令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

14 / 22
第十四話 盤面の転換

夜の工藤邸。

 

地下室にはデスクライトの淡い光だけが広がり、テーブルには事件資料が整然と並べられていた。

 

コナンは腕を組んだまま、深いため息をつく。

 

「結局……また何も掴めなかった。」

 

赤井は煙草の火を静かに消し、資料を一枚ずつ閉じていく。

 

「いや。」

 

低い声が地下室に響いた。

 

「収穫はあった。」

 

コナンが顔を上げる。

 

「え?」

 

「小西という男を尾行して分かったことは一つだけだ。」

 

赤井は静かにコナンを見据えた。

 

「尾行では勝てない。」

 

地下室が静まり返る。

 

「奴は追われることを前提に生活している。」

 

「監視されることも。」

 

「疑われることも。」

 

「すべて計算に入れている。」

 

コナンは悔しそうに拳を握った。

 

思い返せばそうだった。

 

最初の尾行。

 

相談サイトへの接触。

 

情報収集。

 

そして日常の観察。

 

そのたびに、小西は一歩先で待っていた。

 

「俺たちは……。」

 

コナンが小さくつぶやく。

 

「最初から踊らされてたってことか。」

 

赤井は否定も肯定もしない。

 

ただ静かに事件資料をコナンの前へ押した。

 

「今日で終わりだ。」

 

「え?」

 

「小西も椎名も追わない。」

 

コナンは思わず聞き返す。

 

「本当に?」

 

「ああ。」

 

赤井は地図を広げる。

 

そこには米花町だけでなく、各地で起きた事件がびっしりと記されていた。

 

「これから追うのは人間じゃない。」

 

「事件だ。」

 

コナンは資料へ目を落とす。

 

「事件……。」

 

「小西は姿を消しても、必ず結果だけは残る。」

 

赤井の指が一枚の資料を叩く。

 

「その結果を積み重ねれば、奴の思考が見えてくる。」

 

「盤面を見るんだ。」

 

「駒じゃない。」

 

コナンは静かに息を吐いた。

 

「……そうか。」

 

「俺は先生ばかり見ていた。」

 

「だから負けた。」

 

赤井はわずかに笑う。

 

「ようやく同じ景色が見えたな。」

 

 

---

 

翌朝。

 

帝丹高校。

 

小西はいつものように教壇へ立っていた。

 

黒いスーツ。

 

伊達眼鏡。

 

変わらぬ表情。

 

チョークを手に取り、黒板へ数式を書き始める。

 

「数学では。」

 

教室中の視線が集まる。

 

「答えだけを覚えても意味はありません。」

 

チョークの音だけが静かに響く。

 

「重要なのは、途中式です。」

 

生徒たちは真剣にノートを取る。

 

その授業は、いつもと何一つ変わらなかった。

 

隣の教室では、椎名が穏やかな声で文学作品を朗読している。

 

こちらもまた、普段どおりの光景だった。

 

 

---

 

放課後。

 

校門から生徒たちが帰宅していく。

 

小西と椎名も職員室を後にした。

 

「お疲れさまでした、小西先生。」

 

「お疲れさま。」

 

二人は並んで駅へ向かう。

 

しかし、いつものように感じていた視線がなかった。

 

小西は歩きながら眼鏡の位置を直す。

 

「……なるほど。」

 

椎名が横を見る。

 

「何かございましたか。」

 

「静かだ。」

 

それだけ答える。

 

尾行の気配。

 

物陰からの視線。

 

離れた場所から観察する存在。

 

今日は、そのどれも感じられなかった。

 

椎名も周囲を見渡す。

 

「確かに。」

 

「江戸川君も、赤井秀一もいませんね。」

 

小西は小さく笑った。

 

「学習したようだ。」

 

「直接追っても意味がないと理解したらしい。」

 

椎名は穏やかに微笑む。

 

「では、こちらも静観いたしますか。」

 

「そうしよう。」

 

小西は前だけを見据える。

 

「焦る必要はない。」

 

「彼らは必ず事件を追う。」

 

「そして事件は、人間の本質を映す鏡だ。」

 

 

---

 

その夜。

 

工藤邸。

 

地下室では、コナンと赤井が新たな事件資料を読み込んでいた。

 

そこに小西の名前はない。

 

椎名の写真もない。

 

あるのは、事件の経緯と関係者の証言だけだった。

 

コナンが静かに資料を閉じる。

 

「もう先生たちは追わない。」

 

赤井もうなずく。

 

「奴を追えば、奴の思う壺だ。」

 

「なら俺たちは。」

 

コナンは窓の外を見つめた。

 

「事件だけを見る。」

 

「その積み重ねの先に、きっと先生の姿が見えてくる。」

 

赤井は静かに立ち上がる。

 

「それが、本当の勝負だ。」

 

地下室の明かりが、静かに資料を照らしていた。

 

もう誰も、小西の背中を追いはしない。

 

これから始まるのは、一人の教師ではなく、その教師が残した"痕跡"を追う戦い。

 

盤面は静かに変わった。

 

互いに姿を追う段階は終わり、真の知略戦が幕を開けようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。