令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

15 / 22
第十五話 放課後のモリアーティ(前編)

 

朝の帝丹高校。

 

一時間目の始業を告げるチャイムが校舎中に響き渡る。

 

二年B組。

 

黒板には、高度な数式が整然と並んでいた。

 

黒いスーツに伊達眼鏡を掛けた数学教師・小西浩平は、右手でチョークを走らせながら淡々と授業を進めている。

 

「数学は暗記する学問ではない」

 

「答えを導く過程を理解する学問だ」

 

教室は静まり返っていた。

 

生徒たちは誰一人私語をせず、小西の板書を書き写している。

 

厳しい教師。

 

そう思われがちな小西だったが、その授業は非常に分かりやすく、生徒からの評判は決して悪くなかった。

 

「では、この問題を解ける者」

 

一人の男子生徒が恐る恐る手を挙げる。

 

「はい……」

 

「前へ」

 

男子生徒は緊張しながら黒板へ向かう。

 

途中で手が止まった。

 

「……分かりません」

 

小西は静かにチョークを受け取る。

 

「途中式は合っている」

 

「間違えたのは、この一行だけだ」

 

さらさらと数式を書き足す。

 

「ここで条件式を一つ見落としている」

 

「だから最後だけ答えがずれる」

 

男子生徒は目を見開いた。

 

「あっ……!」

 

「そうか!」

 

教室から小さな感嘆の声が漏れる。

 

小西は何事もなかったようにチョークを置いた。

 

「焦らない事だ」

 

「数字は嘘をつかない」

 

その言葉に、生徒たちは静かにうなずいた。

 

---

 

隣の教室。

 

椎名小春が現代文の授業を行っていた。

 

「では、この一節を読んでみましょう」

 

穏やかな声。

 

柔らかな笑顔。

 

誰に対しても変わらぬ敬語。

 

「はい、ありがとうございます。大丈夫ですよ。焦らなくても構いません」

 

生徒たちは安心した表情で授業を受けている。

 

国語教師としての椎名は、生徒たちから絶大な信頼を集めていた。

 

---

 

昼休み。

 

中庭では生徒たちが思い思いに昼食を楽しんでいる。

 

蘭と園子もベンチで弁当を広げていた。

 

「最近、小西先生ちょっと人気あるよね」

 

園子がサンドイッチを頬張りながら言う。

 

蘭も笑った。

 

「うん、最初は怖い先生だと思ったけど。授業すごく分かりやすいし、質問すると最後まで教えてくれるもの」

 

「椎名先生も優しいしね」

 

「本当に仲のいい先生同士って感じ」

 

そこへ偶然、小西と椎名が中庭を横切る。

 

「こんにちは、毛利さん、鈴木さん」

 

椎名が微笑む。

 

「こんにちは!」

 

蘭も立ち上がる。

 

園子は笑いながら言った。

 

「先生たちもお昼ですか?」

 

「ええ」

 

椎名は小さな弁当箱を見せる。

 

「今日は朝少し早く起きられましたので、小西先生のお弁当も一緒に作りました」

 

「へぇ!」

 

園子が目を輝かせる。

 

「やっぱり先生たち仲いいなぁ」

 

小西は淡々と答えた。

 

「一緒に住んでいる以上、作る手間は同じだからな。合理的なだけだ」

 

椎名は苦笑する。

 

「小西先生は何でも合理性で説明されますね」

 

「事実だからな」

 

蘭はそのやり取りを見て思わず笑った。

 

「でも、何だか本当の家族みたいです」

 

椎名は少しだけ照れたように笑う。

 

「そう言っていただけるのは嬉しいですね」

 

小西は特に否定も肯定もしなかった。

 

---

 

放課後。

 

チャイムが鳴り、生徒たちが一斉に教室を飛び出していく。

 

校門前では蘭と園子が談笑していた。

 

少し離れた場所には江戸川コナンの姿もある。

 

しかし以前のように小西たちを尾行することはしない。

 

赤井との約束どおり、ただ観察するだけだった。

 

(教師としての小西先生)

 

(本当に隙がない)

 

授業。

 

生徒への対応。

 

同僚との会話。

 

どこにも不自然さはない。

 

黒の組織のブレインとは思えないほど、ごく普通の教師だった。

 

やがて職員玄関から小西と椎名が姿を現す。

 

黒いスーツ姿の小西。

 

その一歩後ろを歩く椎名。

 

「小西先生、今日は特売日でしたね。帰りにスーパーへ寄りますか」

 

「ああ。それと確か、牛乳が切れていた」

 

「分かりました。それでは献立も少し変えましょう」

 

ごく普通の会話。

 

どこにでもいる教師の日常だった。

 

コナンは静かにその背中を見送る。

 

(……本当に)

 

(この人が日本中の犯罪を裏から操っているのか)

 

疑いは消えない。

 

しかし決定的な証拠もまた、何一つ見つからない。

 

夕暮れの校門を、小西と椎名は並んで歩いていく。

 

誰の目にも、仲の良い教師二人組にしか映らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。