令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第十二話 盤上の観測者

夜の工藤邸。

 

地下室にはデスクライトの柔らかな光だけが灯り、テーブルには数々の事件資料が整然と並べられていた。

 

コナンはソファに腰掛けたまま、大きく息を吐く。

 

「結局……小西先生のことは何も分からなかった」

 

レストランでの事件。

 

相談サイト。

 

喫茶ポアロ。

 

どれだけ迫っても、決定的な証拠には届かない。

 

小西は常に一歩先にいた。

 

赤井は黙って煙草を灰皿へ押しつけると、資料を一枚手に取った。

 

「ボウヤ」

 

「ん?」

 

「君は今まで、小西という男ばかり見ていた」

 

コナンは静かにうなずく。

 

「でも、それじゃ駄目なんだ」

 

赤井はゆっくり立ち上がった。

 

「本人だけを見ていても、本当の人間は見えてこない」

 

「じゃあ、どうするんだ?」

 

赤井は窓の外を見つめながら答えた。

 

「まずは、教師としての小西を見る」

 

「教師として?」

 

「生徒から見た小西」

 

「同僚から見た小西」

 

「地域の人間から見た小西」

 

「事件ではなく、人間を見る」

 

コナンは少し考え込み、小さくうなずいた。

 

「先生自身を知るってことか」

 

「ああ」

 

赤井は静かに笑う。

 

「それで何も見えなければ、その時は別の方法を考える」

 

地下室に静かな決意が満ちていった。

 

 

---

 

翌日。

 

帝丹高校。

 

昼休み。

 

コナンは蘭や園子と自然に会話をしながら、小西について話を振ってみる。

 

「小西先生?」

 

蘭は少し困ったように笑う。

 

「口は悪いけど、ちゃんと生徒のことを考えてくれてる先生よ」

 

園子もうなずいた。

 

「怖そうな顔してるけど、授業は分かりやすいしね」

 

近くにいた男子生徒も話へ加わる。

 

「質問すると最後まで付き合ってくれるよ」

 

「厳しいけど、ちゃんと理由を説明してくれるし」

 

職員室でも評判は変わらなかった。

 

「小西先生は責任感がありますね」

 

ある教師がそう語る。

 

「少々言葉は率直ですが、生徒には誠実ですよ」

 

その隣では椎名が教材を整理していた。

 

「椎名先生も本当に気配りが細かい方です」

 

別の教師が笑う。

 

「職員室のみんなにも優しくて、生徒からの信頼も厚いんですよ」

 

誰に聞いても、返ってくる答えは似ていた。

 

悪評らしい悪評が、一つもない。

 

コナンは校舎の窓から中庭を見下ろした。

 

(……完璧すぎる)

 

人間なら短所がある。

 

嫌われる部分もある。

 

しかし、小西にも椎名にも、それが見当たらない。

 

 

---

 

夜。

 

工藤邸の地下室。

 

コナンは昼間集めた話を赤井へ報告していた。

 

「教師としても評判はいい」

 

「生徒も同僚も悪く言わない」

 

「椎名先生も同じだ」

 

赤井は最後まで黙って聞いていた。

 

やがて静かに口を開く。

 

「なるほど」

 

「やはりそういう男か」

 

「何か分かったの?」

 

「分かったことが一つだけある」

 

赤井は資料を閉じる。

 

「小西は、自分の立場をよく理解している」

 

「教師として信頼されることも含めて、自分を律している」

 

コナンは考え込む。

 

「じゃあ、この調査は意味があったのかな……」

 

赤井は穏やかに答えた。

 

「無駄ではない」

 

「だが、まだ答えは見えない」

 

「もう少し見てみよう」

 

コナンは静かにうなずいた。

 

 

---

 

その頃。

 

小西の自宅。

 

夕食が食卓に並び、椎名が湯気の立つ味噌汁を小西の前へ置く。

 

「小西先生」

 

「最近、江戸川君の様子が少し変わりましたね」

 

小西は箸を止めることなく答えた。

 

「彼自身ではない」

 

「誰かの助言を受け始めた」

 

椎名は静かに尋ねる。

 

「赤井秀一でしょうか」

 

小西は否定も肯定もしない。

 

味噌汁を一口飲み、窓の外へ目を向ける。

 

「そう遠くないうちに分かる」

 

その一言だけ残し、再び食事へ戻った。

 

椎名もそれ以上は聞かなかった。

 

 

---

 

夜更け。

 

再び工藤邸の地下室。

 

赤井は事件資料をケースへしまいながら、コナンへ視線を向けた。

 

「明日からも少しやり方を変える」

 

「どうする?」

 

「尾行はしない」

 

「ただ観察する」

 

「教師としての小西」

 

「日常の小西」

 

「事件ではなく、人間を見る」

 

コナンは静かにうなずく。

 

「小西先生自身を知るため、か」

 

「そうだ」

 

赤井はわずかに笑った。

 

「それで何も見えなければ、その時は別の方法を考える」

 

翌朝。

 

帝丹高校。

 

黒板へ数式を書き続ける小西。

 

その姿を、校舎の廊下から静かに見つめるコナン。

 

少し離れた場所では、赤井が校舎を見上げていた。

 

誰も尾行はしない。

 

誰も近づかない。

 

ただ、一人の数学教師の日常を見つめる。

 

それが、新たな一手になると信じて。

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