令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第十七話 ラムからの依頼(前編)

深夜。

 

東京湾岸。

 

黒い海を照らす月明かりの下、一台の高級セダンが静かに倉庫街へ滑り込んだ。

 

運転席から降りた椎名は周囲を一瞥し、人気がないことを確認すると、後部座席のドアを開けた。

 

「到着しました、先生」

 

「ああ」

 

小西はいつもの黒いスーツ姿のまま車を降りる。

 

海風がスーツの裾を静かに揺らした。

 

倉庫の奥では、黒ずくめの男が一人待っていた。

 

片目を隠した大柄な老人。

 

黒の組織ナンバー2――ラムである。

 

「来たか、コニャック」

 

低く落ち着いた声が響く。

 

「お久しぶりです、ラム」

 

小西は軽く会釈するだけだった。

 

椎名は一歩後ろへ下がり、静かに周囲を警戒する。

 

「急な呼び出しだ」

 

ラムは一枚の封筒を差し出した。

 

「新たな依頼ですか」

 

「そうだ」

 

小西は中身へ目を通す。

 

そこには海外の犯罪組織同士による抗争の資料が綴じられていた。

 

武器密売。

 

麻薬ルート。

 

資金洗浄。

 

三つの巨大組織が互いに争い、組織の利益にも影響が出始めている。

 

ラムは腕を組んだ。

 

「組織としては、この抗争を一週間以内に終わらせたい」

 

「なるほど」

 

小西は淡々とページをめくる。

 

「現地へ行く必要はありません」

 

「電話一本で終わります」

 

ラムは静かに笑った。

 

「だからお前を呼んだ」

 

「ジンなら全員撃ち殺す」

 

「ベルモットなら潜入する」

 

「だが、お前は違う」

 

「誰一人撃たずに戦争を終わらせる」

 

小西は資料を閉じた。

 

「簡単です」

 

「人は利益ではなく、損失を恐れる生き物です」

 

「その恐怖を利用します」

 

ラムは満足そうに頷く。

 

「必要なものは?」

 

「各組織の資金の流れ、幹部同士の人間関係、それと通信記録、それだけで十分です」

 

「既に用意してある」

 

ラムがUSBメモリを差し出す。

 

小西は左手で受け取った。

 

「三日ください。一週間ではありませんよ。三日です」

 

ラムは笑う。

 

「相変わらず自信家だな」

 

「自信ではありません。計算です」

 

短い沈黙。

 

波の音だけが倉庫へ響く。

 

やがてラムは静かに言った。

 

「組織には優秀な人間が多い。だが、世界の均衡そのものを設計できる頭脳は、お前しかいない」

 

小西は何も答えなかった。

 

その評価にも興味がないようだった。

 

「シードル、帰ろう」

 

「はい。承知しました」

 

二人はそのまま車へ戻る。

 

ラムは走り去るテールランプを見送り、小さく独り言を漏らした。

 

「暴力だけでは世界は動かん」

 

「だからこそ、コニャックは必要なのだ」

 

その頃。

 

帝丹高校近く。

 

喫茶ポアロでは安室透が閉店作業を終えようとしていた。

 

ふと携帯電話が小さく震える。

 

組織からの暗号通信。

 

内容は一行だけだった。

 

『ラム、コニャックと接触』

 

安室の表情が変わる。

 

(動いた……)

 

(組織が、コニャックを)

 

彼は静かに画面を閉じる。

 

組織最大の頭脳が再び動き始めたことを、本能的に悟っていた。

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