うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
相も変わらずな喧騒に満ちた下の町。
新たな包丁を物色している最中、見知った顔にぶつかった。
「おや、テルテォ。
お前も買い物か?」
「ぬおわ?
タ、タイガ?」
何気なくかけた声に、テルテォはあからさまに不審な挙動を返してきた。
丸太のような腕を振り回し、周囲の空気を掻き乱す。
そんなことをしても、背にある店が見えなくなるわけはないのだが。
こじんまりとした軒先(のきさき)には、きらびやかな装飾の類(たぐい)が並んでいた。
精緻な細工の施された簪(かんざし)に、雅(みやび)な彫り物の刻まれた櫛。
色とりどりの腕輪や首輪は、どこかの民芸品だろうか。
いずれにせよ、無骨が服を着ているようなテルテォには、縁のなさそうな品々だ。
「リネリォ殿への贈り物か?」
「違う」
「それじゃアルルゥに?
まさか、ウルトリィ様にではなかろうな」
「違うわっ」
「じゃあ、なんでお前みたいな奴が
こんな店にいるんだ」
「そ、それは、その……」
「お侍様。お待たせいたしました。
いやぁ、大変な力作を、ありがとうございます」
言いよどむテルテォの後ろから、恰幅(かっぷく)のよい男が現れた。
店の主人なのだろう。
にこやかな笑みを浮かべた男の手には、三本の簪(かんざし)が握られている。
繊細な造詣(ぞうけい)の美しい品だ。
思わず、テルテォの厳(いか)つい顔と交互に見比べてしまう。
「力作? 作ったのか?
それを、お前が?」
「い、いや、俺は、そんなものは……」
「ええ。
テルテォ様のお持ちになられた品は素晴らしいもので。
ウチの職人も目を見張るほどの出来栄えなのですよ」
「ほう」
横からの答えを聞いて、素直に感心した。
確かに見事な出来栄えだ。
鳥、花、山。
それぞれの題材が精緻に、そして生き生きと浮かび上がっている。
事によると、店先に並んでいるものよりも上等なのではないだろうか。
「大したものじゃないか。
別段隠すことでもないだろうに」
「ふん、武士(もののふ)がやるようなことではない。
給仕の真似事ほどではないがな」
だが、率直な賞賛に返されたのは、不機嫌を隠さぬ声だった。
あらぬ方を向いたまま、憎まれ口を叩きつけてくる。
「なんだと、貴様。
たまに褒めてやったというのに」
「余計な世話だ。
お前に褒められたいなどと考えた事もないわ」
「こんのっ」
「やるか?」
喧嘩の手段は口から手へと、後のやりとりはいつもの通りに。
小さな騒ぎは、通りの喧騒にまぎれて、消えた。
数日後。
オンカミヤムカイの城内の一角で、はしゃいでいるアルルゥとカミュに遭遇した。
「騒がしいぞお前たち。
もう少し嗜(つつし)みというものを――」
「おー、トラー」
「見てみてトラちゃん。
いいでしょ、これ」
注意の声を聞きもせず、二人は突き出した手に握る簪(かんざし)を見せつけてきた。
精緻にして躍動を感じさせるその造りには、見覚えがある。
「これ、は」
「んむー、テルテルがくれた」
「へへー、キレイでしょ?
すごいよねー」
美しい装飾をかざし、見比べ、飾りあう。
声を高めて笑いあう二人はとても楽しそうで、なぜか、微妙におもしろくなかった。
「? トラー?」
「どうしたの?」
「……なんでもない。
あまり騒ぎすぎるなよ。
ムント殿に怒鳴られるぞ」
首を傾(かし)げる二人を置いて、某(それがし)はその場を離れた。
歩みを進めても不愉快な気分は収まらず、むしろ、ますます強くなるばかり。
すべてを叩き斬りたくなる衝動に駆られる。
エヴェンクルガの道に反するとは分かっていながら、それでも抑えきれない想いは、次第に対象を明確にしていた。
「……なにが、武士(もののふ)のやることではない、だ。
女子供に尻尾を振りおって……」
「おや、タイガ。
不景気な顔してどうしたい」
「なにか不備がありましたか?」
横からの呼びかけにハっと足を止める。
近づく気配に気づけないほど雑念に気を取られていたのか。
その二人が誰であるのか、一瞬理解が及ばなかった。
「ティティカ姉。それに……
ウルトリィ様?」
「はい。
おはようございます、タイガ様」
向けられた輝く笑顔に、某(それがし)の思考は一瞬にして反転していた。
「お、おはようございます!
ほ、本日はお日柄もよく、
賢大僧正(オルヤンクル)におかれましてはますまず、の”……っ?」
そして、盛大に舌を噛む。
「なにを舞い上がってんだい、アンタは」
「ふふ。あまりお気を張らずに。
自らの家のように、とはいかないでしょうが、
どうぞごゆるりと」
「お、お心遣い、感謝いたします。
某(それがし)もエヴェンクルガの末席に連なる者として、
可能な限りのご助力を賢大僧正(オルヤンクル)、に……?」
「? どうかなさいましたか?」
痛みで少しだけ戻った冷静が、金の髪を飾るモノに気づかせた。
翼を模(かたど)った精緻な細工は、つい先ほど見たものによく似ている。
「ウルトリィ様、
その、簪(かんざし)は……」
「これですか?
ええ、テルテォ様に頂いたものです。
お近づきの印に、と」
「自分で作ったんだってさ。
たいしたもんだよね」
「本当に。
さっそくこうして使わせて頂いております」
「そ、そう、ですか。
はは……」
先ほどと同じ質の笑みに、再び思考が反転する。
先よりも深く、より暗く。
「タイガ様?」
「どした?」
「い、いえ。
某(それがし)は、その、この辺で……」
別れの礼もそこそこに、重い足を引きずり、その場を辞する。
気も体も重いのは、溜まりに溜まった負の念ゆえか。
途中、すれ違ったリネリォ殿にまで、怪訝な顔をされる始末。
「タイガ。どうした、
そのように殺気を振りまいて」
「リネリォ殿……
テルテォは、何処(どこ)に?」
「ふむ?
城の庭を借りて訓練をしていると思うが」
「そうですか。
それは、都合がいい……」
湧き上がる暗い念から、自然と口元に笑みが浮かぶ。
足取りは重いまま、心だけは妙に軽快に。
抜刀の衝動を溜めこみながら、某(それがし)は城の庭へ足を向けた。
「なんだ、あれは?」
「うーん、青春の苦さ、かね」
「?」
「ふふ」