令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第十話 究極の二択

深夜。

 

部屋にはパソコンのモニターだけが青白い光を落としていた。

 

小西は伊達眼鏡を外し、ヘッドセット越しに相談者の話へ静かに耳を傾けている。

 

相手の声は震え、言葉の端々には長い絶望が滲んでいた。

 

小西は最後まで遮ることなく聞き終えると、小さく目を閉じる。

 

「……分かりました」

 

短い返答だけだった。

 

「あなたのお話は理解しました。」

 

短い沈黙が流れる。

 

「まずは感情に流されず、ご自身の身を守ることを優先してください」

 

その落ち着いた声には、不思議と人を安心させる響きがあった。

 

通話が終わると、小西はゆっくりとヘッドセットを外す。

 

机へ温かな紅茶が置かれた。

 

「小西先生、お疲れさまです」

 

椎名だった。

 

黒い部屋着のまま、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。

 

「ありがとうございます」

 

小西はカップを手に取った。

 

「今日も長い夜でしたね」

 

「相談は尽きない」

 

小西は窓の外を見つめる。

 

「人は追い詰められるほど、誰かに答えを求める」

 

椎名は静かにうなずいた。

 

「明日も授業があります」

 

「ええ」

 

小西は再び眼鏡を掛けた。

 

「教師としての一日は、いつもどおり始まる」

 

---

 

翌朝。

 

帝丹高校。

 

黒板へ数式を書き続ける小西の声が教室に響く。

 

「以前にも言いましたが、答えだけでは意味がありません」

 

チョークを置き、生徒たちを見渡す。

 

「そこへ至る過程を考えることが大切です」

 

授業は淡々と進む。

 

隣の教室からは、椎名が文学作品を朗読する落ち着いた声が聞こえてきた。

 

放課後。

 

校門近くで蘭を待つコナンは、下校する小西と椎名の姿を見つめていた。

 

(証拠がない)

 

(でも、あの人は何かを知っている)

 

ポアロでの出来事以来、その思いは強くなるばかりだった。

 

---

 

週末。

 

新しくオープンしたレストランは、多くの来客で賑わっていた。

 

園子に誘われ、蘭とコナンもその場にいた。

 

和やかな空気が流れていた、その時だった。

 

店内に悲鳴が響く。

 

客の一人が突然倒れ込み、周囲は騒然となった。

 

やがて目暮警部たちが到着し、現場は立ち入り禁止となる。

 

コナンは静かに周囲を観察していた。

 

どこか違和感がある。

 

事件そのものではない。

 

現場全体から漂う、妙な整然さだった。

 

(……おかしい)

 

(痕跡が少なすぎる)

 

一つひとつは何気ない。

 

だが、全体を見渡すと、まるで誰かが最初から最後まで筋道を組み立てたような印象を受ける。

 

その感覚が頭から離れない。

 

---

 

不意に蘭の言葉が脳裏によみがえった。

 

『小西先生って、この前、授業中に「情報を組み合わせれば、人は思い込みだけで真実を見失うことがある」って言ってたの。数学の話なのかと思ったけど、何だか不思議だったな』

 

その一言と、目の前の事件が結びつく。

 

(まさか……)

 

コナンは息をのんだ。

 

(先生は、この事件を知っていたわけじゃない)

 

(でも、先生なら、こういう状況を予測して考えることができる)

 

その考えが浮かんだ瞬間、別の事実に気付く。

 

事件直前、蘭は偶然、店員の手伝いをしていた。

 

もちろん善意からだ。

 

しかし、その事実だけでも事情を知らない人間には誤解を招きかねない。

 

コナンの胸が締めつけられる。

 

(もし、このまま捜査が進めば……)

 

(蘭まで疑われるかもしれない)

 

探偵として真実を追うべきか。

 

蘭を守ることを優先すべきか。

 

二つの思いが激しくぶつかり合う。

 

---

 

夜。

 

一人になったコナンは、公園のベンチへ腰を下ろしていた。

 

冷たい風が吹き抜ける。

 

(どうする)

 

(真実を明らかにすれば、蘭が傷つくかもしれない)

 

(守ろうとすれば、事件の真相へ届かなくなる)

 

頭の中で何度考えても答えは出ない。

 

これまで数え切れない事件を解決してきた。

 

だが、ここまで苦しい選択を迫られたことはなかった。

 

コナンは拳を強く握り締める。

 

「……負けない」

 

小さくつぶやく。

 

「蘭は絶対に守る」

 

「真実も諦めない」

 

夕闇の向こうで、小西と椎名が静かに帰路を歩いている姿を思い浮かべる。

 

何事もなかったかのように。

 

教師としての日常を送りながら平然と。

 

その背中を思い浮かべたコナンは、静かに立ち上がる。

 

相手は常に一歩先を読んでいる。

 

それでも、自分は立ち止まれない。

 

真実を追う限り、この勝負はまだ終わっていないのだから。

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