令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第十九話 消えた証拠(前編)

朝の米花町。

 

通勤途中の小西は、コンビニで新聞を手に取った。

 

一面には大きく見出しが躍っている。

 

『警察署から重要証拠が消失』

 

小西は記事を一読すると、小さく鼻で笑った。

 

「……面白い」

 

そのまま新聞を畳み、何事もなかったように帝丹高校へ向かう。

 

---

 

昼休み。

 

職員室。

 

数学のテストを採点していた小西のもとへ、一本の電話が入る。

 

「はい、小西です」

 

受話器の向こうから聞こえてきたのは、目暮警部の声だった。

 

『小西先生、突然申し訳ありません』

 

『実は先生にお願いしたいことがありまして……』

 

「断ります」

 

即答だった。

 

電話口の目暮が慌てる。

 

『ま、まだ何も申し上げておりません!』

 

「事件でしょう」

 

「教師が優先です」

 

『そ、それは承知しておりますが……』

 

目暮は言葉を選ぶように続けた。

 

『今回の事件は少し特殊なのです』

 

『警察署内で、押収した証拠品が消えてしまいました』

 

その一言で、小西の手が止まる。

 

「……警察署内で」

 

『はい』

 

『内部犯も疑いましたが、どう考えても説明がつきません』

 

『どうか、お力を貸していただけませんか』

 

数秒の沈黙。

 

「放課後なら」

 

『ありがとうございます!』

 

「勘違いしないでください」

 

「犯人を捕まえる気はありません」

 

「事件を理解するだけです」

 

『それで十分です』

 

電話が切れた。

 

向かいの席で書類を整理していた椎名が顔を上げる。

 

「警察ですか」

 

「ああ」

 

「証拠品が消えたらしい」

 

椎名は少し考え込む。

 

「盗難でしょうか」

 

「いや」

 

小西は首を横に振った。

 

「記事の書き方がおかしい」

 

「"消えた"と書いてある」

 

「"盗まれた"とは書いていない」

 

椎名は静かに微笑む。

 

「もう何かお気付きなのですね」

 

「まだ仮説だ」

 

「現場を見なければ分からない」

 

---

 

放課後。

 

小西と椎名は警視庁へ到着した。

 

目暮警部、高木刑事、佐藤刑事が玄関で待っていた。

 

「先生!」

 

目暮が深く頭を下げる。

 

「お忙しい中、本当にありがとうございます」

 

「構いません」

 

小西は短く答える。

 

「証拠保管室はこちらです」

 

一行は地下へ向かう。

 

重い扉の前で鑑識員が敬礼した。

 

「現場は保存しております」

 

「ありがとうございます」

 

小西は室内へ足を踏み入れた。

 

棚が整然と並ぶ証拠保管室。

 

監視カメラ。

 

電子ロック。

 

窓はない。

 

完全な密室だった。

 

高木が説明する。

 

「昨日の夜、押収した拳銃一丁をここへ保管しました」

 

「ところが今朝確認すると、その拳銃だけが消えていたんです」

 

「監視カメラには誰も映っていません」

 

「電子ロックにも異常なし」

 

「鍵を持つ人間全員にアリバイがあります」

 

目暮が苦い顔をする。

 

「内部犯も調べました」

 

「ですが証拠はありません」

 

「まるで拳銃だけが煙のように消えたんです」

 

小西は返事をしない。

 

保管棚を一周。

 

床を見る。

 

天井を見る。

 

監視カメラを見る。

 

そして電子ロックを一度だけ見つめた。

 

わずか二十秒。

 

それだけだった。

 

「目暮警部」

 

「はい」

 

「証拠は盗まれていません」

 

その場の全員が固まった。

 

「え?」

 

高木が思わず聞き返す。

 

「ですが、拳銃は……」

 

小西は静かに棚を見つめる。

 

「"存在しなかった"ように見せられているだけです」

 

「犯人は証拠を消したのではありません」

 

「警察に『消えた』と思い込ませた」

 

静まり返る保管室。

 

目暮たちは言葉を失っていた。

 

「これが今回の事件の出発点です」

 

小西はそう言って棚から目を離した。

 

まだ誰一人、その意味を理解できていなかった。

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