる。
背には純白の翼があった。
それは、オンカミヤリューの種族的な特徴であり、ことさら注目に値するものではないはずなのだが、神々しいまでの美しさには、あまりにも相応しすぎた。
面立ちは女性らしい柔らかさで、青い瞳は穏やかな光を湛えている。
すべてを包みこむようなまなざしに、うろ覚えな母の面影を思い出し、不意に胸が痛くなった。
霞みかけた視界を慌てて閉ざし、小さく頭を振る。
前にいるのは神ではない。
相手がどれほど位の高き人物であろうと、自ら臆する必要などないのだ。
再び開いた目に映ったのは、確かにただの人だった。
見たことがないほどの徳を具え、神々しいまでの美しさを持ってはいても。
皇(オゥルォ)の座に着き、姿勢を正し、一際の威圧を放ちはしても、その柔らかなまなざしは、やはり慈愛の想いに満ちていた。
場の落ち着きを見計らい、老文官が声を張る。
「雇兵団(アンクァウラ)
『ティティカルオゥル』の皆様です」
紹介に再び頭を下げる。
恐縮、期待、感動、放心。
各々(おのおの)の反応を見せる一同の中で、代表を務めるティティカ姉だけが、平素と変わらぬ態度を示していた。
「団を束ねているティティカと申します。
此度(こたび)、賢大僧正(オルヤンクル)の御前に
参ずる機会を頂けた事、
心より感謝いたします」
「皆様の事は聞き及んでおります。
妹が、大変お世話になりました。
心身共に健やかに送り届けてくださったこと、
心よりお礼を申し上げます」
応じる声もまた力強い。
語られる感謝の言葉からは、含みのない誠意と本気が感じられた。
それは、傍(かたわ)らのカミュに対しても。
「この子の処分は、後で厳しく」
「えええー、そんなぁ……」
慌てて口をつぐむ妹にも、ウルトリィ様は笑顔を変える事はなかった。
「後ほど、皆様の苦労に見合うだけの
志(こころざし)を用意させていただきます。
特にご希望がおありでしたら、
可能な限り伺(うかが)わせてくださいませ」
「ありがたいお言葉ですが、
謹(つつし)んでお断りさせていただきます」
ティティカ姉は間髪いれずそう返し、深々と頭を下げた。
周囲の文官たちがざわめきだす。
当然だろう。
賢大僧正(オルヤンクル)直々の褒賞を断るなど、正気の沙汰とは思えまい。
だが、団員である某(それがし)たちにしてみれば、まったくティティカ姉らしいと納得するだけだ。
「何故と、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「カミュは我が団の一人。
この地を訪れたのは仲間の提案を
皆が認めた結果に過ぎません。
恐れながら、賢大僧正(オルヤンクル)に
感謝をされる理由がありませんので、
褒を頂く事もできません」
「ティティカ姉様……」
壇の上、ウルトリィ様の横で、カミュが瞳を潤ませていた。
まったく、とても利害を最優先する雇兵団(アンクァウラ)の頭(かしら)とは思えぬ言い草だ。
だからこそ、某(それがし)もこの団に属しているのだが。
しかし、そんな内情など、周囲は知る由(よし)もない。
聞こえてくるざわめきは、次第に大きくなっていた。
「な、なんと無礼な。
賢大僧正(オルヤンクル)の妹君に、
オンカミヤムカイの姫に向かって、
雇兵(アンクアム)ごときが仲間だだのと……」
「ムント」
あからさまな非難の言葉を、短い呼びかけが鋭く止める。
「しかし、賢大僧正(オルヤンクル)――」
「慎みなさい。
人が人を認めるのに、
身分や種族の違いなど関係ありません」
ウルトリィ様はまとう威厳を強め、周囲のざわめきを消し去った。
瞳には強い意志が、声には本音の響きが込められている。
ここに至り、某(それがし)はようやく悟った。
この方が神々しいのは、賢大僧正(オルヤンクル)だからではなく、彼女自身がその輝きを宿しているからなのだと。
それは、人の上に立つ時ばかりではなく、一人のヒトとして生きているときも、変わらないのだろう。
「ですが、感謝はさせてください。
賢大僧正(オルヤンクル)としてではなく、
この子の姉として」
妹を想う笑顔は最初に予感した通り、日天之神(ラヤナソムカミ)と見紛うほどだった。
陽だまりのような笑みは朗(ほが)らかに、周囲の緊張を解いていく。
談笑すら飛び出しそうな雰囲気に応じるのは、生来明るい者ほど早く、
