うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・50~ 幕間・闇宮

 

 夜の夜。

 闇の闇。

 あるいは、魔の胎動に蠢(うごめ)く子宮。

 黒く重い角石を積み上げて形作られた球堂は、禍々しくも奇妙な安らぎに満ちている。

 澱み濁った大気は万象の起源。

 死にも似た静寂こそが、誕生の場には相応しい。

 深遠なる想いの中心に伏し、ハクビは言葉を連ねていた。

 己を見下ろす、五つの影を前にして。

「『怨(オン)』の収集は予定の通りに。

 各地に潜ませた同志の働きにより

 狩場も順調に肥大しております。

 これも皆様の強き意思と力によるもの。

 感謝の念は尽きませぬ」

「そうか。それはなにより」

「面(おもて)を上げよ、我等が同志よ。

 貴公の多大な貢献により、

 我等が悲願の成就も近かろう」

 影の気配がわずかに和む。

 返される声がくぐもっているのは、その装束にせいだ。

 紅蓮の刺繍が施された黒い外套(アペリュ)は、彼等の面まで覆っている。

 同志と呼びはしているが、顔を晒す気はない、という事なのだろう。

 もっとも、ハクビも気にはしていない。

 平伏する彼女の様に、五つの声は機嫌よく言葉を続けていく。

「貴殿こそ地が遣わせた我等が巫(カムナギ)よ。

 よもや、我が手により世の終わりを

 迎えられるとは思わなんだ」

「イヤイヤ。

 現れた時には如何なる輩(やから)かと

 疑いもしましたが」

「ふん、

 その力を見出してやったのは我等ではないか。

 あまり調子に乗せる必要などない」

「真に。

 皆様には感謝しております。

 我が知識と力、これからもお役立て下さいませ」

 向けられる、満悦、疑念、嫉意の視線。

 高圧にして有無を言わさぬまなざしに対し、ハクビは頭を下げ続けた。

 萎縮や畏敬によってではなく、ただ礼節の型を守るように。

 人形めいたその姿に、小さな苛立ちが投げかけられる。

「ならば役に立ってもらおうではないか」

「なにか問題が?」

「貴様が『怨(オン)』を集めるために

 用いている薬の材料が滞っている。

 裏切り者のせいでな。

 まったく、今さらこの世(ツァタリィル)での富に執着するなど、

 なんという未熟か」

「それは、貴様等の不手際であろう」

 当り散らすような怒りに、ハクビの後ろに立つエヴェンクルガが応えた。

 上からの威に圧されることなく、むしろ一歩の間を詰めて。

 鋭く細んだまなざしは、命じ慣れた者の不快を誘う。

「なんだとっ?」

「白霊蓮(サラカジャ)ですか……。

 彼の地には、左手を貸与していた筈ですが、

 そちらも?」

 向けられた怒りを、ハクビは巧みに受け流す。

 今は重要な会合の時。

 会話を怒りで阻む事もできず、影の声は苛立たしげに返されるばかり。

「ふん、

 其奴(そやつ)が持ったままなのだろうよ」

「そうですか……

 わかりました。私が回収に当たらせていただきます。

 よろしいですか?」

 返事とともに吐いた息は、誰も気づかれなかった。

 承認の言葉は、晴れることのない闇の中に朗々と響く。

「よかろう。

 必要な人員は用意してやる。

 策はお前に一任しよう」

「はい」

「成就の時は近い。

 共に、地獄(ディネボクシリ)の福音を」

「「「地獄(ディネボクシリ)の福音を」」」

 個々の感情は異なれど、集った想いは唯一つで、

 重なる声は脈を打つように、闇の球堂に木霊(こだま)し続けた。

 

 

「ふう」

 ようやく辞した黒堂を背に、ハクビは大きく息を吐いた。

 表情は殺せても、感情そのものが消えるわけではない。

 堂前に控えていた巨漢にすら、心労は見目にも明らかなようだ。

「お疲れのようですな、姫」

「ラクシャ……。

 いえ、大した事はありません。

 いつもの事ですから」

「その苦労の甲斐が、得た信頼というわけか」

 小さな笑みにリュウガが応えた。

 細んだ目には、明らかな嫌悪が宿っている。

「時が来たなら僕(やつがれ)に一言よこせ。

 あの下衆、最後の供物に相応しかろう」

「貴公は本当にエヴェンクルガか?

 少しは主の苦労を分かち合おうとは思わんのか」

 吐き捨てるような言い分に、ラクシャインが呆れていた。

 付き合いの長いハクビから見ても、リュウガの率直さは時としてまっすぐに過ぎる。

 細んだまなざしは、変わる事なくラクシャインを斬り返した。

「これが僕(やつがれ)とハクビの在り方だ。

 貴様にとやかく言われる筋合はない」

「そうはいかん。

 我が目的にとっても姫の存在は必要不可欠。

 貴公が妨げとなるようなら、我も考えねばならん」

「ほう……

 それはどのように」

「お止めなさいリュウガ。

 ラクシャもです。

 本当に、少しは私の苦労も考えてください」

 広がる剣呑な雰囲気を、ハクビは二度目の溜息で散らした。

 いつもの事とはいえ、疲れないわけではない。

「今の立場も私たちには必要なのです。

 彼らの力が。

 それはお分かりでしょう?」

「わかっている。

 だが、お前があのような輩(やから)に頭を下げるのは、

 見ていられん」

「……我慢してください。

 今は、ね」

 たとえ自分のためだとしても。

 それでも、ハクビは少しだけ元気を取り戻した。

「さあ、左手を回収にいきましょう。

 白霊蓮(サラカジャ)はまだまだ必要です。

 材料がなければどれほど優秀な薬師といえど

 薬を作れませんからね」

「姫、その件ですが」

 気を取り直しての新たな算段は、横からの声に妨げられた。

 深く下げられた、巨漢の武士(もののふ)の頭によって。

「ラクシャ?」

「我にお任せいただけませんか。

 必ずやご期待にお応えしますゆえ」

 礼節に厳しく物静かなラクシャインではあるが、安易に平伏するような漢ではない。

 控えめな彼がそこまでするのは。

 ……なるほど、確かに納得できる。

 ハクビに拒む理由はなかった。

 ラクシャインという男を信じているからだ。

 力も、能力も、信念も。

「いいでしょう、ラクシャイン。

 必要な人員を用意させますので定まり次第――」

「それについても一案が。

 あの古狐を呼んでいただけますか」

「?

 ……わかりました。

 貴方にお任せします」

「ありがとうございます。

 我が一命に代えましても」

 返される確かな信頼に、ハクビは自然と、小さくも確かな笑みを浮かべていた。

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