朝の米花町。
通勤途中の小西は、コンビニで新聞を手に取った。
一面には大きく見出しが躍っている。
『警察署から重要証拠が消失』
小西は記事を一読すると、小さく鼻で笑った。
「……面白い」
そのまま新聞を畳み、何事もなかったように帝丹高校へ向かう。
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昼休み。
職員室。
数学のテストを採点していた小西のもとへ、一本の電話が入る。
「はい、小西です」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、目暮警部の声だった。
『小西先生、突然申し訳ありません』
『実は先生にお願いしたいことがありまして……』
「断ります」
即答だった。
電話口の目暮が慌てる。
『ま、まだ何も申し上げておりません!』
「事件でしょう」
「教師が優先です」
『そ、それは承知しておりますが……』
目暮は言葉を選ぶように続けた。
『今回の事件は少し特殊なのです』
『警察署内で、押収した証拠品が消えてしまいました』
その一言で、小西の手が止まる。
「……警察署内で」
『はい』
『内部犯も疑いましたが、どう考えても説明がつきません』
『どうか、お力を貸していただけませんか』
数秒の沈黙。
「放課後なら」
『ありがとうございます!』
「勘違いしないでください」
「犯人を捕まえる気はありません」
「事件を理解するだけです」
『それで十分です』
電話が切れた。
向かいの席で書類を整理していた椎名が顔を上げる。
「警察ですか」
「ああ」
「証拠品が消えたらしい」
椎名は少し考え込む。
「盗難でしょうか」
「いや」
小西は首を横に振った。
「記事の書き方がおかしい」
「"消えた"と書いてある」
「"盗まれた"とは書いていない」
椎名は静かに微笑む。
「もう何かお気付きなのですね」
「まだ仮説だ」
「現場を見なければ分からない」
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放課後。
小西と椎名は警視庁へ到着した。
目暮警部、高木刑事、佐藤刑事が玄関で待っていた。
「先生!」
目暮が深く頭を下げる。
「お忙しい中、本当にありがとうございます」
「構いません」
小西は短く答える。
「証拠保管室はこちらです」
一行は地下へ向かう。
重い扉の前で鑑識員が敬礼した。
「現場は保存しております」
「ありがとうございます」
小西は室内へ足を踏み入れた。
棚が整然と並ぶ証拠保管室。
監視カメラ。
電子ロック。
窓はない。
完全な密室だった。
高木が説明する。
「昨日の夜、押収した拳銃一丁をここへ保管しました」
「ところが今朝確認すると、その拳銃だけが消えていたんです」
「監視カメラには誰も映っていません」
「電子ロックにも異常なし」
「鍵を持つ人間全員にアリバイがあります」
目暮が苦い顔をする。
「内部犯も調べました」
「ですが証拠はありません」
「まるで拳銃だけが煙のように消えたんです」
小西は返事をしない。
保管棚を一周。
床を見る。
天井を見る。
監視カメラを見る。
そして電子ロックを一度だけ見つめた。
わずか二十秒。
それだけだった。
「目暮警部」
「はい」
「証拠は盗まれていません」
その場の全員が固まった。
「え?」
高木が思わず聞き返す。
「ですが、拳銃は……」
小西は静かに棚を見つめる。
「"存在しなかった"ように見せられているだけです」
「犯人は証拠を消したのではありません」
「警察に『消えた』と思い込ませた」
静まり返る保管室。
目暮たちは言葉を失っていた。
「これが今回の事件の出発点です」
小西はそう言って棚から目を離した。
まだ誰一人、その意味を理解できていなかった。