うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
外への門戸を開いたオンカミヤムカイ。
下の町は日に日に活気を増していくのと同時に、空気に剣呑さを含みだしていた。
城や上の街が持つ研ぎ澄まされた刃のような緊張ではなく、鑢(やすり)を擦り合わせるような刺々(とげとげ)しさを。
これが、今の世の縮図なのだろう。
いや、ウィツァルネミテアの加護に守られているオンカミヤムカイだからこそ、不穏な気配を感じる程度に止まっているのかもしれない。
聞こえてくる話は戦、飢饉、疫病、災害と、耳を覆いたくなるようなものから、復興、新興、統合、対立と、ある意味活気に満ちたものまで、様々だ。
混沌とした情勢は、先の見えぬ不安と共に、未知なるものへの期待も高めていくのか。
下の町は、それでも賑わいを見せている。
某(それがし)たちの前を行く、二人の少女を筆頭に。
「わー、見て見てアルちゃん。
今日も新しいものがでてるよ」
「おー、ヘンなのいっぱい」
「これはもう、片っ端から遊んでみるしかないね」
「んっ」
駆け出していくアルルゥとカミュを、今さら追いかける気力も湧いてこない。
隣に立つムティ殿も想いは同じなのだろう。
遠ざかる背を見ながら、二人して溜息を吐いた。
「はぁ。
お爺様が臥(ふ)せってからというもの、
姫さま、なんて楽しそうに……」
「アルルゥもだ。
毎日毎日、あの豪遊の金は
どこから出してるんだ?」
「テルテォ様ががんばっているみたいですよ。
賢大僧正(オルヤンクル)に褒められて以来、
すっかり工房にこもりっきりだそうで」
「なるほど……」
きっと、嬉々として簪(かんざし)作りに勤(いそ)しんでいるのだろう。
若干の同情を感じなくもない。
それでアルルゥが喜ぶのならば、と納得しそうではあるが。
疲れを感じながら前を見る。
道の先に、騒ぐ小さな人だかりができていた。
「またか。
今度はなにをしでかした」
「いえ、今回は違うみたいですよ?
二人とも、覗きこんでいるだけのようですし」
「ん?」
またぞろアルルゥたちが騒動を巻き起こしたのかと思ったのだが、関わっていないとなると、本当の大事かもしれない。
足を早めて場に近づき、人垣を割ってその内を確かめる。
見覚えのある小柄な商人が、四人のゴロツキに囲まれていた。
「あいつは……」
「トラ、いく」
「人をムックルみたいに使うな」
後ろからの声にボヤいてみるが、やるべき事に文句はない。
アルルゥがそう言う以上、是非の所在は明らかなのだから。
近づく某(それがし)に気づいた一人が、向きを変えて凄んできた。
「あん? なんだテメ――っ?」
それを無言で投げ飛ばす。
大柄な身を宙に浮かせ、別の二人に叩きつけてやった。
「な、なん……?」
そして、残る一人の首を打つ。
三歩足を進める間に、喧(やかま)しかった輩(やから)は全員目を剥いていた。
「ふぅ」
「イヤイヤイヤ、ありがとうございました。
おかげさまで命拾いを致しました、ハイ」
吐き出しかけた息は、地に転がっていた小柄な男の、軽薄な声に流された。
自然と顔が小さく顰(しか)む。
「お前は……」
「ハイ。
タイガ様、お久しぶりでございます」
緊張感のない笑顔の主は思った通り、流浪の商人ニコルコだった。
「カルラゥアトゥレイが、陥落?」
通された謁見の間。
もたらされた火急の報に、ウルトリィ様が声を上げた。
「イエイエ、寸前。
まだ寸前という事です、ハイ」
賢大僧正(オルヤンクル)を前にしながら、ニコルコはいつもの気楽さを変えずにいた。
大した度胸だと思う半面、無礼を咎(とが)めたくもなる。