「そういうことでしたらいくらでも。
で、あの、大見得切っといてアレなんだけど、
一つお願い事がありまして」
「ティティカ姉。
地が出てます、地が」
言葉を交わす我等が団長を、少し気さくにしすぎていた。
「あー、いかんね。
どうも真面目な言い回しは慣れなくってさ」
「なんと下品な。
そのような振る舞いで
賢大僧正(オルヤンクル)の御前に臨むなど……」
「ふふ。構いませんよ。
お願いとはなんでしょう?」
「ひ、姫様」
「アタシたちがこの国に来た目的です。
ある人物の足跡を調べる手を貸して頂きたい」
なごんだ空気に乗るように、ティティカ姉は本題を切り出した。
場に、わずかばかり緊張が走る。
「ある人物?」
「はい。
白い鬼面の女です」
「白い、鬼面……」
途端、ウルトリィ様が表情の色を変えた。
青い瞳をわずかに見開き、答える息を小さく飲みこむ。
「姫様?」
「お姉様……」
「……そう、ですか。
わかりました。ええ、協力いたしましょう」
だが、それも一瞬のこと。
答えるまなざしは、偉大なる賢大僧正(オルヤンクル)のものだった。
「ありがとうございます」
「部屋を用意させましょう。
今日は、そちらでお寛(くつろ)ぎください」
「姫様?」
「案内はムティに任せます。
ムント、手配を」
「は、はあ。
ではムティ、皆さんを客人の間にお連れしなさい」
「はい。
皆さん、どうぞこちらに」
「はいよ。
ほら、タイガ。行くよ」
「え、あ、はい……」
にわか緊迫した雰囲気のせいか、追い払われるように退室を命じられる。
下がり、部屋を辞する最後まで、某(それがし)はウルトリィ様を見続けていた。
通された客人の間で、『ティティカルオゥル』一同は、遠慮なく寛(くつろ)いでいた。
話題はもっぱら、つい先ほどの会見に関して。
「いやー、なかなかの人物だったね」
「うむ。さすがは賢大僧正(オルヤンクル)と言った所か。
あの雰囲気、実戦の経験もあると見た。
指揮の腕も見てみたいところだな」
「アンタはそればっかりだねぇ」
「それが私の役割だろう。
お前が言うところのな」
どこか殺伐とした会話を横に、某(それがし)はテルテォと語りあっていた。
「はぁ……
美しい方だったな、ウルトリィ様は」
「ああ……
あのように美しい方は今までに見たことがない」
いつもなら即座に喧嘩へと発展しているところだが、今は少しばかり特別だ。
胸の内に残るぬくもりが、互いの気持ちを合わせている今は。
「あの気高さ、あの気品。
諸国の皇(オゥルォ)を取りまとめるという立場も納得できる」
「そして、優美にして優雅。
真の巫(カムナギ)とは、かくも神聖な存在であったのだな。
某(それがし)は今日はじめて
大神(オンカミ)の存在を身近に感じた」
陽だまりの笑顔を思い返し、某(それがし)はテルテォと共に、しばし白昼の夢に浸っていた。
「ああ。
なにより素晴らしいのはヒトとしての器であろう。
久方ぶりに母を思い出した」
「お前もか。
なぜだろうな、母上の事など
ほとんど覚えていないというのに」
「そこがウルトリィ様の母性というやつなのだろう。
お姿を見ているだけで心が穏やかになる」
「ふーん。
それはアレだよ。
お姉様、美人だから」
「やはりそこか。
まったく、眼福というか……?」
「うんうん。殺伐とした日々を送る
某(それがし)たちには、特にだな。
弱音を吐くわけではないが、
どこかで安らぎを求めているのだろう」
「ウルトおねーちゃん、
おっぱい大きいし」
「そうそう、あの胸もよい。
見ているだけで心安らかに……
なに?」
途中から割りこんできていた声に、今さら慌てて振り返る。
「ふーん」
「へー」
アルルゥとカミュが、心ないつぶやきをこぼしながら、平たい目で某(それがし)たちを眺めていた。
「な、なんだお前らっ」
「ア、アルルゥ殿、
いつからそこに……」
「はじめから、ずっといた」
「ぜんぜん気づかずにまー、
楽しそうにデレデレデレデレ……」
驚く某(それがし)たちを横に、冷ややかな声は続く。
二人は平たい目のまま、静かに見合っていた。
「男のヒトなんてけっきょく、
顔がよければそれでいいんだよねー」
「ん。
あとおっぱい」
「し、失礼なことを言うなっ。
某(それがし)は武士(もののふ)だぞ。
人を見てくれで判断するような軽挙に走るものか」
