うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
休憩時、『ティティカルオゥル』にあてがわれた一室を覗いてみると、ティティカ姉とテルテォの二人がいた。
胡坐(あぐら)をかき、床に置いた紙を眺めながら、なにやら神妙な面持ちで向かい合っている。
「珍しい組み合わせですね。
なにをしているのですか?」
「ああ、タイガ。
いや、ちょいとね」
「邪魔をするな。
大事な所なのだ」
返された声はいつものものだったが。
睨みつけくるテルテォに言い返すより先に、ティティカ姉が理由を見せつけてきた。
「テルテォに頼まれてね、
絵を描いてたのさ。
久方ぶりだから出来はイマイチだけど」
「絵?」
床に置かれた紙に目を向けてみれば、なるほど、それは確かに絵であった。
墨の濃淡で描かれているのは、荘厳なる大瀑布。
謙遜とは裏腹に、飛び散る飛沫まで見て取れる、繊細優美な作だった。
「ほう、これは――」
「素晴らしい!」
見ていたら横からかっさらわれた。
無骨な拳に両端を握られた紙が頼りなく震える。
見ているとこちらが不安になるほどであったが、描いた本人は気にしていないようだ。
「新しい簪(かんざし)の意匠に使いたいんだと。
妙な所で凝り性だよねぇ」
「はあ。
ティティカ姉に絵の心得があるとは
知りませんでした」
「なんだい、不服そうな顔だね」
「いえ、そういうわけでは。
ただ、意外というか、
不意をつかれたというか」
「ふふん。
アタシをタダの飲んだくれだと思ってたね?」
「そのような事は……
少ししか」
「ふん。目が節穴でも務まるのだな、
エヴェンクルガという奴は」
「なに?」
嘲(あざけ)る声を聞き、反射的に振り返る。
テルテォは、与えられた墨画を神妙な動作で懐に収めながら、ティティカ姉に尊敬のまなざしを向けていた。
「ティティカ殿は実に多彩なお方なのだぞ。
絵だけではない。
書に舞、華に茶、
武芸ならば弓はもちろん、
剣や槍までをも見事にこなされる。
貴様などよりもよほど上手いのではないか?」
言葉の後半は某(それがし)に対する誹(そし)りになっていたが。
言い返しかけ、沸いた疑問に思いとどまった。
真にそれだけの才があるのなら、わざわざ雇兵(アンクアム)になどならずとも名を上げられただろうに。
視線の疑問に気づいたのか、ティティカ姉は目聡(めざと)く応じた。
「あはは。
まぁ、昔ちょいとね、
色々とやってたのさ、アタシも」
「昔、ですか」
ティティカ姉の、過去……。
なぜだろう。
いかがわしげなものしか思い浮かばない。
「なにか妙なものを想像してないかい?」
「は?
はは、そのような事は……」
流石はティティカ姉、鋭い。
そのままニンマリと笑みを浮かべ、
「実はね、アタシはお姫様なんだよ」
「は?」
なにか、不思議な事を言いだした。
某(それがし)の怪訝なまなざしに気づいているだろうに、弁説はより滑らかになっていく。
「今は雇兵(アンクアム)なんぞに身をやつしているけど、
それもすべてはお国のため。
世を巡り、領主頭首としての器を磨いているというわけさ」
「はあ」
「ああ。
実は、国には生まれたときからの許婚(いいなずけ)がいるんだよ。
これが干からびたジジイでさ。
見知らぬ親父に手篭めにされるのが嫌でねぇ。
そんなことも国を出た一因かな」
「なるほど」
「うん、生き別れの弟も探さないといけないからね。
いやぁ、大変なんだな、これが」
「そうですか……」
「おや、なんだい。
信じてないね?」
「……それを信じろと?」
「やれやれ、アタシゃ悲しいよ。
団長の言葉も信じられないなんて」
「いや、今のを信じろといわれても、
なあ……?」
そこで露骨に泣き真似をされるとますます胡散臭い。
だが、思わず同意を求めた先で、テルテォは肩を震わせていた。
「テルテォ?」
「ティティカ殿っ」
どうしたのかと思っていると、やおらティティカ姉へと一歩近づいた。
図体のデカさとも相まって、圧し掛かるような迫力だ。
「え、えっと、どした?」
「そのような悲しい過去を抱えておられたとは……
いや、気づけぬ俺が浅はかでした」
「「は?」」
まさかと思ったのだが、その声は感嘆に震えていた。
「……お前、信じたのか?
今のを」
「ふん。貴様の同意などいらん。
ティティカ殿、やりますよ、俺は。
共に『ティティカルオゥル』の名を
大陸全土に知らしめましょう!」
無骨な男だと思っていたのだが、どうやらその認識は誤りだったらしい。
こいつは単純なだけだ。
よく今まで戦を越えてこれたものだと思う。
テルテォはすっかり心酔した面持ちで、ティティカ姉に熱いまなざしを向けていた。
「……どうするんですか、これ」
「いいじゃないか、
やる気だしてくれたんだから。
素直な子は好きだよ、アタシ」
「ティティカ殿。
必ず、必ずや……」
「よしよし。
一緒に名を上げようじゃないか」
「はいっ」
煽るだけ煽り、騒ぎをまるで気にせぬティティカ姉は、そのままテルテォと盛り上がり始めていた。
多分、もうなにを言っても聞こえはしないだろう。
「……では、
某(それがし)はそろそろ」
こっそり暇(いとま)を告げても、やはり返事は返されない。
そのまま気づかれないように、ゆっくりと部屋を抜け出した。