工藤邸の地下室。
静かな室内には、キーボードを叩く音だけが響いていた。
阿笠博士はモニターへ身を乗り出し、膨大な検索結果を次々と開いていく。
その隣では、江戸川コナンが腕を組んだまま画面を見つめていた。
「博士、何か引っ掛かるサイトは?」
「待っておれ……おお、新一。これかもしれんぞ」
博士が指差した画面には、一つのホームページが表示されていた。
『ライフ・ライン』
柔らかな青色を基調としたデザイン。
『二十四時間、あなたのお悩みに寄り添います』
という見出しと、数多くのカウンセラーの紹介写真が並んでいる。
どこから見ても、ごく普通の相談サイトだった。
しかし、コナンは画面を見つめながら小さくつぶやく。
「……普通すぎる」
「え?」
「だから怪しいんだ」
コナンはマウスを動かした。
「警察が見ても、サイバー対策課が巡回しても、ただの相談窓口にしか見えない」
博士も静かにうなずく。
「じゃが、もし赤井君の話が本当なら……」
「このサイトは表の顔ってことになる」
コナンは通信記録を分析しながら眉をひそめた。
相談内容の多くは、家庭や学校、人間関係の悩み。
だが、その中に、ごくわずかに特殊な通信パターンが混ざっている。
「ここだけ転送先が違う……」
「何じゃと?」
「一定の内容だけ、別の回線へ送られてる」
それ以上の痕跡は見つからない。
まるで誰かが意図的に足跡を消しているようだった。
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その頃。
小西は静かな部屋でヘッドセットを耳に当てていた。
寝る前のわずかな時間だけ、伊達眼鏡を外している。
机の上にはノートパソコン。
画面には匿名化された相談データが並んでいた。
小西は相手の話を遮らず、最後まで聞く。
声の揺れ。
息遣い。
沈黙の長さ。
わずかな言葉の選び方。
それらを淡々と分析していく。
「……そうですか」
低く落ち着いた声だけが部屋に響く。
「あなたは長い間、苦しんできたのですね」
受話器の向こうから、涙をこらえるような声が返ってくる。
小西は目を閉じた。
(嘘ではない)
それだけを確認すると、静かに口を開く。
「感情だけで判断せず、ご自身の安全を第一に考えてください」
そこまで言って通話を終える。
机の横へ、一杯のグラスが置かれた。
「お疲れさまです、小西先生」
椎名だった。
黒いルームウェア姿のまま、穏やかに微笑んでいる。
「今夜も遅くまでお仕事ですね」
「まだ終わらない」
小西はグラスを手に取りながら答える。
「人は追い詰められるほど、本音を隠せなくなる」
椎名は小さくうなずいた。
「先生は、人の声だけで真実を見抜いてしまいますから」
「癖のようなものだ」
小西は静かにグラスを置いた。
「声は嘘をつけても、人間そのものは嘘をつけない」
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翌日の放課後。
学校近くの公衆電話。
コナンは変声機を調整し、深呼吸した。
(この回線の先に、小西先生がいるなら……)
受話器を耳へ当てる。
呼び出し音が鳴り、やがて低い電子音が響いた。
『……はい。お話を伺います』
落ち着いた男の声。
コナンは用意していた相談内容を話し始める。
苦しみ。
怒り。
絶望。
それらを演じながら、相手の反応を探る。
数十秒の沈黙。
そして。
受話器の向こうから、小さな笑い声が聞こえた。
『……不自然ですね』
コナンの表情が固まる。
『あなたは、よく準備しています』
淡々とした声が続く。
『ですが、本当に追い詰められた人間の声ではない』
コナンは息をのむ。
『まるで私を試そうとしているようだ』
短い沈黙。
そして男は静かに言った。
『そう思いませんか……江戸川コナン君』
心臓が大きく跳ねた。
なぜ分かった。
変声機を使い、話し方も変えたはずだった。
受話器の向こうでは、小さく息を吐く音だけが聞こえる。
『まだ証明はできません』
小西の声はどこまでも冷静だった。
『だから、私は結論を急がない』
それだけ告げると、通信は静かに切れた。
ツー……ツー……。
公衆電話の受話器を握るコナンの手には、冷たい汗がにじんでいた。
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校門の前。
夕日に照らされた通学路を、小西と椎名が並んで歩いていく。
小西はふと足を止め、公衆電話の方へ一瞬だけ視線を向けた。
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
何も言わず歩き出す小西。
その一歩後ろを、椎名が静かについていく。
公衆電話の陰から、その背中を見つめるコナンは拳を握り締めた。
(証拠はない)
(だけど、あの人は何かを知っている)
夕暮れの街へ、二人の背中は静かに溶け込んでいく。
その姿を見送りながら、コナンは心の中で静かに誓った。
(小西先生……)
(あなたの正体を、必ず突き止める)