だが、その言葉は思っていた以上の反応を場に、特にウルトリィ様とカミュに与えていた。
「内乱なのか反乱なのかはわかりかねますが、
壊滅的な損害を受けているとか」
「そんなの……
すぐ助けにっ」
「なりませんぞ、姫様。
我等オンカミヤムカイは調停者の名を頂く者。
国の内に起きた問題に
干渉するような事はできませぬ」
「そんなこと……!」
「カミュ。
ムントの言う通りです。
お座りなさい」
「でも、お姉様!」
「座りなさい」
カミュの激情に、ウルトリィ様の叱責が飛ぶ。
ただ、冷たく鋭い威圧は、自らを律しているようにも思えた。
見立てに間違いはないだろう。
その表情は、いつもの毅然を湛えながら、遠目にも震えているのが知れた。
「……一体どうしたんだ、お二人とも。
カルラゥアトゥレイという国に、
なにかあるのか?」
「ん……
カルラおねーちゃんの国だから」
声を潜めた某(それがし)の問いに、アルルゥが小さく答える。
震える声には、二人と同じ想いが感じられた。
友か、それ以上の間柄なのだろう。
ならば、カミュの言動にも納得がいく。
ウルトリィ様の心苦にも、アルルゥの黙止にも。
それでも、公の場で取り乱す事など、賢大僧正(オルヤンクル)には許されない。
「……まずは確認いたしましょう。
ムント、國師(ヨモル)を派遣する手続きを」
「はい」
「では、次の方を……」
しめやかな言葉で話を結び、カミュに批難の目を向けられながらも、ウルトリィ様は日々の政務を執り続けた。
謁見の間から辞した後、某(それがし)たちは場所を『ティティカルオゥル』に与えられた一室に移し、ニコルコから事の真偽を確かめていた。
「吐けっ。
貴様、誰の差し金で斯様な妄言を語りに来たっ」
「ヒイ、も、妄言だなんてっ。
し、師匠ですよ。
師匠も、カルラゥアトゥレイ皇の側近から
密かに頼まれたと言っておりました」
「お前たちのような流れの商人にか?
世迷言も大概にしろ」
「そんな、タイガ様。
信じてくださいよぅ。
嘘をついているように見えますか、
この目が?」
「嘘しかついた事がないようにしか見えないな」
「トホホ~」
小さな目を潤ませられても、同情する気になどまるでなれない。
襟首を掴んで前後に揺らすテルテォの挙動を、某(それがし)は止めずに眺めていた。
「いかが致しましょう、ウルトリィ様。
やはり此奴の謀(たばか)りなのでは?」
「いえ……」
場には、政務を終えたウルトリィ様もいた。
皇座での姿とは異なる憂いの表情は儚げで、守らねばならぬという義務感を煽られる。
某(それがし)たちの熱も、自然と上がろうというものだ。
「カルラゥアトゥレイで起きている混乱の話は
以前から聞いてはいたのです。
彼の国には國師(ヨモル)がおりませんので、
詳しい事は周辺からの情報に
頼っていたのですが……
陥落という話も、あながち虚言とは言い切れません」
ウルトリィ様は、こちらのやりとりをあまり気にはしてはいなかった。
口元に手を置きながら、視線を宙に彷徨わせるばかり。
瞑想にも似た神聖な雰囲気に、声を掛ける事すら躊躇ってしまう。
だというのに、この男は。
「ホラ、ホラ。
賢大僧正(オルヤンクル)様もああ仰(おっしゃ)って
おられるじゃありませんか。
ワタクシ、嘘などついておりませんよ」
「それとこれとは話が別だ」
「そうだ。
お前のように胡散臭い男、
そう簡単に信じられるか」
「そんなぁ。
ティティカ様、お助けくださいませ」
商人ならば空気を読む事も必要だろうに。
ニコルコの喚(なげ)きは、緊張を打ち壊す情けない響きを撒き散らすばかりであった。