「そ、そうです。
ウルトリィ様は心こそ美しいお方なのであって。
いや、無論外見も美しいのですが――」
「私(わたくし)が、どうかいたしましたか?」
並べ立てた言い訳が、涼やかな疑問の声に吹き払われる。
一度聞けば忘れえぬ、鈴を転がしたようなその声の主は、
「「ウ、ウルトリィ様っ?」」
「はい。先ほどは、失礼いたしました」
某(それがし)たちの前に立ち、華の様な笑みを浮かべていた。
それは、先に対面した時とはまた異なる、親しみのこめられたもの。
「これはこれは」
「おや、賢大僧正(オルヤンクル)。
言ってもらえればこちらから出向きましたのに」
「いえ、今は姉として、
妹の友人を訪ねてきただけですから」
「んむぅ、ウルトおねーちゃん」
「ふふ、アルルゥ様。
お久しぶりです」
アルルゥを胸に抱くその様は、まさに母そのものだ。
大いなる慈愛と、限りない優しさに満ちた聖母。
恭(うやうや)しく頭(こうべ)を垂れる様すら美しかった。
「改めて、お礼申し上げます。
カミュをお助けいただいたこと、
本当にありがとうございました」
「オ、賢大僧正(オルヤンクル)、
お顔を上げてくださいっ。
某(それがし)たちのようなものに、
畏(おそ)れ多い――」
「そうですとも。
斯様な小娘の一人や二人、
どうということはありません……
あ、いや!
けっして妹君を軽んじたわけでは!」
「なにを、調子のよいことを。
お前はなにもしていないじゃないか」
「な、なんだとっ?
貴様、俺がこいつの悪戯に
どれほど煮え湯を飲まされてきたか、
知らんわけではあるまいっ?」
「それは某(それがし)も同じだ。
こっちはさらにアルルゥのわがままにまで
振り回されているんだぞ。
少しは敬意を払えっ」
「ふん、料理番に払う敬意などあるか」
「な、なんだと?」
「やるか?」
「わかったわかった。
やるなら向こうでやっておくれ。
すまないね、賢大僧正(オルヤンクル)。
騒がしい連中で」
払いのけるようなティティカ姉の言葉に、対している相手を思い出した。
姿勢を正すが、もう遅い。
広がる笑みの雰囲気は、ウルトリィ様をも捉えていた。
「いえ。
気のよい方々で安心しました。
カミュも楽しんでいたのではないかしら?」
「え、へへ。
ま、まあ」
見下ろす姉に、カミュは照れたような笑みを返す。
オンカミヤムカイ、いや、ウィツァルネミテアにとって神聖不可侵である二人が、この時ばかりはありきたりの姉妹に見えた。
誠意を知るには十分なやりとりに、ティティカ姉も相好を崩す。
「姉上様のお礼は確かに承(うけたまわ)ったよ。
さて、おまけの話でもしていかないかい?
賢大僧正(オルヤンクル)」
諸国の皇(オゥルォ)をまとめる賢大僧正(オルヤンクル)を前に、口調と態度はいつもと変わらぬ、軽いもの。
ウルトリィ様はわずかな憂いを面(おもて)に表し、それでも毅然たる姿勢で応じた。
「お話にあった白い鬼面の女性……
國師(ヨモル)の報告から、
私(わたくし)も知らされております」
「そうだったの?」
「ええ。
貴女がいなくなってから、
行方を捜そうとがんばったのですよ?」
「う……
ごめんなさい……」
静かにカミュを嗜(たしな)めた後、ウルトリィ様が語った話は、内容自体はすでに聞き知ったものだった。
各地で勃発する戦乱の影に、白い仮面の女の姿がある、と。
ただ、騒乱の規模だけが違っていた。
戦火は内乱や二国間ばかりでなく、多くの国を巻きこむ広域のものへ変わりつつあるという。
それは、戦国の世とはいえ異常な速さだった。
背後に介入する者がいたとしても、少数の者によって適うものではない、と。
「その女だけじゃないってことかい?」
「おそらくは。
規模の広がり方から見ても、
背後に組織的な力を感じます。
その女性も一端なのでしょう」
「……なるほどね。
アタシたちが最後に見たのがムルでだけど、
それ以降の足取りなんてのはわかるかな?」
「いえ。
その話は私(わたくし)も初耳です。
しかし、考えていた以上に迅速な行動のようですね。
そう遠くない内に、新たな報せが入ると思います。
皆様には情報が入り次第お届けいたしましょう。
なにぶん慌(あわただ)しい情勢ですので、
あまりお構いはできないかもしれませんが……」
「そ、そのような気遣いは無用です!」
「そうですとも!
