うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
アルルゥと共に、オンカミヤムカイの街並みを歩いてみた。
粛々(しゅくしゅく)とした上の街ではなく、喧騒にまみれた下の町だ。
「異国の食を試したいという気持ちはわからなくもないが、
せっかくなら上の、静かな店で
食べればよかったじゃないか」
「や。
あっちはムックルにたべさせてくれない」
『ヴォウ』
小さな怒りを示す母に、ムックルが同意の声を上げた。
店側の反応としては当然なのだが、森の母子にはそれが理解できないらしい。
自分たちが人の世では受け入れ難(がた)い存在であることも、だ。
アルルゥがムックルを連れて街を歩けるようにするため、ムント殿が奔走した苦労がいかほどのものであったか。
やつれきった顔は、地獄(ディネボクシリ)の亡者を思わせるものだった。
当人はまるで気にしてはいないが。
「カミュちーもいっしょがよかった」
「それは、しばらくは無理だろう……」
最後に見た光景を思い出す。
手足をバタつかせて暴れるカミュを、ウルトリィ様はあの柔らかな笑みのまま引きずっていった。
アルルゥも一緒に教育し直してはくれないものだろうか。
「ムックルはともかく、
少しは行儀よく食べる事も覚えた方がいいぞ。
仮にも賢大僧正(オルヤンクル)を姉と呼ぶ立場にある者が
食事の作法も知らぬでは、
いつかウルトリィ様の面目(めんもく)を
潰すことになりかね――」
「お、いいにおい。
ムックル、いこ」
『ヴォウゥ』
……聞いちゃいない。
アルルゥは流れてくる匂いに誘われて歩き出していた。
やれやれと息を吐き、喧騒に満ちた下の町をゆく。
通りの右には西国の食材が並び、左には東方の武具が置かれていた。
露店には北製の民芸品や、南式の陶磁器が詰まれている。
売り手は各地の者たちだ。
町は多様な種族と多彩な人々に溢れていた。
近隣の騒乱と、ウルトリィ様の友好的な外交政策がもたらした結果なのだろう。
国内外における賢大僧正(オルヤンクル)の評判は決して悪いものではない。
だが、血統を重んじてきたオンカミヤリューの内部においては、果たして……。
「ん」
「え?」
いつの間にか伏せていた目の前に、煙るトカゲが差し出された。串に刺された掌ほどもある大きさに、こんがりと焼け目がついている。
「トラもたべる」
「アルルゥ?」
「ウルトおねーちゃんつよい。
つよいから、へーき」
……時おり、アルルゥは恐ろしく鋭い。
漆黒の瞳はなにも考えていないようで、すべてを見透かしているようにも見える。
あるいは、常に考えているのかもしれない。
自分と家族のためになることがなにかを。
「アルルゥもおてつだいするから、へーき」
某(それがし)が考えるべき問題の答えを、アルルゥはすでに手に入れていた。
「そう、だな……
うん。某(それがし)たちにも、
力になれることがあるだろう」
「んっ」
うなずく笑みに応え、手にした串焼きにかじりつく。
香ばしい肉はタレと絡まり、口の中に十分な旨味を広げた。
「ふむ。見た目は悪いが、
なかなかいけるな、コレ」
「あっちのもおいしそう」
感想を述べた時、アルルゥはもう目の前からいなくなっていた。
相変わらず忙しないことだ。
「まったく、しようのない奴――」
「あのう、お侍様」
代わりに声を掛けてきたのは、串焼屋の店主らしき男。
「なんだ?」
「はい。
お連れの方のお代を」
「あいつは……
いくらだ」
「はい、串の数が、ひい、ふう、みいの……
三八本で」
「さ、さんじゅ?」
その手には、確かに数十の串が握られていた。
だが、一つで人の手に余るほどの肉が、そんなに腹に納まるわけがない。
そう、人の腹には。
「ムックルー。
これもおいしー」
『ヴォウ』
「ま、まてっ。
それ以上食わすなっ」
「お侍様、お代をっ」
某(それがし)たちのやりとりは、下の町の喧騒に、違和感なく溶け、紛れこんでいた。