楽しんでいるのは、救いを求められた主ぐらいだ。
ティティカ姉はいつもの笑みを浮かべたまま、鋭いまなざしで話を戻した。
「ここでアンタを苛めてても
埒(らち)はあかないだろうからね。
ウルト、なにか話があって来たんだろう?」
応じ、ウルトリィ様も姿勢を正す。
「カミュを國師(ヨモル)として派遣する事にしました。
ついては『ティティカルオゥル』の皆様に、
その護衛をお願いしたいのです」
「ふえ?」
傍(かたわ)らのカミュが間の抜けた声を上げる。
政務での態度に頬を膨らませていた事も忘れ、ウルトリィ様に詰め寄っていた。
「き、聞いてないよ、お姉様?」
「ええ。
今初めて言いましたから。
気になっているのでしょう?」
「そ、それはまぁ……
でも……」
確かに、ウルトリィ様が来るまでは、今にも飛び出していきそうな勢いだったのだが。
國師(ヨモル)という重責には、さすがに感じるものがあるのだろう。
躊躇いを隠さぬ仕草は、街に居るありきたりな少女のようで。
その様を、ウルトリィ様は温かな眼差しで見守っていた。
「自信をもちなさい。
貴女になら出来ます。
私(わたくし)の、自慢の妹なのですから」
姉として、限りない優しさをもって。
「お姉様……」
「カミュちー。がんばる」
「アルちゃん……
うん!
お姉様、わたし、やってみる!」
ほころぶ笑顔に空気が変わる。
今やカミュの表情は、『ティティカルオゥル』全体の指針だ。
和みかけた雰囲気は、しかし、
「なるほどね。
まぁそういう事なら断る理由も――」
「少々お待ちいただきたい」
横からの、氷刃のような鋭い声に断たれていた。
「リネリォ?」
「雇兵(アンクアム)としての依頼は結構。
ですが、我々との約束は忘れないでいただきたい。
仮面の女の足取りは、まだわからぬのですか」
威圧するような言葉は、遠慮もなしに相手へ投げつけられる。
よりにもよって、ウルトリィ様に。
「リネリォ殿っ。
賢大僧正(オルヤンクル)に対し、なんと無礼な」
「関係あるか。
私がこの団に属しているのは、
ただ目的のためだけだ」
某(それがし)の注意になど耳も貸さず、リネリォ殿は敵を見るようなまなざしを、ウルトリィ様に向け続ける。
思わず敵意を返してしまいそうになる視線であったが、当人は動じる気配も現さなかった。
「リネリォ様……
ええ、わかっております。
仮面の女性の足取りは継続して調査を進めておりますので、
どうか心をお鎮めください。
何分、争いに関する情報は膨大なもので、
その裏に潜む相手を見極めることは
オンカミヤムカイの洞察をもってしても難しいのです。
出来る事ならば、私(わたくし)もその調査にあたりたいのですが……」
心の底からの言葉は、十分に伝わったのだろう。
「っ……」
「ほら、
ワガママ言ってウルトを困らせるんじゃないよ」
「ティティカ」
「アタシたちはウルトの私兵として雇われてる立場。
その交換条件が仮面の女の情報だ。
雇い主の意向には従うのが義務。
アンタもわかってるだろ」
そう諭すティティカ姉の言葉に、リネリォ殿はようやくいつもの冷静さを返した。
「……無論だ。
賢大僧正(オルヤンクル)、
無礼の数々、お詫び致します」
「いえ。
リネリォ様のお気持ちは確かにいただきました」
「カミュの事はお任せ下さい。
調査の方、よろしくお願い致します」
「あ、姉上、どちらへ……」
それでも、わだかまりが消え去る事はなかったのだろう。
一言を残し、テルテォを引きつれ、リネリォ殿は部屋を辞していた。
己が場を乱すと判断しての事だろうが、あまりにも今さらだ。
部屋は、外の世界を予感させる、不穏な雰囲気に覆い尽くされていた。