うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
深い森に抱かれた静かな国。
カルラゥアトゥレイに足を踏み入れての、それが最初の印象だった。
小さな集落では朴訥(ぼくとつ)な人々が日々を営み、小さな町には穏やかな活気が満ちている。
森の恵みに敬意を払う生き方は、かつての大国という影をまったく感じさせないもので、ニコルコの語った印象は、あながち間違ってもいなかった。
ただ一つ、皇(オゥルォ)の態度だけを除いて。
「オンカミヤムカイの國師(ヨモル)だと?」
「はい。賢大僧正(オルヤンクル)の命により
この地に遣わされました、カミュと申します。
デリホウライ皇におかれましては、
オンカミヤムカイとの友好と理解を――」
「ふん、なにが調停者だ。
人の国にずかずかと入りこみ、
あれこれと難癖つけていくだけなのだろうが。
俺から見れば賢大僧正(オルヤンクル)とて
一国の皇(オゥルォ)に過ぎん。
礼を尽くすというのなら、
当人が来て然るべきではないか」
着崩した衣はだらしなく、しかし、物腰には相応の貫禄を感じさせる。
眼光は面立ちの若さを補ってあまる鋭さで、細身に見える体からも秘めた猛威をうかがわせた。
デリホウライ皇はオンカミヤムカイの使者を前にしても威圧的な態度を崩さず、皇座から某(それがし)たちをを見下ろしていた。
珍しく淑やかなカミュの物腰には、早くも綻びが見える。
「……御国の内に不穏な影が見えると、
私共の耳に届きましたので
見極めに参りました」
「なに? ……まったく、
どこのどいつか知らんが余計な事を」
睨みを利かせたまなざしに、周囲の官人が身を震わせる。
随分と我の強い皇(オゥルォ)のようだ。
いや、腕に自信があるのだろう。
戦に特化したギリヤギナの武人。
その立ち居振る舞いからも、十分な実力が見て取れる。
傲慢とも思える言動は、それゆえのものなのだろうが。
「オンカミヤムカイの皇女も暇なのだな。
いずれにせよ、カルラゥアトゥレイは
他国の干渉は受けん。
國師(ヨモル)などという者も不要だ。
早々に去るがいい」
「むー」
「デリデリ、かんじわるい」
話を聞く二人の娘に、その態度を受け入れる寛容はなかったようだ。
アルルゥの不満げなつぶやきは、はっきりと場に響いていた。
「だ、誰がデリデリだ、誰が!」
「アルルゥ、お前、
一国の皇(オゥルォ)に対してなんという――」
「カルラおねーちゃんに言われたこと、
ぜんぜんわかってない」
「ホントだよね。相変わらず自分勝手でさ。
よくこんなに穏やかな国になったよね」
「姫さまっ」
「きっと周りの人が優秀」
「うんうん、きっとそうだ」
「お、前ら……
まるで変わっていないな……」
いつもの調子で語り合う二人を前に、デリホウライ皇は耳と肩を震わせていた。
あまりの怒りからか青筋を浮かべた表情は、しかし、少しだけ微笑んでいるようにも見える。
「も、申し訳ございません、デリホウライ皇。
後でよく言って聞かせますゆえ」
「どうかご容赦を。
ほら、姫さまも謝意を――」
「デ、デリホウライ皇!
出ました!」
慌てて平伏した某(それがし)とムティ殿の言葉は、飛びこんできた兵の声に掻き消された。
緊迫した一言ですべてを察したらしい。
デリホウライ皇は秘めていた怒りも忘れ、鋭いまなざしを取り戻していた。
戦に対する武人の目だ。
「来たかっ。
一軍、二軍を出せ。
周辺から人を払い包囲しろ。
俺が行くまで手を出すなよ」
「あ、あの、それで……」
「なんだ。報告があるなら速やかに行えっ」
「ハ、ハイっ。
軍よりも先に、お嬢様が、その……」
「なっ?」
怯えを含んだ報告の声に、示された驚きは一瞬。
「……あいつは、また性懲りもなくっ……
行くぞ!」
「ハッ」
欠片ほどの激情を残し、デリホウライ皇はその場から飛び出していた。
その後を慌(あわただ)しく追う兵と、同じく騒ぎだす官人たち。
客人であるはずの某(それがし)たちは放っておかれたまま、顔を見合わせるばかりであった。
「……え?」
「あれ?
どうしちゃったの、かな?」
「さー。
でもなんか、出番な気配、かね」
「も、申し訳ございません、國師(ヨモル)様」
残された場にあって、平伏する女官と老官が一人ずつ。
先ほどから皇(オゥルォ)の厳しいまなざしを浴びていた者たちが、足りなかった礼を補うように丁寧な態度で接してきた。
「重ね重ねの無礼、平にお許し下さい」
「皇(オゥルォ)は火急の用に赴(おもむ)きましたゆえ、
お話の続きは後ほどという事に……」
「あぁ、それは全然かまわないよ」
だが、皇(オゥルォ)の前でも平素でも、変わらぬ者がここにも一人。
「ちょうどいい。
アタシらの実力を売りこむとしようじゃないか」
ティティカ姉はいつもの笑みで、いつものように動いていた。