お目に掛けていただけるだけで、俺たちは――」
「テルテォ」
「あ……いや、いいえ、その……
情報は早くいただけるに越した事はないのですが……」
リネリォ殿の呼び声に小さくなるテルテォにすら、ウルトリィ様はお優しい。
「むしろ、私(わたくし)の方から
お願いする事があるかもしれません。
その折は、何卒(なにとぞ)お力添えをいただけますよう」
「も、もちろん!」
「某(それがし)でよろしければ、いくらでも!」
気遣いの言葉だとわかってはいたが、思わず声を張っていた。
「……やっぱり顔だよね」
「あとおっぱい」
アルルゥたちの囁(ささや)きはあえて聞き流す。
「よいのですか?
名もない雇兵団(アンクァウラ)であるアタシたちを
賢大僧正(オルヤンクル)の私兵のように扱っても」
やかましい周囲を気にもせず、ティティカ姉はウルトリィ様との話を続けていた。
それも、どこか挑戦的な口調で。
「ティティカ姉っ」
敬意のない言い分に思わず声を荒げてしまう。
だが、ティティカ姉に気を張る様子はない。
少し棘のあるまなざしで、じっと青い瞳を見据えているばかり。
答えは、間を置かず返された。
「ティティカ様。
どうか私(わたくし)の事はウルトとお呼びください」
「ウルト?」
「はい。
親しい者からはそう呼ばれていますので」
疑いのない、満面の笑みと共に。
「カミュと、アルルゥ様がお認めになった方々ですもの。
私(わたくし)にとって、これ以上信じるに値する事はありません」
「んー、ウルトおねーちゃん~」
「お姉様~」
抱きつくアルルゥとカミュに抱擁を返しながら、幸せそうに笑う。
その笑みに、この方の力になりたいと思う心に、ごく自然に従っていた。
「ウルトリィ様。
お困りのことがありましたら、
どうぞ某(それがし)にお任せください。
このタイガ、一命に代えましても
勤めを果たさせていただ、きまっ?」
心からの言葉は、途中で叩き潰された。
テルテォの拳がいやに硬い。
「調子のよいことを。
お前ごときになにができる。
ウルトリィ様。御用の際はぜひこのテルテォに、ぃ?」
自信ありげな顔に礼を返してやった。
渾身の蹴りが最高の角度で首を打つ。
「貴様こそ、邪魔をするな!」
「こんの、やるか!」
「おお、やってやるっ、
こい!」
つかみあう某(それがし)たちを止めようとする者は、場にいなかった。
殺伐としながらもなごやかな雰囲気に、ウルトリィ様も慣れはじめているらしい。
それは、カミュと交わす言葉にも表れていた。
「もー、
トラちゃんもテルテルも、仲いいんだからー」
「それでは、私(わたくし)たちも行きましょうか」
「へ?
お姉様。行くって、どこへ?」
「それはもちろん、
貴女のお仕置きに、ですよ」
「……え”?」
あるいは、それが本来からの性格なのかもしれない。
穏やかな表情のまま、にこやかな言葉は心底本気。
「ずいぶん心配したのよ、カミュ?
その分たくさん、たあぁぁぁぁぁっくさん、
反省してもらいますからね?」
「ひ……
ア、アルちゃんっ、たすけ――」
「……カミュちー、
がんばれ」
「やあぁぁぁぁんっ。
アルちゃんのはくじょうものー!」
道中の懸念は本当だったらしい。
この日、この出来事以降、しばらくカミュの姿を見かけることはなかった。