令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

6 / 22
第六話 見破られた罠

工藤邸の地下室。

 

静かな室内には、キーボードを叩く音だけが響いていた。

 

阿笠博士はモニターへ身を乗り出し、膨大な検索結果を次々と開いていく。

 

その隣では、江戸川コナンが腕を組んだまま画面を見つめていた。

 

「博士、何か引っ掛かるサイトは?」

 

「待っておれ……おお、新一。これかもしれんぞ」

 

博士が指差した画面には、一つのホームページが表示されていた。

 

『ライフ・ライン』

 

柔らかな青色を基調としたデザイン。

 

『二十四時間、あなたのお悩みに寄り添います』

 

という見出しと、数多くのカウンセラーの紹介写真が並んでいる。

 

どこから見ても、ごく普通の相談サイトだった。

 

しかし、コナンは画面を見つめながら小さくつぶやく。

 

「……普通すぎる」

 

「え?」

 

「だから怪しいんだ」

 

コナンはマウスを動かした。

 

「警察が見ても、サイバー対策課が巡回しても、ただの相談窓口にしか見えない」

 

博士も静かにうなずく。

 

「じゃが、もし赤井君の話が本当なら……」

 

「このサイトは表の顔ってことになる」

 

コナンは通信記録を分析しながら眉をひそめた。

 

相談内容の多くは、家庭や学校、人間関係の悩み。

 

だが、その中に、ごくわずかに特殊な通信パターンが混ざっている。

 

「ここだけ転送先が違う……」

 

「何じゃと?」

 

「一定の内容だけ、別の回線へ送られてる」

 

それ以上の痕跡は見つからない。

 

まるで誰かが意図的に足跡を消しているようだった。

 

---

 

その頃。

 

小西は静かな部屋でヘッドセットを耳に当てていた。

 

寝る前のわずかな時間だけ、伊達眼鏡を外している。

 

机の上にはノートパソコン。

 

画面には匿名化された相談データが並んでいた。

 

小西は相手の話を遮らず、最後まで聞く。

 

声の揺れ。

 

息遣い。

 

沈黙の長さ。

 

わずかな言葉の選び方。

 

それらを淡々と分析していく。

 

「……そうですか」

 

低く落ち着いた声だけが部屋に響く。

 

「あなたは長い間、苦しんできたのですね」

 

受話器の向こうから、涙をこらえるような声が返ってくる。

 

小西は目を閉じた。

 

(嘘ではない)

 

それだけを確認すると、静かに口を開く。

 

「感情だけで判断せず、ご自身の安全を第一に考えてください」

 

そこまで言って通話を終える。

 

机の横へ、一杯のグラスが置かれた。

 

「お疲れさまです、小西先生」

 

椎名だった。

 

黒いルームウェア姿のまま、穏やかに微笑んでいる。

 

「今夜も遅くまでお仕事ですね」

 

「まだ終わらない」

 

小西はグラスを手に取りながら答える。

 

「人は追い詰められるほど、本音を隠せなくなる」

 

椎名は小さくうなずいた。

 

「先生は、人の声だけで真実を見抜いてしまいますから」

 

「癖のようなものだ」

 

小西は静かにグラスを置いた。

 

「声は嘘をつけても、人間そのものは嘘をつけない」

 

---

 

翌日の放課後。

 

学校近くの公衆電話。

 

コナンは変声機を調整し、深呼吸した。

 

(この回線の先に、小西先生がいるなら……)

 

受話器を耳へ当てる。

 

呼び出し音が鳴り、やがて低い電子音が響いた。

 

『……はい。お話を伺います』

 

落ち着いた男の声。

 

コナンは用意していた相談内容を話し始める。

 

苦しみ。

 

怒り。

 

絶望。

 

それらを演じながら、相手の反応を探る。

 

数十秒の沈黙。

 

そして。

 

受話器の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。

 

『……不自然ですね』

 

コナンの表情が固まる。

 

『あなたは、よく準備しています』

 

淡々とした声が続く。

 

『ですが、本当に追い詰められた人間の声ではない』

 

コナンは息をのむ。

 

『まるで私を試そうとしているようだ』

 

短い沈黙。

 

そして男は静かに言った。

 

『そう思いませんか……江戸川コナン君』

 

心臓が大きく跳ねた。

 

なぜ分かった。

 

変声機を使い、話し方も変えたはずだった。

 

受話器の向こうでは、小さく息を吐く音だけが聞こえる。

 

『まだ証明はできません』

 

小西の声はどこまでも冷静だった。

 

『だから、私は結論を急がない』

 

それだけ告げると、通信は静かに切れた。

 

ツー……ツー……。

 

公衆電話の受話器を握るコナンの手には、冷たい汗がにじんでいた。

 

---

 

校門の前。

 

夕日に照らされた通学路を、小西と椎名が並んで歩いていく。

 

小西はふと足を止め、公衆電話の方へ一瞬だけ視線を向けた。

 

その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

 

何も言わず歩き出す小西。

 

その一歩後ろを、椎名が静かについていく。

 

公衆電話の陰から、その背中を見つめるコナンは拳を握り締めた。

 

(証拠はない)

 

(だけど、あの人は何かを知っている)

 

夕暮れの街へ、二人の背中は静かに溶け込んでいく。

 

その姿を見送りながら、コナンは心の中で静かに誓った。

 

(小西先生……)

 

(あなたの正体を、必ず突き止める)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。