うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・40~ ウルトの溜息・罰

 

「まったく! 不謹慎極まりない!

 姫様の逃亡に手を貸したばかりか、

 よりにもよって賢大僧正(オルヤンクル)に抱きつくなど、

 な、な、なんと破廉恥なっ!」

「申し訳ございません!」

 激昂するムント殿に対し、某(それがし)はひたすら頭を下げ続けた。

 まったく、返す言葉が見つからない。

 エヴェンクルガとして、武士(もののふ)として、腹を割っても足りぬほどの恥だ。

 いつしか某(それがし)とムント殿の間には、罪人と獄吏のような緊迫感が生まれていた。

 ……だというのに。

 隣で茶をすすっているティティカ姉たちの、なんと和やかな事だろう。

「まあまあ、いいじゃない。

 ウルト、じゃない、

 賢大僧正(オルヤンクル)も気にしてないみたいだし」

「ええ。

 殿方に抱きしめられたのも久しぶりでした」

「賢大僧正(オルヤンクル)!」

 ムント殿に叱られながらも、ウルトリィ様は楽しそうで、その笑顔だけがわずかな救いだ。

 ティティカ姉の怪しい笑みは、この際見ないことにする。

「タイガも十分反省してるみたいだし、

 許してやって貰えないかねぇ」

「私(わたくし)は特に気にしておりませんが」

「そうはいきませぬ。

 仮にも賢大僧正(オルヤンクル)が暴行されたのですぞ?

 処罰もなしでは内外に示しがつきませぬ」

「そんな大袈裟な」

「いえ、ムント殿の言う通りです。

 なにとぞ、相応の厳しい罰をお与え下さい」

 ウルトリィ様のお心遣いはありがたいが、このまま無罪放免では、某(それがし)の気が収まらない。

 必要とあらば命を差しだす事も辞さぬ覚悟だ。

「うむ、よいお覚悟です。

 そうですな、それでは――」

「じゃあ、しばらく丁稚(でっち)にでも出そうか?」

「丁稚、ですか?」

「家事も炊事もこなせる優れものだよ、ウチのタイガは。

 ついでに剣も使えるし」

「ついでではありません!」

 エヴェンクルガの武士(もののふ)に対して、なんという侮辱。

 いや、しかし、確かにその程度の不名誉は、甘んじて受けなければならないだろう。

 むしろ軽すぎるというものだ。

「そのような事でよければいくらでも。

 人足にでも厠(かわや)掃除にでも、

 なんなりとお使い下さい」

「と、本人も言っているけど、

 どう?」

「それでは、

 私(わたくし)の警護というのはどうでしょう?」

「え?」

 手を打ち発されたウルトリィ様の提言に、思わず驚きの声を漏らしてしまう。

「そ、そのような大役を、

 よろしいのですか?」

「まだお若いとはいえ、

 エヴェンクルガの方から剣を奪ったとあっては、

 そちらの方が名を折りかねません。

 そうでしょう、ムント」

「ふむ、確かに……」

「武士(もののふ)は守るものがあってこそ、

 ですものね。

 いかがですか、タイガ様」

「い、いかがもなにもっ、

 それでよろしいのであれば。

 む、むしろ某(それがし)の方からお願いしたく!」

 返す声にも力がこもる。

 賢大僧正(オルヤンクル)の務めを果たすウルトリィ様の姿を見たときから、それは、某(それがし)が望んでいたもので、むしろ罰にならぬのではなかろうか。

 いや、だからこそ。

「誠心誠意、全力を持って

 果たさせて頂きます!」

 エヴェンクルガに相応しい働きを示すのだと決意した。

 その想いを、何故にこの団はまともに扱ってくれぬのだろう。

「なんだいタイガ、

 随分な熱の入れようじゃないか。

 またウルトの乳でも

 狙ってるんじゃないだろうね」

「ティ、ティティカ姉!?

 な、なんということを!」

「そのような不純な動機では

 困りますな、タイガ殿」

「ムント殿までっ。

 そ、某(それがし)は本心からウルトリィ様を尊敬しており、

 かける熱意はそれに端を発するものであって、

 決して邪(よこしま)な気持ちなど!」

「若さってのは暴走するもんだからねぇ。

 尊敬が敬愛に、そして愛情に変わり、やがて……

 なんて、面白いじゃないか」

「ティティカ姉!」

 いつものからかいだとわかってはいたが、どうしようもなく声を裏返していた。

 我ながら滑稽な事この上ない。

 笑う声はティティカ姉だけでなく、その隣からも発されていた。

「ウ、ウルトリィ様……」

「ふふ、ごめんなさい。

 大丈夫。信頼しておりますわ、タイガ様」

 しかしその笑みは柔らかく、うろたえる心をも優しく包み込んでくれる。

「私(わたくし)がエヴェンクルガの武士(もののふ)の目に適う人物か、

 見極めてくださいませ」

「そ、そんな、そのような――」

 なんと光栄な事だろう。

 ウルトリィ様は未熟な某(それがし)を、一人前の武士(もののふ)として扱って下さっているのだ。

 必ずやご期待に応えなければ。

「このタイガ、

 一命に代えても務めを果たさせていただきます!」

 素晴らしい主(あるじ)に仕える充実、初めて味わう喜びは、実に心地よい震えであった。

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