夜の工藤邸。
地下室にはデスクライトの柔らかな光だけが灯り、テーブルには数々の事件資料が整然と並べられていた。
コナンはソファに腰掛けたまま、大きく息を吐く。
「結局……小西先生のことは何も分からなかった」
レストランでの事件。
相談サイト。
喫茶ポアロ。
どれだけ迫っても、決定的な証拠には届かない。
小西は常に一歩先にいた。
赤井は黙って煙草を灰皿へ押しつけると、資料を一枚手に取った。
「ボウヤ」
「ん?」
「君は今まで、小西という男ばかり見ていた」
コナンは静かにうなずく。
「でも、それじゃ駄目なんだ」
赤井はゆっくり立ち上がった。
「本人だけを見ていても、本当の人間は見えてこない」
「じゃあ、どうするんだ?」
赤井は窓の外を見つめながら答えた。
「まずは、教師としての小西を見る」
「教師として?」
「生徒から見た小西」
「同僚から見た小西」
「地域の人間から見た小西」
「事件ではなく、人間を見る」
コナンは少し考え込み、小さくうなずいた。
「先生自身を知るってことか」
「ああ」
赤井は静かに笑う。
「それで何も見えなければ、その時は別の方法を考える」
地下室に静かな決意が満ちていった。
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翌日。
帝丹高校。
昼休み。
コナンは蘭や園子と自然に会話をしながら、小西について話を振ってみる。
「小西先生?」
蘭は少し困ったように笑う。
「口は悪いけど、ちゃんと生徒のことを考えてくれてる先生よ」
園子もうなずいた。
「怖そうな顔してるけど、授業は分かりやすいしね」
近くにいた男子生徒も話へ加わる。
「質問すると最後まで付き合ってくれるよ」
「厳しいけど、ちゃんと理由を説明してくれるし」
職員室でも評判は変わらなかった。
「小西先生は責任感がありますね」
ある教師がそう語る。
「少々言葉は率直ですが、生徒には誠実ですよ」
その隣では椎名が教材を整理していた。
「椎名先生も本当に気配りが細かい方です」
別の教師が笑う。
「職員室のみんなにも優しくて、生徒からの信頼も厚いんですよ」
誰に聞いても、返ってくる答えは似ていた。
悪評らしい悪評が、一つもない。
コナンは校舎の窓から中庭を見下ろした。
(……完璧すぎる)
人間なら短所がある。
嫌われる部分もある。
しかし、小西にも椎名にも、それが見当たらない。
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夜。
工藤邸の地下室。
コナンは昼間集めた話を赤井へ報告していた。
「教師としても評判はいい」
「生徒も同僚も悪く言わない」
「椎名先生も同じだ」
赤井は最後まで黙って聞いていた。
やがて静かに口を開く。
「なるほど」
「やはりそういう男か」
「何か分かったの?」
「分かったことが一つだけある」
赤井は資料を閉じる。
「小西は、自分の立場をよく理解している」
「教師として信頼されることも含めて、自分を律している」
コナンは考え込む。
「じゃあ、この調査は意味があったのかな……」
赤井は穏やかに答えた。
「無駄ではない」
「だが、まだ答えは見えない」
「もう少し見てみよう」
コナンは静かにうなずいた。
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その頃。
小西の自宅。
夕食が食卓に並び、椎名が湯気の立つ味噌汁を小西の前へ置く。
「小西先生」
「最近、江戸川君の様子が少し変わりましたね」
小西は箸を止めることなく答えた。
「彼自身ではない」
「誰かの助言を受け始めた」
椎名は静かに尋ねる。
「赤井秀一でしょうか」
小西は否定も肯定もしない。
味噌汁を一口飲み、窓の外へ目を向ける。
「そう遠くないうちに分かる」
その一言だけ残し、再び食事へ戻った。
椎名もそれ以上は聞かなかった。
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夜更け。
再び工藤邸の地下室。
赤井は事件資料をケースへしまいながら、コナンへ視線を向けた。
「明日からも少しやり方を変える」
「どうする?」
「尾行はしない」
「ただ観察する」
「教師としての小西」
「日常の小西」
「事件ではなく、人間を見る」
コナンは静かにうなずく。
「小西先生自身を知るため、か」
「そうだ」
赤井はわずかに笑った。
「それで何も見えなければ、その時は別の方法を考える」
翌朝。
帝丹高校。
黒板へ数式を書き続ける小西。
その姿を、校舎の廊下から静かに見つめるコナン。
少し離れた場所では、赤井が校舎を見上げていた。
誰も尾行はしない。
誰も近づかない。
ただ、一人の数学教師の日常を見つめる。
それが、新たな一手になると信じて。