夜。
喫茶ポアロの営業を終えた安室透は、店内の明かりを落とすと静かに奥の事務スペースへ入った。
ノートパソコンを開き、画面に映し出された一つの名前を見つめる。
小西浩平。
帝丹高校数学教師。
そして、黒の組織のブレイン――コニャック。
以前にポアロで直接顔を合わせて以来、その存在が安室の頭から離れることはなかった。
「……あの男は何者なんだ」
組織の幹部であることは間違いない。
しかし、その経歴も目的も、あまりにも分からなすぎた。
安室は静かに端末を閉じる。
「組織側から探るしかないか」
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翌日。
任務を終えた帰り道。
安室はウォッカと二人きりになる機会を待っていた。
雑談を装いながら、さりげなく切り出す。
「そういえば」
「コニャックって、昔から組織にいたんですか?」
ウォッカは缶コーヒーを飲みながら首を振る。
「いや」
「数年前だ」
「ラムの旦那が連れてきた」
「その前は?」
「知らねぇ」
ウォッカは肩をすくめる。
「兄貴も詳しいことは話さねぇしな」
安室は表情を変えない。
「そうなんですね」
それ以上は聞かなかった。
しかし心の中では、一つの疑問が深まっていた。
(ラム直属……)
(しかも過去を知る者がほとんどいない)
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数日後。
任務帰り。
ジンと二人で車へ乗り込む。
短い沈黙のあと、安室は口を開いた。
「ジン」
「何だ」
「コニャックは、元々どこの組織の人間なんです?」
ジンは煙草へ火をつける。
煙をゆっくり吐きながら答えた。
「知らねぇな」
「そいつはラムしか知らねぇ」
安室は少し意外そうな表情を見せる。
「ジンでも?」
「興味がねぇ」
短く返す。
「だが」
ジンは窓の外を見ながら続けた。
「奴が来てから仕事はやりやすくなった」
「日本中で事件が増えた」
「警察も公安も、毎日走り回ってやがる」
安室は静かに聞いていた。
「つまり」
「能力だけは認めている、と」
ジンは鼻で笑う。
「頭は切れる」
「だから気に食わねぇ」
「考えすぎる男だ」
それだけ言うと、それ以上コニャックの話題には触れなかった。
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その夜。
人気のないバー。
ベルモットはグラスを軽く揺らしながら微笑んでいた。
「コニャック?」
「ええ」
安室は静かに尋ねる。
「どんな人物なんです?」
ベルモットは意味深に笑う。
「あの人、不思議なの」
「組織へ忠誠を誓っているようには見えない」
「でもラムだけは全面的に信用している」
「利用し合っているようにも見えるわ」
安室は考え込む。
組織へ忠誠がない。
それでも最高幹部として扱われる。
そんな存在は聞いたことがなかった。
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翌日。
安室は通信回線を通じ、ラムへ直接問いかけた。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
『何だ、バーボン』
「なぜコニャックをそこまで信用しているのですか」
しばらく沈黙が続く。
やがてラムが静かに口を開いた。
『バーボン』
『組織には優秀な殺し屋はいくらでもいる』
『優秀な工作員もな』
『だが』
ラムの声が少しだけ低くなる。
『国一つの治安を設計できる頭脳は、一人しかいない』
安室は息をのんだ。
『コニャックは組織最大の頭脳だ』
『それ以上でも、それ以下でもない』
通信はそこで切れた。
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深夜。
安室は公安の端末を開き、小西浩平の経歴をもう一度見直していた。
二十四歳。
帝丹高校数学教師。
成績優秀。
教師免許取得。
どこにも不自然な点はない。
いや――。
不自然な点がないことこそ、不自然だった。
「……綺麗すぎる」
安室は小さくつぶやく。
「まるで最初から用意された人生だ」
画面を閉じても、その違和感だけは消えなかった。
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その頃。
小西の自宅。
椎名が夕食を並べながら静かに言った。
「小西先生」
「組織からの情報によると、バーボンが先生のことを調べているようです」
小西は味噌汁を一口飲み、穏やかに答える。
「当然だな」
「彼は優秀だからね」
椎名は微笑む。
「では、対処なさいますか」
「いや」
小西は静かに首を横へ振った。
「彼は真実へ近づこうとする」
「だからこそ、本当の答えには辿り着けない」
眼鏡の位置をそっと直し、小西は窓の外の夜景を眺める。
帝丹高校の数学教師。
黒の組織のブレイン。
そのどちらも真実であり、そのどちらだけでも彼を語ることはできない。
静かな夜は、更けていく。
そしてまた一人、小西浩平という男の正体を追う者が、その底知れない深さを知るのだった。