うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
アルルゥから、上質なモロロの粉と蜂蜜の差し入れがあったので、久方ぶりにモロロの練り団子揚げを作る事にした。
カミュたちにも食べさせてやりたい、ということらしい。
正直なところ気乗りはしなかったのだが、まぁ、流れ次第ではウルトリィ様にも食べて頂けるかもしれないと言われたので……。
城の厨房の一つを借りて、しばし作業に没頭した。
菜種の油が生地を揚げ、香ばしい匂いを立ち昇らせる。
今回は油自体にもこだわった。
あらかじめ香草の香りを移しておいたため、後味よく食べられるだろう。
油を切る箸も軽やかなもの。
積み上げた団子を前に、うむと一つうなずいてみる。
薄い湯気を立てる綺麗な狐色の山は、見た目にも食欲をそそるものだった。
我ながら会心の出来である。
「さて、後は一緒に出す茶を――」
用意しようと首を動かしかけ、わずかな違和感に気がついた。
忍ぶような気配が、厨房の入り口から近づいてくる。
しかし、振り返った先には誰もいなかった。
じっと見据えても変化はない。
「気のせいか……」
と、あえて口にし、今度こそ団子に背を向けた。
同時に感じる、再びの気配。
目には見えぬが、確かにいる。
……まったく、性懲(しょうこ)りもなく。
買い出してきた荷を漁りながら、意識で後ろを探り続ける。
それはゆっくりと忍び寄り、揚げたての団子の前にまで辿りついていた。
一度完全に気配が消えたのは、こちらをうかがったためだろう。
再び「それ」が動いたところで、おもむろに後ろへ向き直る。
山積みにされた狐色の山から、一つの団子が浮き上がっていた。
「くおら」
「ぐえ?」
見当をつけて軽く叩くと、予想通り、潰れた蛙のような声が返ってきた。
なにもなかったその場所が乱れ、ゆっくりと色が浮かんでくる。
隠れ身の法術というやつだ。
「一国の皇女がつまみ食いとは情けない。
もうすぐ出来上がるんだ。
皆で食べる方がおいしいと、
カミュも自分で言っていた、じゃ……?」
そのまま説教を垂れていたが、途中で違和感に気がついた。
浮かんでくる形が、小柄なカミュより二周りほど大きい。
やがて完全に現れたその姿は、恰幅(かっぷく)のよいオンカミヤリューの老人だった。
無駄に立派な髭を蓄えた表情とまなざしは、見た目に似会わず妙に活動的だ。
「爺さん、誰だ?
なにやってんだ、こんなところで」
「痛~。
なにを、ではないわ、この若造が。
年寄りを労(いたわ)ろうという心はないのか」
つまみ食いの犯人が、ずいぶんと大きな口を叩く。
盗人猛々しいとはまさにこの事か。
「なにを偉そうに。
オンカミヤムカイの城に忍びこむとは大した度胸だ。
ウルトリィ様に突き出してやる」
「やかましいわ、小童(こわっぱ)。
老い先短い老人を苛めて楽しいか」
「あのなあ」
「ふん、こんなにあるのだ。
一つや二つで目くじら立てるな」
「あっ、こ、このっ。
食うな、このジジイ!」
「ほほう。うむうむ、
なかなかの美味」
「食うなと言っているだろうがっ」
「どうかしましたか?」
「トラちゃん、お団子まだー?」
厨房の中、食いながら逃げる老人を追い回していると、聞き知った姉妹の声が、入り口から聞こえきた。
その一瞬、老人の見せたわずかな硬直を逃さず、その首根っこをしっかと捉える。
「ぬお?
この、放せ小僧!」
「そうはいくか。
ウルトリィ様、賊です。
某(それがし)の団子を盗み食いしたので、捕まえ――」
「あら、お父様」
「まし……
は?」
返ってきた予想外の答えに、今度は某(それがし)が固まる事となった。
懸命に考えるが、頭が理解しようとしない。
だが、真実はいつも一つだ。
「お父、様?」
「うん。
カミュたちのお父様だよ。
ワーベ父様」
カミュの答えに、それを認めざるを得なくなった。
ということは、つまり。
「先代の、賢大僧正(オルヤンクル)?」
「その通りだ」
「も、もももももも、
申し訳ございません!」
同時に慌てて手を離し、そのまま床に平伏した。
ダラダラと流れる汗が、額に集まり、落ちる。
「し、知らぬ事とはいえ、
数々のご無礼を……!」
「ふむ、まったく。
よりにもよって、先代の賢大僧正(オルヤンクル)であるワシを
団子泥棒扱いとは」
平謝りする某(それがし)に、当然ワーベ様は容赦がない。
落とされる底意地の悪い言葉の一つ一つに、ただひたすら恐々とするばかり。
「すみませんっ。
まさか、姿を隠して忍びこんで来る者が
そのようなお立場であるとは思い至らず」
「あれは、常に冒険心を忘れぬワシの心意気の現れよ。
そんな事も察せられぬとは、
近頃は料理人の質も落ちたものよの」
「そ、某(それがし)が未熟でした。
以後はこのような事のないよう……」
「ふーむ。反省だけならキママゥにもできるのう。
ここはひとつ、罰の意味も込めて
ワシ用の甘味をもう一品――」
「いいかげんにしてください」
「はごっ!?」
ネチネチと続く言い分を、ウルトリィ様が遮った。
小さくも硬そうな鉄拳を、父親の頭頂にメリこませて。
「お、おおお……」
「ウ、ウルトリィ、様?」
「はあ。
お父様、少しは自重なさってください」
「あはは。
賢大僧正(オルヤンクル)の重責から離れた途端だよね。
若がえっちゃって」
憂う姉に、笑う妹。
どうやらいつもの事らしく、その扱いも手馴れていた。
「さ、タイガ様。
あちらで休憩にしましょう」
「ぬおお!
ウ、ウルトっ、腕、腕が、
かつてない方向に、曲がっ……!」
「お父様は少し反省しましょうね」
「まがーーー!」
父の腕を後ろに捻(ひね)り、いつもと変わらぬ笑みのまま、ウルトリィ様は歩き進んでいった。
「……怒らせると怖いな、ウルトリィ様は」
「……そりゃあもう、容赦ないよ」
「どうしたのですか、二人とも?」
「な、なんでもないよっ」
「ただいま参ります!」
団子と茶を手に持ってその後をついていく。
途中、味がお気に召す事を、心の底から祈っていた。