うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・36~ ウルトの溜息・下町

 

 アルルゥと共に、オンカミヤムカイの街並みを歩いてみた。

 粛々(しゅくしゅく)とした上の街ではなく、喧騒にまみれた下の町だ。

「異国の食を試したいという気持ちはわからなくもないが、

 せっかくなら上の、静かな店で

 食べればよかったじゃないか」

「や。

 あっちはムックルにたべさせてくれない」

『ヴォウ』

 小さな怒りを示す母に、ムックルが同意の声を上げた。

 店側の反応としては当然なのだが、森の母子にはそれが理解できないらしい。

 自分たちが人の世では受け入れ難(がた)い存在であることも、だ。

 アルルゥがムックルを連れて街を歩けるようにするため、ムント殿が奔走した苦労がいかほどのものであったか。

 やつれきった顔は、地獄(ディネボクシリ)の亡者を思わせるものだった。

 当人はまるで気にしてはいないが。

「カミュちーもいっしょがよかった」

「それは、しばらくは無理だろう……」

 最後に見た光景を思い出す。

 手足をバタつかせて暴れるカミュを、ウルトリィ様はあの柔らかな笑みのまま引きずっていった。

 アルルゥも一緒に教育し直してはくれないものだろうか。

「ムックルはともかく、

 少しは行儀よく食べる事も覚えた方がいいぞ。

 仮にも賢大僧正(オルヤンクル)を姉と呼ぶ立場にある者が

 食事の作法も知らぬでは、

 いつかウルトリィ様の面目(めんもく)を

 潰すことになりかね――」

「お、いいにおい。

 ムックル、いこ」

『ヴォウゥ』

 ……聞いちゃいない。

 アルルゥは流れてくる匂いに誘われて歩き出していた。

 やれやれと息を吐き、喧騒に満ちた下の町をゆく。

 通りの右には西国の食材が並び、左には東方の武具が置かれていた。

 露店には北製の民芸品や、南式の陶磁器が詰まれている。

 売り手は各地の者たちだ。

 町は多様な種族と多彩な人々に溢れていた。

 近隣の騒乱と、ウルトリィ様の友好的な外交政策がもたらした結果なのだろう。

 国内外における賢大僧正(オルヤンクル)の評判は決して悪いものではない。

 だが、血統を重んじてきたオンカミヤリューの内部においては、果たして……。

「ん」

「え?」

 いつの間にか伏せていた目の前に、煙るトカゲが差し出された。串に刺された掌ほどもある大きさに、こんがりと焼け目がついている。

「トラもたべる」

「アルルゥ?」

「ウルトおねーちゃんつよい。

 つよいから、へーき」

 ……時おり、アルルゥは恐ろしく鋭い。

 漆黒の瞳はなにも考えていないようで、すべてを見透かしているようにも見える。

 あるいは、常に考えているのかもしれない。

 自分と家族のためになることがなにかを。

「アルルゥもおてつだいするから、へーき」

 某(それがし)が考えるべき問題の答えを、アルルゥはすでに手に入れていた。

「そう、だな……

 うん。某(それがし)たちにも、

 力になれることがあるだろう」

「んっ」

 うなずく笑みに応え、手にした串焼きにかじりつく。

 香ばしい肉はタレと絡まり、口の中に十分な旨味を広げた。

「ふむ。見た目は悪いが、

 なかなかいけるな、コレ」

「あっちのもおいしそう」

 感想を述べた時、アルルゥはもう目の前からいなくなっていた。

 相変わらず忙しないことだ。

「まったく、しようのない奴――」

「あのう、お侍様」

 代わりに声を掛けてきたのは、串焼屋の店主らしき男。

「なんだ?」

「はい。

 お連れの方のお代を」

「あいつは……

 いくらだ」

「はい、串の数が、ひい、ふう、みいの……

 三八本で」

「さ、さんじゅ?」

 その手には、確かに数十の串が握られていた。

 だが、一つで人の手に余るほどの肉が、そんなに腹に納まるわけがない。

 そう、人の腹には。

「ムックルー。

 これもおいしー」

『ヴォウ』

「ま、まてっ。

 それ以上食わすなっ」

「お侍様、お代をっ」

 某(それがし)たちのやりとりは、下の町の喧騒に、違和感なく溶け、紛れこんでいた。

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