うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「続きましては、下の町に関する警備について。
堅護将(オルサナル)からの上申です」
「伺いましょう」
「ハッ、感謝致します。
賢大僧正(オルヤンクル)におかれましては
ますますご健勝の事と――」
場所はオンカミヤムカイの城の内、
賢大僧正(オルヤンクル)との会見を行う謁見の間。
某(それがし)たちは、流れくる声を聴き流しながら、順を待っていた。
月に数度、ウルトリィ様は下からの意見を、直に聞いているのだという。
玉石混合たる膨大な声は、解するだけでも大変な労苦であろうに。
不躾にも訊ねさせて頂いた時、ウルトリィ様は快く答えてくださった。
「私(わたくし)の尊敬する方は、この務めを毎日のように行っていましたから」と。
懐かしむような声は楽しげで、真意であると一声で知れた。
ウルトリィ様ほどの方が敬(うやま)う人物とは、どのような者なのだろう。
いつかお話を伺いたいものだ。
――と、益体(やくたい)もないことを考えている間に、場の空気は緊張を保ちながら、少しずつ熱を高めていた。
「かねてからの懸念が
大きな問題となりつつあります。
規制を緩めた下の町には、
諸外国から日々大量の民が流れ着いており、
もはや当初の予算では対応しきれませぬ。
貧しき民に配されるべき食料までもが
無法者に荒らされる始末。
やはり、流入する者はある程度
厳しく選定しませんことには」
「ですが、それで真に窮する人々が
排せられるような事があってはいけません。
選定する条件はすでに定めています。
あれ以上厳しくする必要はないでしょう」
「賢大僧正(オルヤンクル)。
現実的に考えて、我が国にはこれ以上の流民を
養う力はございませぬ。
他国の民を救うことも大事ですが、
まずは同胞の営みを考えていただきませぬと」
街を守る、ひいては国の行く先を見据える堅護将(オルサナル)の言い分は、客分の身で聞いても納得ゆくものであった。
一国を治める皇(オゥルォ)ならば、聞き入れるのに躊躇う理由はないだろう。
むしろ、賢明な皇(オゥルォ)であれば、率先して行っているべき政策だ。
だが、ウルトリィ様の立つ位置は、それよりも高い。
「……我等オンカミヤリューは
大神(オンカミ)より大命を授かりました。
それは、他者を思う心を忘れず、
その志(こころざし)を教え伝えていくことです。
ウィツァルネミテアの下、すべての者は等しく
その寵愛を受けるべき存在。
秤に掛けることなどできません」
放つ声は厳しくも、心は慈愛に満ちていた。
自己犠牲を旨とする在り方に、限りない強さを感じさせる。
大神(オンカミ)より承った使命に、ウルトリィ様は絶対の誇りを抱いているのだろう。
誰も言葉を挟まなかった。
清浄なる雰囲気を前に、音を立てることすら憚(はばか)られる。
それは、居並ぶ武官文官はもちろん、傍(かたわら)で見ているだけの某(それがし)も同じ。
知らず、身も心も小さく震えていた。
しかし、なんと心地のよい震えだろう。
気圧され沈黙した場に、静かな言葉が続く。
「財が足りぬというのならば
皇家に関わるものを使いましょう」
「賢大僧正(オルヤンクル)、それは」
「なりませぬ。
オンカミヤムカイの権威に関わりますぞ」
「権威で民が救えますか?
構いません。私(わたくし)に関わる支出から見直し、
その予算で可能な事業を考えましょう」
「そのような……」
「街の警備に関しては従来通りとします。
よろしいですか、堅護将(オルサナル)」
「わ、わかりました。
お言葉の通りに」
気勢の上がらぬ反論をすべて受け流したウルトリィ様は、変わらぬ威厳を湛えていた。
堅護将(オルサナル)が場を辞する姿に、ムント殿が慌てて一歩前へと進む。
「……えー、
続きましては雇兵団(アンクァウラ)『ティティカルオゥル』の方から。
専属契約の話をと」
応じ、ティティカ姉が進み出た。
慌てて続く某(それがし)とは違い、相変わらず微塵も動じていない。
「すまないね。
わざわざ公(おおやけ)の場を設けてもらうなんて」
「こちらこそ。
このような時にまとめてしまいまして」
「忙しいんだろ。十分さ」
「……まったく。
賢大僧正(オルヤンクル)に対してなんと無礼な……」
周囲の声など気にもしない。
和やかに、速やかに、二人は話をまとめていった。
口を挟む必要などなく、どうせ挟めなどしない。
某(それがし)は覚えた感銘に浸ったまま、二人の話が終わるまで、ただただウルトリィ様を見つめていた。