うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・46~ ウルトの溜息・一時

 

「次は、長老連からの訓示会です」

「はい……ふぅ」

 執務室での作業が一段落したのを見計らい、次の予定をウルトリィ様へと告げたところ、溜息混じりの返事が返ってきた。

 美しい顔は微妙にやつれ、眉も少しだけよりそっている。

「お疲れですか、ウルトリィ様」

「はい、かなり……

 御老方のお話は長いのですよね……」

 上目遣いのまなざしには、多分に甘えがこめられていた。

 わずかに覗くうなじがどうにも色っぽいが、今見るべきは手元の予定表だ。

 確認し告げるのが某(それがし)の役目である。

「その後は休憩ですので、

 もうしばらく我慢してください。

 それでは参りましょう」

「……タイガ様、

 だんだんムントのようになってきましたね」

「はい?」

 ウルトリィ様を先に、御老方の待つ部屋へと向かう。

 微妙に足早なのは、なんだろう、拗ねているのだろうか、もしかすると。

 ムント殿の言葉を思い出し、なぜか少し嬉しくなったが、現実としては、やはり困る。

 順調に進んでいたその足はなぜか、厨房に程近い部屋で止まった。

「あら、ティティカ。

 お酒?」

「おや、ウルトにタイガじゃないか。

 どうだい、一杯」

「ティティカ姉……」

 そこには我らが団長が居た。

 自分で用意したのだろう。

 種々の乾物を前に置き、手酌で酒をあおっていた。

 徳利を片手に誘う姿は確かにとても楽しそうだが、それに誘われるわけにはいかない。

「それでは、一杯だけ」

「ウルトリィ様っ」

 近づこうとするウルトリィ様に、思わず荒声を向けていた。

 可愛らしく唇をとがらされても、動じるわけにはいかない。

 あえて目を鋭く平め、へらへらと笑う酔っ払いを見る。

「なにをしているんですか、昼間から」

「いやー、ちょっと調子悪くってさー。

 迎え酒でも入れれば

 少しはしゃっきりするかと思ってね」

「まったく。

 ウルトリィ様も調子を合わせないでくださ……

 ウルトリィ様?」

「どした?」

 注意を向けようとして、気づく。

 なごやかだったウルトリィ様の表情が、妙に真剣なものへと変わっていた。

 明らかに、目の前にいる酔人を見て。

「……ティティカ、

 貴女は、もしかして……」

「ウルト」

 息を飲んでの呼びかけに、答える声はいつもと同じ。

「今夜、一献(いっこん)付き合ってくれないかい?」

 ティティカ姉の返事は、ウルトリィ様の真剣さを笑うような軽いものだった。

 その様を受けてだろうか。

「……ええ、是非」

 応じるウルトリィ様のもまた、日頃のなごやかさを取り戻す。

 談笑はしばしの間。

 目的を思い出すのに時は要さない。

「タイガ様、参りましょうか」

「え?

 あ、はい」

「じゃーねー。

 がんばりなー」

 連れられるまま、送り出されるがまま、某(それがし)はウルトリィ様の後を追って歩いた。

 進むうち、先のやりとりがどうにも気まずくなってくる。

 思い返しただけで恥ずかしさがこみ上げてきて、自然と謝罪を述べていた。

「申し訳ございません。

 団の長があのような体たらくで。

 後ほど注意しておきますので――」

「ティティカは……」

 応じるウルトリィ様のつぶやきは、しかし、某(それがし)に向けられたものではない。

 視線は前を向いたまま、いや、見ているのは前ですらないのか。

「はい?」

「いつも、あのようにお酒を?」

「え、ええ。

 すみません、オンカミヤムカイの城中で不謹慎でした。

 今後このような事のないように……

 あの、なにか、気になる事でも?」

「いえ……いいえ。

 なんでもありません」

 ようやく向けられた笑顔と声は、いつもと変わらぬもの。

 だが、なぜか違和感を感じさせる、笑み。

「はぁ。ですが……」

「あ、ウルトおねーちゃん」

 頭に浮かんだ小さな問いを、形にする事はできなかった。

「アルルゥ様、こんにちわ。

 あら、その壷は?」

「ハチの巣とってきた。

 ウルトおねーちゃん、いっしょにたべる」

「まぁ。よろしいのですか?」

「ん。いこ」

「はい」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

 アルルゥの誘いに無抵抗で引かれていこうとするウルトリィ様を、慌てて止める。

 数瞬前まで目的を忘れかけていたが、今しっかりと思い出した。

「ダメですよ。

 長老連がお待ちかねで――」

「むー。

 トラにもあげるから、いっしょにくる」

「いや、アルルゥ。

 気持ちはありがたいが、某(それがし)たちは

 重要な公務の最中であって――」

「よいではありませんか、タイガ様。

 長老方は退屈をもてあましているだけですもの。

 少し早めの休憩にいたしましょう」

「そういうわけには」

「それに、アルルゥ様の機嫌を損ねてしまうと、

 後で大変なのはタイガ様なのでは?」

「う……」

 その指摘は確かに正しい。

 予定を違えての叱責は不名誉には違いないが、賢大僧正(オルヤンクル)の提案という名分もなくはない。

 比べて、アルルゥの機嫌を損ねる対価となれば……。

「……少しだけですよ」

 溜息と共に、妥協の想いを告げていた。

「はい。

 それではアルルゥ様、参りましょう」

「ん」

「やれやれ」

 楽しそうに並んで歩く二人を見ると、まあよいかという気分になってしまう。

 先に感じたわずかな違和感も、この時にはすでに忘れていた。

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