令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第二十話 消えた証拠(後編)

証拠保管室に重苦しい沈黙が流れた。

 

「先生……」

 

目暮警部が口を開く。

 

「『存在しなかったように見せられた』とは、どういう意味でしょうか」

 

小西は電子ロックの操作盤へ近づいた。

 

「まず確認します」

 

「この保管室へ最後に入室したのは」

 

高木が手帳を確認する。

 

「昨夜二十二時四十分」

 

「鑑識員二名です」

 

「その後は」

 

「誰も入室していません」

 

小西は小さく頷いた。

 

「監視カメラの映像を見せてください」

 

---

 

映像は昨夜から今朝まで途切れることなく記録されていた。

 

誰一人として部屋へ入っていない。

 

「異常ありません」

 

鑑識員が言う。

 

しかし、小西は画面を止めた。

 

「今、巻き戻してください」

 

「ここです」

 

映像が数秒戻る。

 

小西は画面の隅を指差した。

 

「この時計」

 

「はい?」

 

「一秒だけ遅れています。」

 

全員が画面を見る。

 

確かに。

 

一瞬だけ壁掛け時計の秒針が止まっていた。

 

「これは……」

 

佐藤刑事が息を呑む。

 

「停電ではありません」

 

小西は淡々と言う。

 

「録画データを編集した痕跡です」

 

「監視映像そのものが細工されています」

 

「つまり、犯人は証拠を盗む前ではなく、盗んだ後に映像を書き換えた」

 

高木は思わず声を上げた。

 

「そんなことが!」

 

「できます」

 

小西は短く答える。

 

「ですが、それだけでは終わりません」

 

---

 

再び証拠保管室。

 

小西は保管棚の一角で立ち止まる。

 

「ここです」

 

棚の奥へ手を差し入れる。

 

カチッ。

 

小さな音が響いた。

 

棚板が数センチだけ動く。

 

目暮たちは目を見開いた。

 

「隠し収納……!」

 

棚板の裏側から、一丁の拳銃が姿を現した。

 

高木が叫ぶ。

 

「ありました!」

 

「証拠品です!」

 

鑑識員が震える声で言う。

 

「そんな……」

 

「昨日は確かに確認したはず……」

 

小西は拳銃を見つめた。

 

「盗まれていません」

 

「最初から、この中に隠されていました。犯人の目的は拳銃ではない。警察内部へ混乱を起こすことです」

 

---

 

目暮は驚きを隠せなかった。

 

「しかし」

 

「どうして、こんな細工を……」

 

小西は静かに答える。

 

「人間は」

 

「『失われた』と思い込むと、それしか探さなくなる」

 

「盗難事件になれば、警察は内部犯ばかり疑う」

 

「目の前にある物を見落とす」

 

誰も反論できなかった。

 

まさにその通りだったからだ。

 

---

 

その後。

 

鑑識の調査により、棚板へ細工を施した警備会社の元職員が浮上する。

 

内部犯ではなかった。

 

警察への恨みから、混乱を起こすことだけが目的だったのである。

 

目暮は深く息を吐いた。

 

「今回も助かりました。先生」

 

小西は首を横に振る。

 

「事件は理解しました」

 

「後は警察の仕事ですので、僕は帰ります」

 

それだけ言うと、踵を返した。

 

---

 

警察署の玄関。

 

椎名が静かに待っていた。

 

「お疲れさまでした、先生」

 

「ああ」

 

二人は夕暮れの街を歩き始める。

 

しばらく沈黙が続いた後、椎名が口を開く。

 

「先生は最初から、証拠が盗まれていないことにお気付きだったのですか?」

 

「新聞を読んだ時点で違和感はあった」

 

「記事には、『証拠が消えた』としか書かれていなかった。盗難なら『盗まれた』と書く」

 

「言葉の選び方一つで、人間の思い込みは誘導できる」

 

椎名は優しく微笑んだ。

 

「先生らしい着眼点ですね」

 

小西は眼鏡の位置を静かに直した。

 

「数学も事件も同じだ」

 

「前提を疑わなければ、正解には辿り着けない」

 

夕日が二人の背中を長く伸ばす。

 

黒いスーツの数学教師。

 

黒い服の国語教師。

 

誰も知らない。

 

この二人が、昼は教師として教壇に立ち、夜は世界の裏側で巨大な犯罪組織を支えていることを。

 

そして小西は、静かに空を見上げた。

 

(人は『消えた』と思い込めば、それ以上探さない)

 

(だからこそ、僕という存在もまた、誰にも見つからない)

 

令和のモリアーティは、今日も誰にも正体を知られることなく、日常の中へ溶け込んでいくのだった。

 

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