うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「わーい、ウルトリィさまー。あそぼー」
「だめだよ。わたしとあそぶんだから」
「ちがうやい、ぼくとあそぶんだいっ」
「あらあら、ケンカはいけませんよ。
みんなで遊びましょうね」
自分を巡って言い合う子供たちを、ウルトリィ様は優しく諭した。
浮かべている心からの笑顔に、政務の疲れは欠片も感じない。
「えー」
「はいっ。みんなであそびますっ」
「そう。チェムはいい子ですね」
「えへー」
「あー、ぼくもっ。ぼくもみんなであそぶっ」
「ふふ。そうね。みんなで一緒にね」
慈しみの笑みは飾りなく、柔らかな抱擁は温もりに満ちている。
今この時だけは、日頃の神々しさも鳴りを潜めていた。
子供たちと戯れるウルトリィ様の姿は、正に母親そのもので、某(それがし)は知らぬ間に口元を小さく緩めていた。
オンカミヤムカイはウルトリィ様の指導の下、他国との友好政策を進めている。
下の町にあるこの孤児院も、その一環として作られたものだ。
規模こそ小さいが多種多様な子供たちの集まりは、しかし、和やかにまとまっているようだった。
ウルトリィ様が尽力しているのだから、当然の結果であろう。
私財を投じ、自らも足しげく通いつめ、拾いきた子たちに愛情を注いできたのだという。
賢大僧正(オルヤンクル)の激務をこなしながら、だ。
まったく、感服せざるを得ない。
『ヴォ~ゥ……』
努力の結実を前にして感慨に浸っていると、横手から悲鳴が聞こえてきた。
いや、正確に言えば咆哮が。
「わーい、おなかもこもこー」
『ヴォヴォウォウ』
「こっちはカチンカチンだぞ。かっこいー」
「石でぶってもへいきなんだってさ」
「おー、すげー」
『ヴォ、ヴォ~~ン』
アルルゥに従って同行していたムックルは、子供たちに乗られたり、ひっぱられたり、つねられたりと、大人気だった。
少し身じろぎすれば、撥ね除ける事など造作もないのだろうが。
『ヴォォウ』
「ダメ、ガマンする」
『ヴオン……』
アルルゥにそう言われては動けないだろう。
おかげで某(それがし)も安心して笑いを向けられる。
睨みくる青い瞳がメラメラと燃えてはいたが、今は気にしない事にした。
「ねえねえ、おにいちゃん」
「ん?」
気がつけば、某(それがし)の周りにも子供たちが集まりきていた。
あやすのはあまり得意ではないのだが、今ならばよい対応もできそうだ。
「なんだい?」
「おにいちゃんもいっしょにあそぼ?」
「ああ、いいよ。
よっ、と」
「きゃ? わ、あはは!」
話しかけてきた女の子を持ち上げ、上下左右と宙に舞わせてやる。
回し、揺らし、急に動かしてやるほどに、少女は笑い声を高くした。
よほど楽しげに見えたのだろう。
その子を降ろしてやった時、周囲の瞳には爛々(らんらん)たる光が点っていた。
「さあ、なにして遊ぶ?」
「今の、今のもう一回やって!」
「あー、いいなー」
「おにいちゃん、ぼくもー」
「はは、よしよし。順番だぞ」
我も我もと押し寄せる子供たちに、にこやかなまま語りかける。
だが、小さな群れが生む威力を、正直なところ、侮っていた。
「ずるいー、わたしがさきー」
「ちがうよ、ぼくだよ」
「こら、ケンカするんじゃない。
ちゃんと順を守ってだな――」
加熱する子供の好奇心は弱気な制止の声など聞きもせず、ただ欲のままに押しよせてくる。
「おにいちゃん、ぼくからー」
「やだー、ぼくがさきー」
「わたしだよね、おにいちゃん」
「ちょ、ま、乗る、なばっ?」
それを本気で押しのけるわけにもいかず、結果、あえなく押し倒されていた。
関わらず、子供たちはますます乗りかかってくる。
もはや目的など考えてはいまい。
「い、痛っ、こら、乗るな……!
ごっ!? は、腹っ、腹に、入って……!」
「きゃはは。ぼくがさきー」
「わーたーしー」
悶絶を聞くほどに子供たちは調子を上げてくる。
もはや目的は、某(それがし)の上で飛び跳ねる事に変わっているようだ。
こ、このままでは、本気でマズ――
「みんな、どく」
意識が遠退きかけたその時、救いの声が降ってきた。
緊迫したアルルゥの言葉に、圧し掛かっていた重みが、一つ一つ消えていく。
肺に戻った空気を味わった後、ようやく安堵の息を吐けた。
「ア、ルルゥ……
ありがたい、たすか……?」
だが、感謝の言葉は結べなかった。
上から振り落ちくる、白い影に気づいたから。
「な……」
疑問を浮かべる暇すらない。
「だがぁ!?」
『ヴォン』
跳躍し、某(それがし)への着地を果たしたムックルは、妙に満足げな息を吐いていた。
「ム、ックル、おま……」
『ヴモフ』
「ぎゅむ……!」
こちらは反論すら許されず、ただ踏み潰されるのみ。
代わりに、アルルゥが非難の目を向けていた。
「もー、ムックル。
めっ」
『ヴォゥ……』
「い、言ってやれ、言ってやれ」
「動いちゃダメ。そのままじっとしてる」
「うぉい!?」
『ヴウォウン』
かろうじて搾り出した抗議もまた、ムックルの楽しげな一声に掻き消されるばかり。
さらに群がりくる子供たちの重さを、某(それがし)は身をもって思い知らされたのだった。