うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・43~ ウルトの溜息・散髪

 

「アルちゃん、髪伸びたね」

「んむ?」

 昼食を終えた憩いの一時、ムックルの腹に埋もれて遊ぶカミュとアルルゥから、そんな会話が聞こえてきた。

「ほら、前髪は目にかかっちゃってるし、

 耳も埋もれちゃいそうだよ」

「言われてみれば邪魔そうだな」

「でしょ?

 ほら、トラちゃんもこう言ってるし、

 切った方がいいんじゃない?」

「んー、やー」

「イヤじゃないだろ。

 身だしなみぐらい常に整えておけ。

 ただでさえアルルゥは

 すぐ泥だらけになるんだからな」

「うー、だって、

 アルルゥの髪、ヘン」

「そんなことないよ」

「まぁ、ちょっとクセはついてるか。

 きれいに整えるのは難しいかもしれないが」

「おねーちゃんなら、きれいに切ってくれる……」

 つぶやいた自分の言葉に息を飲み、アルルゥはそれきり黙りこんでしまった。

 姉上との思い出が蘇りでもしたのだろう。

 ムックルが某(それがし)を睨みつけてきたが、これは不可抗力というものだ。

 居心地の悪さから、しばしカミュと気まずい視線を交すも、それで事態が好転するわけではない。

 一つ、足を踏み出した。

「よし。

 某(それがし)が切ってやろう」

「お?」

「トラちゃん、できるの?」

「里では兄上や他の連中相手に

 よくやらされたからな。

 まあ任せろ」

 アルルゥが顔を上げた一瞬に話を進めていく。

 干していた敷き布を広げてから、某(それがし)はゆっくりと脇差を抜いた。

 

 

 

 そして数刻後。

「……よし。

 こんなもんで、どうだ」

 某(それがし)の手の下には、さっぱりとしたアルルゥがいた。

「んー?」

「おー。すごいすごい。

 きれいになったよ、アルちゃん」

「んむー」

 鏡を見ながら首を振り、髪の様を確認していたアルルゥが、ようやく満足げな笑みを浮かべた。

 どうやらお気に召したらしい。

 なんだかんだと言いながらも、身形が整えば気分がよいのだろう。

 アルルゥの髪を手で梳きながら、カミュは羨ましげな声を上げていた。

「ホントに上手だねー。

 今度カミュも切ってもらおうかな」

「まあ、これぐらいの事ならお安い御用だ」

「ん。トラ、

 剣以外のことはじょうず」

「やかましいっ」

 アルルゥの言葉は相変わらず一言余計だ。

 まったく、素直に褒められないのだろうか。

 まあ、気落ちした顔をされるよりはよいが。

「そういえば、

 トラちゃんもけっこう伸びてる?」

「そう、か?

 まだ大丈夫だと思うが……

 アルルゥ、なにをしているんだ?」

「むふー。おかえし」

 目を輝かせたアルルゥの手には、置いていた脇差が握られていた。

 にじりよってくる姿に、どうしようもなく嫌な予感が襲いかかってくる。

「な、なに言って……」

「あー、そうだねー。

 トラちゃーん、

 カミュたちが切ってあげるよー」

 それは、にんまりと笑うカミュからも。

 思わず頭を手でかばいながら下がっていた。

「ま、待て待て待て!

 いいっ。某(それがし)の、というか、

 エヴェンクルガにとって髪は大切な意味があるんだっ。

 お前たちの遊びに使わせられるか」

 某(それがし)たちは、自らの成長と想いの証として、頭髪を後ろにまとめている。

 願掛けのような風習でしかないが、だからこそ軽々しくは破れない。

 それを、よりにもよってこの二人に委(ゆだ)ねる事などできようか。

「トラ、アルルゥの髪切った」

「そうだよ。

 女の髪だって大切なんだから」

「問題が全然違うだろうが!

 な、なんだカミュ。

 その手に握ったガチャタラはっ」

「往生際が、わるーい!」

『キュイイイイ』

「のわぁ?」

 間一髪でガチャタラの声から身を躱(かわ)していた。

 見えない衝撃が地を抉(えぐ)り、その威力を知らしめる。

 加減というものを知らぬのか、こいつらは!

「あ、逃げた。待てー」

「待てるかっ」

「ムックル、いく」

『ヴォオウ』

「だああ! こっちくんなああ!」

 揺れる尾髪を引きながら、二人と二匹からひたすら逃げる。

 昼下がりの憩いの時は、とうの昔に終わっていた。

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