うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
昼食を終えたくつろぎの一時。
某(それがし)は従者の集まる休憩の間で、労(ねぎら)いの茶を立てていた。
うつろなまなざしのムント殿とムティ殿に。
「お疲れ様です。
どうぞ」
「おお、タイガ殿……」
「ありがとう、ございますぅ……」
二人は力なく湯飲みを取り、ゆっくりと中身を飲みこんでいった。
喉を通っていく温かさに、少しは生気を取り戻したのか。
吐き出す息は、凝り固まった疲労が透けて見えるようだった。
「おいしい茶ですなぁ……」
「本当に。
心が洗われるようですよぉ……」
その態度はなんとも年寄りじみている。
ムント殿はともかく、ムティ殿はまだ十とそこそこの筈なのだが。
「だいぶ堪えておられるようですね」
「はいぃ……
タイガ様は、すごいですぅ……」
「は、はは……」
尊敬のまなざしなど向けられても、苦笑しか返せない。
彼が被(こうむ)ったここ数日の苦労を思うと、冷たい脂汗が流れていくばかりだ。
某(それがし)が城の警備に付いている間、ムティ殿にはアルルゥの世話を頼んでいた。
暴走しないように見張ってもらっている、と云う方が正しい。
――のだが。
やはりムティ殿には荷が重すぎたようだ。
まあ、森の主(ムティカパ)であるムックルに、不可視の衝撃を操るガチャタラが一緒では、どのような人物にも抑えられるわけはないのだが。
もっとも、街中で二匹が暴れたという話は聞いていないから、ムティ殿の疲労は、アルルゥの行動によるものが原因なのだろう。
ある意味、二匹の暴走よりもタチが悪いのは確かだ。
「姫さまとはまた違った騒動屋ですよね、
アルルゥ様は」
「うーん。カミュは思いつきだけど、
アルルゥはかなり計算している当たりですか」
「そうですね。罠をかわせばかわすほど
被害が大きくなるんです……」
なるほど。その結果がこの有様というわけか。
言われてみれば某(それがし)は、いつからから始めの罠にあえてひっかかっていたような気もする。
慣れとは恐ろしいものだ。
……思い至り、少し自分が情けなくなった。
「ムティもまだまだですな。
もっと苦労を積まなければ」
某(それがし)たちの話に耳を傾けていたムント殿が、力のない笑いを上げた。
ムティ殿が少しだけ唇を尖らせる。
「お爺様だって、だいぶお疲れじゃないですか。
姫さま相手に」
ムント殿は、帰城したカミュを相手に、連日教鞭を揮っている。
それも大変な事だとは思うが、確かに、ムティ殿の現状を軽くあしらえる大事には聞こえない。
だが。
「……あの姫様が、
ワーベ様と一緒になって悪戯をしかけてくるのだぞ?」
そう言われてしまうと平伏せざるを得ない。
老いたりとはいえ元賢大僧正(オルヤンクル)の実力の程、某(それがし)は身をもって体験している。
カミュの暴走を助長するのに、これ以上の助けはあるまい。
まったく、なんの勉強をしているのだか。
「タイガ殿は健やかそうですな」
「ええ、某(それがし)は。
なにしろウルトリィ様の警護ですから。
確かに緊張を強いられる任ではありますが、
エヴェンクルガとしてこれ以上に
充実を得られる務めもありません」
「なるほど。
賢大僧正(オルヤンクル)もタイガ殿の前では
まだ猫(ニアオ)を被っておられるようで」
「猫、ですか?」
「左様。
姫様も、普段はアレでなかなかお転婆でしてな」
「ウルトリィ様が?」
予想もしていなかった言葉に、思わず声を張ってしまった。
一つ強く頷(うなず)いてから、ムント殿はトクトクと語る。
「しっかりと政務をこなしているようで
いつの間にか船を漕いでいたり、
隠して持ちこんだ甘味を摘み食いしていたり」
それは……少し、見てみたいような……。
「身代わりを作って抜けだした事もありましたな。
護衛の兵を魅了して逃走した事も」
「はは、それは、
さすがはカミュの姉上、
といった所でしょうか」
「その程度ならまだよいのですが……
ふらっと国を抜けだしてみたり、
その行く先で事件を解決してみたり、
身寄りのない子供を拾ってきたりと……」
「……いや、
そこまでいくと、流石に……」
「後を始末するのに私がどれほど苦労したか、
わかりますかな?」
「……まいりました」
流石はオンカミヤムカイの正僧正(ラマヤンクル)。
人生経験で某(それがし)の敵う相手ではなかった。
あまり勝ちたい分野でもないが。
そうして心が離れた瞬間、話に夢中になっていた事に気がついた。
部屋に、誰かが入ってきていた事にも。
「こんな事もありましたな。
そう、姫様が賢大僧正(オルヤンクル)になられたばかりの頃――」
「楽しそうですね、ムント」
「にっ?」
ムント殿が振り返った先、開かれた部屋の入り口には、話題の主が立っていた。
左右には問題の二人娘もいる。
「ひ、姫様?」
「は、はわわわわ……」
「カミュに、アルルゥまで……」
いつから、とは問わなかった。
聞いた所で末路に変わりはなさそうであるし。
三人はいつもの相のまま、揺らめく炎の幻影を背負っていた。
某(それがし)たちを前にニコニコと、午後の予定を定めていく。
「カミュ。久しぶりに
法術の練習でもしましょうか」
「そうだね、お姉様。
少し攻撃的なのがいいんじゃないかな?」
「そうですね。力もたまに使わなければ
調子を崩してしまいますものね」
「それじゃあお庭に行こうか。
アルちゃん。的(まと)、もってきてくれる?」
「ん。ムックル」
『ヴォウ』
「って、おい!」
「な、なんで僕を噛むんですかっ?」
「ひ、姫様!
私、近年めっきり心の臓が!」
「あら、大丈夫よ、ムント」
ムックルに咥えられた某(それがし)たちに、ウルトリィ様が華のような笑みを向けた。
「私(わたくし)、蘇生術も心得ていますから」
それはもう、地獄(ディネボクシリ)に咲く華のような美しさで。
「「「……なあああああああああ!!」」」
静謐なる城に響く叫びは、しかし人を呼ぶこともなく、
従者一同の午後の務めは、非常に厳しい始まりとなった。