令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第五話 深淵をのぞく時

夕暮れの米花町。

 

茜色に染まっていた空は、ゆっくりと紫色の帳へと姿を変え始めていた。

 

帝丹高校の校門から少し離れた場所で、江戸川コナンは人影に紛れながら前方を見据える。

 

その視線の先には、並んで歩く二人の教師。

 

黒いスーツに身を包んだ数学教師、小西浩平。

 

そして、黒を基調とした服装の国語教師、椎名小春。

 

コナンはターボエンジン付きスケートボードを低速で走らせ、十分な距離を保ちながら後を追っていた。

 

追跡メガネのズーム機能越しに映る二人の背中は、どこまでも自然だった。

 

教師同士が並んで帰宅している。

 

ただ、それだけの光景。

 

しかし、コナンの胸には拭えない違和感があった。

 

(赤井さんの推測が正しいなら……)

 

(あの小西先生が、コニャック)

 

(そして椎名先生が、シードル……)

 

頭では否定したい。

 

だが、灰原が二人を見た瞬間に見せたあの怯えた表情が脳裏から離れない。

 

二人は世間話もせず、淡々と歩き続ける。

 

やがて人通りは減り、高架下へ続く薄暗い道へ入っていった。

 

コナンも慎重に距離を詰める。

 

その時だった。

 

遠くからサイレンが鳴り響いた。

 

「止まれ!」

 

「逃げるな!」

 

警察官たちの怒号が夕暮れの街へ反響する。

 

直後、一人の男が路地から飛び出してきた。

 

乱れた呼吸。

 

焦点の定まらない目。

 

片手には血の付いたナイフ。

 

もう片方には宝石が詰まったバッグ。

 

ニュースで何度も報じられていた連続宝石強盗犯だった。

 

「どけぇッ!」

 

男は前方にいた二人へ向かって一直線に突進する。

 

逃げ道を失った焦りが、その動きをさらに荒々しくしていた。

 

「危ない……!」

 

思わずコナンは声を漏らしかける。

 

しかし、小西は一歩も動かなかった。

 

逃げる気配すら見せない。

 

まるで、結果が最初から分かっているかのようだった。

 

「小西先生」

 

椎名が静かに一歩前へ出る。

 

「私の後ろへ」

 

その声音は、学校で聞く穏やかなものと何一つ変わらない。

 

男がナイフを振り下ろした。

 

だが、その刃は空を切る。

 

椎名は紙一重で身をかわしていた。

 

いや――紙一重という表現すら足りない。

 

ほんのわずかな動きだけで、刃の軌道から自然に外れていた。

 

男の目が驚愕に見開かれる。

 

その一瞬で勝負は終わっていた。

 

椎名は相手の腕を制し、無駄のない動きで抵抗を封じる。

 

男は体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。

 

握っていたナイフが乾いた音を立てて地面へ転がる。

 

静寂が戻る。

 

椎名は制服の袖口を軽く整え、小西へ向き直った。

 

「お怪我はございませんか、小西先生」

 

「ああ」

 

小西は倒れた男を一瞥しただけだった。

 

「問題ない」

 

その様子は、まるで日常の出来事を確認しているだけのように淡々としている。

 

遠くから警察官たちの足音が近づいてきた。

 

---

 

物陰から見守っていたコナンは息を呑んでいた。

 

(なんだ……今の)

 

(動きに一切無駄がない)

 

教師の身のこなしではない。

 

訓練された者だけが持つ静かな鋭さだった。

 

思わず一歩後ずさる。

 

その拍子にランドセルが壁へ軽く触れ、小さな音を立てた。

 

カサッ――。

 

椎名の表情が変わる。

 

穏やかな笑みが消え、鋭い視線だけが音のした方向へ向けられる。

 

「……小西先生」

 

静かな声だった。

 

「誰かいるようです」

 

その視線は、正確にコナンが隠れる電柱の影を射抜いていた。

 

コナンは息を止める。

 

鼓動だけが耳の奥で大きく響く。

 

しかし、小西は視線を向けたまま首を横に振った。

 

「いや」

 

短く答える。

 

「ただの子どもだろう」

 

そう言うと、小西は眼鏡の位置を静かに直した。

 

そして電柱へ向けて、落ち着いた声で告げる。

 

「江戸川君」

 

コナンの肩が小さく震えた。

 

「他人を観察するなら、もう少し死角を意識した方がいい」

 

それだけ言い残すと、小西は何事もなかったように歩き始める。

 

「行こう、椎名先生」

 

「はい」

 

椎名は一度だけコナンの隠れる方向へ視線を向けた。

 

だが何も言わず、小西の後を静かについていく。

 

やがて二人の姿は夕暮れの街並みに溶け込んでいった。

 

高架下には、遠ざかる足音だけが残る。

 

コナンは壁にもたれながら、大きく息を吐いた。

 

冷や汗が背中を伝う。

 

(気付かれてた……)

 

(最初から、全部)

 

探偵として尾行したつもりだった。

 

だが実際には、自分の存在を見逃されていただけだったのかもしれない。

 

コナンは拳を強く握り締める。

 

(小西浩平……)

 

(あんたは一体、何者なんだ)

 

夕焼けはすでに夜へと変わり始めていた。

 

誰も知らない静かな戦いは、まだ始まったばかりだった。

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