令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第十三話 閉ざされた過去

夜。

 

喫茶ポアロの営業を終えた安室透は、店内の明かりを落とすと静かに奥の事務スペースへ入った。

 

ノートパソコンを開き、画面に映し出された一つの名前を見つめる。

 

小西浩平。

 

帝丹高校数学教師。

 

そして、黒の組織のブレイン――コニャック。

 

以前にポアロで直接顔を合わせて以来、その存在が安室の頭から離れることはなかった。

 

「……あの男は何者なんだ」

 

組織の幹部であることは間違いない。

 

しかし、その経歴も目的も、あまりにも分からなすぎた。

 

安室は静かに端末を閉じる。

 

「組織側から探るしかないか」

 

---

 

翌日。

 

任務を終えた帰り道。

 

安室はウォッカと二人きりになる機会を待っていた。

 

雑談を装いながら、さりげなく切り出す。

 

「そういえば」

 

「コニャックって、昔から組織にいたんですか?」

 

ウォッカは缶コーヒーを飲みながら首を振る。

 

「いや」

 

「数年前だ」

 

「ラムの旦那が連れてきた」

 

「その前は?」

 

「知らねぇ」

 

ウォッカは肩をすくめる。

 

「兄貴も詳しいことは話さねぇしな」

 

安室は表情を変えない。

 

「そうなんですね」

 

それ以上は聞かなかった。

 

しかし心の中では、一つの疑問が深まっていた。

 

(ラム直属……)

 

(しかも過去を知る者がほとんどいない)

 

---

 

数日後。

 

任務帰り。

 

ジンと二人で車へ乗り込む。

 

短い沈黙のあと、安室は口を開いた。

 

「ジン」

 

「何だ」

 

「コニャックは、元々どこの組織の人間なんです?」

 

ジンは煙草へ火をつける。

 

煙をゆっくり吐きながら答えた。

 

「知らねぇな」

 

「そいつはラムしか知らねぇ」

 

安室は少し意外そうな表情を見せる。

 

「ジンでも?」

 

「興味がねぇ」

 

短く返す。

 

「だが」

 

ジンは窓の外を見ながら続けた。

 

「奴が来てから仕事はやりやすくなった」

 

「日本中で事件が増えた」

 

「警察も公安も、毎日走り回ってやがる」

 

安室は静かに聞いていた。

 

「つまり」

 

「能力だけは認めている、と」

 

ジンは鼻で笑う。

 

「頭は切れる」

 

「だから気に食わねぇ」

 

「考えすぎる男だ」

 

それだけ言うと、それ以上コニャックの話題には触れなかった。

 

---

 

その夜。

 

人気のないバー。

 

ベルモットはグラスを軽く揺らしながら微笑んでいた。

 

「コニャック?」

 

「ええ」

 

安室は静かに尋ねる。

 

「どんな人物なんです?」

 

ベルモットは意味深に笑う。

 

「あの人、不思議なの」

 

「組織へ忠誠を誓っているようには見えない」

 

「でもラムだけは全面的に信用している」

 

「利用し合っているようにも見えるわ」

 

安室は考え込む。

 

組織へ忠誠がない。

 

それでも最高幹部として扱われる。

 

そんな存在は聞いたことがなかった。

 

---

 

翌日。

 

安室は通信回線を通じ、ラムへ直接問いかけた。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

『何だ、バーボン』

 

「なぜコニャックをそこまで信用しているのですか」

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがてラムが静かに口を開いた。

 

『バーボン』

 

『組織には優秀な殺し屋はいくらでもいる』

 

『優秀な工作員もな』

 

『だが』

 

ラムの声が少しだけ低くなる。

 

『国一つの治安を設計できる頭脳は、一人しかいない』

 

安室は息をのんだ。

 

『コニャックは組織最大の頭脳だ』

 

『それ以上でも、それ以下でもない』

 

通信はそこで切れた。

 

---

 

深夜。

 

安室は公安の端末を開き、小西浩平の経歴をもう一度見直していた。

 

二十四歳。

 

帝丹高校数学教師。

 

成績優秀。

 

教師免許取得。

 

どこにも不自然な点はない。

 

いや――。

 

不自然な点がないことこそ、不自然だった。

 

「……綺麗すぎる」

 

安室は小さくつぶやく。

 

「まるで最初から用意された人生だ」

 

画面を閉じても、その違和感だけは消えなかった。

 

---

 

その頃。

 

小西の自宅。

 

椎名が夕食を並べながら静かに言った。

 

「小西先生」

 

「組織からの情報によると、バーボンが先生のことを調べているようです」

 

小西は味噌汁を一口飲み、穏やかに答える。

 

「当然だな」

 

「彼は優秀だからね」

 

椎名は微笑む。

 

「では、対処なさいますか」

 

「いや」

 

小西は静かに首を横へ振った。

 

「彼は真実へ近づこうとする」

 

「だからこそ、本当の答えには辿り着けない」

 

眼鏡の位置をそっと直し、小西は窓の外の夜景を眺める。

 

帝丹高校の数学教師。

 

黒の組織のブレイン。

 

そのどちらも真実であり、そのどちらだけでも彼を語ることはできない。

 

静かな夜は、更けていく。

 

そしてまた一人、小西浩平という男の正体を追う者が、その底知れない深さを知るのだった。

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