朝の帝丹高校。
一時間目の始業を告げるチャイムが校舎中に響き渡る。
二年B組。
黒板には、高度な数式が整然と並んでいた。
黒いスーツに伊達眼鏡を掛けた数学教師・小西浩平は、右手でチョークを走らせながら淡々と授業を進めている。
「数学は暗記する学問ではない」
「答えを導く過程を理解する学問だ」
教室は静まり返っていた。
生徒たちは誰一人私語をせず、小西の板書を書き写している。
厳しい教師。
そう思われがちな小西だったが、その授業は非常に分かりやすく、生徒からの評判は決して悪くなかった。
「では、この問題を解ける者」
一人の男子生徒が恐る恐る手を挙げる。
「はい……」
「前へ」
男子生徒は緊張しながら黒板へ向かう。
途中で手が止まった。
「……分かりません」
小西は静かにチョークを受け取る。
「途中式は合っている」
「間違えたのは、この一行だけだ」
さらさらと数式を書き足す。
「ここで条件式を一つ見落としている」
「だから最後だけ答えがずれる」
男子生徒は目を見開いた。
「あっ……!」
「そうか!」
教室から小さな感嘆の声が漏れる。
小西は何事もなかったようにチョークを置いた。
「焦らない事だ」
「数字は嘘をつかない」
その言葉に、生徒たちは静かにうなずいた。
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隣の教室。
椎名小春が現代文の授業を行っていた。
「では、この一節を読んでみましょう」
穏やかな声。
柔らかな笑顔。
誰に対しても変わらぬ敬語。
「はい、ありがとうございます。大丈夫ですよ。焦らなくても構いません」
生徒たちは安心した表情で授業を受けている。
国語教師としての椎名は、生徒たちから絶大な信頼を集めていた。
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昼休み。
中庭では生徒たちが思い思いに昼食を楽しんでいる。
蘭と園子もベンチで弁当を広げていた。
「最近、小西先生ちょっと人気あるよね」
園子がサンドイッチを頬張りながら言う。
蘭も笑った。
「うん、最初は怖い先生だと思ったけど。授業すごく分かりやすいし、質問すると最後まで教えてくれるもの」
「椎名先生も優しいしね」
「本当に仲のいい先生同士って感じ」
そこへ偶然、小西と椎名が中庭を横切る。
「こんにちは、毛利さん、鈴木さん」
椎名が微笑む。
「こんにちは!」
蘭も立ち上がる。
園子は笑いながら言った。
「先生たちもお昼ですか?」
「ええ」
椎名は小さな弁当箱を見せる。
「今日は朝少し早く起きられましたので、小西先生のお弁当も一緒に作りました」
「へぇ!」
園子が目を輝かせる。
「やっぱり先生たち仲いいなぁ」
小西は淡々と答えた。
「一緒に住んでいる以上、作る手間は同じだからな。合理的なだけだ」
椎名は苦笑する。
「小西先生は何でも合理性で説明されますね」
「事実だからな」
蘭はそのやり取りを見て思わず笑った。
「でも、何だか本当の家族みたいです」
椎名は少しだけ照れたように笑う。
「そう言っていただけるのは嬉しいですね」
小西は特に否定も肯定もしなかった。
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放課後。
チャイムが鳴り、生徒たちが一斉に教室を飛び出していく。
校門前では蘭と園子が談笑していた。
少し離れた場所には江戸川コナンの姿もある。
しかし以前のように小西たちを尾行することはしない。
赤井との約束どおり、ただ観察するだけだった。
(教師としての小西先生)
(本当に隙がない)
授業。
生徒への対応。
同僚との会話。
どこにも不自然さはない。
黒の組織のブレインとは思えないほど、ごく普通の教師だった。
やがて職員玄関から小西と椎名が姿を現す。
黒いスーツ姿の小西。
その一歩後ろを歩く椎名。
「小西先生、今日は特売日でしたね。帰りにスーパーへ寄りますか」
「ああ。それと確か、牛乳が切れていた」
「分かりました。それでは献立も少し変えましょう」
ごく普通の会話。
どこにでもいる教師の日常だった。
コナンは静かにその背中を見送る。
(……本当に)
(この人が日本中の犯罪を裏から操っているのか)
疑いは消えない。
しかし決定的な証拠もまた、何一つ見つからない。
夕暮れの校門を、小西と椎名は並んで歩いていく。
誰の目にも、仲の良い教師二人組にしか映らなかった。