令和のモリアーティ(旧版)   作:オッパッピー

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第八話 悪人のテンプレート

潮風が静かに吹き抜ける東京湾岸。

 

人気のないコンテナ街は、白熱灯の頼りない光だけが闇を照らしていた。

 

その一角で、小西は黒いスーツ姿のままタブレットを操作していた。

 

左手で画面を滑るようにスクロールし、時折、何かを確認するように視線を止める。

 

そのすぐ後ろでは、椎名が黒いドレス姿で静かに立っていた。

 

いつもの穏やかな笑顔はなく、周囲へ注意を払い続けている。

 

やがて、重いエンジン音が静寂を破った。

 

一台の黒い車がゆっくりと止まり、二人の男が姿を現す。

 

銀髪の男と、その後ろに控える大柄な男。

 

「……相変わらずだな、コニャック」

 

銀髪の男は薄く笑う。

 

「そんな画面ばかり眺めていて飽きないのか」

 

小西は顔を上げない。

 

「数字は裏切らない」

 

淡々と答える。

 

「人間より、よほど信用できる」

 

その言葉に、大柄な男がわずかに表情を変えた。

 

だが銀髪の男は静かに制し、一枚の記録媒体を机へ置く。

 

「預かってきた」

 

小西は無言で受け取る。

 

画面を開き、内容を一通り確認すると、小さく息を吐いた。

 

「問題ない」

 

短い返事だけだった。

 

銀髪の男は煙草へ火をつける。

 

「最近のお前は教師の仕事がお気に入りらしいな」

 

「生活には表と裏、両方が必要だ」

 

小西は視線を上げることなく答えた。

 

「学校は静かだ」

 

「それに比べれば、君たちは騒がしすぎる」

 

皮肉とも取れる一言に、空気がわずかに張り詰めた。

 

---

 

「ところで」

 

銀髪の男が煙を吐きながら口を開く。

 

「日本で何を探している」

 

小西の指先が止まる。

 

「ずいぶん長く居座っているじゃないか」

 

返事はない。

 

「教師まで演じている理由があるんだろう」

 

静かな沈黙。

 

やがて小西はゆっくりと眼鏡の位置を直した。

 

「私的な用件だ」

 

「組織とは関係ない」

 

その瞬間だった。

 

コンテナの空気が一変する。

 

銀髪の男の視線が鋭く細まり、互いの間に張りつめた沈黙が落ちた。

 

しかし、そのわずかな間に、椎名が一歩前へ出る。

 

小西を庇うような位置。

 

穏やかな教師ではなく、護衛としての立ち姿だった。

 

「これ以上はお控えください」

 

敬語のまま。

 

だが、その一言には揺るぎない意思が宿っていた。

 

銀髪の男は椎名を見つめ、小さく鼻で笑う。

 

「相変わらず忠実だな」

 

椎名は答えない。

 

ただ静かに、小西の前へ立ち続ける。

 

やがて銀髪の男は肩をすくめた。

 

「今日はここまでにしておこう」

 

「こちらも時間が惜しい」

 

小西はそう言うと、再びタブレットへ視線を戻す。

 

それ以上、誰も言葉を交わさなかった。

 

やがて二人の男は車へ乗り込み、夜の埠頭を後にする。

 

---

 

静けさが戻る。

 

椎名は小西のスーツについた埃を丁寧に払い、小さく微笑んだ。

 

「お疲れさまでした、小西先生」

 

「ありがとう」

 

小西は短く答える。

 

椎名は保温ボトルからグラスへ飲み物を注いだ。

 

「少し休まれますか」

 

「いや」

 

小西は首を横に振る。

 

「明日の授業を確認しておきたい」

 

そう言ってタブレットを切り替える。

 

画面には帝丹高校の座席表が表示された。

 

その中にある、一つの空席。

 

工藤新一の席。

 

小西はその名前をしばらく見つめていた。

 

(まだ終わっていない)

 

未来の記憶。

 

獄中で迎えた最期。

 

そのすべてが脳裏をよぎる。

 

一方で現在、工藤新一は存在しない。

 

代わりに現れた一人の少年。

 

江戸川コナン。

 

小西は静かに眼鏡を掛け直した。

 

「……君はまだ、そこにいる」

 

誰にも聞こえない独り言だった。

 

椎名は何も尋ねない。

 

その沈黙こそが、小西への信頼だった。

 

---

 

翌朝。

 

帝丹高校。

 

チャイムとともに、小西は教壇へ立つ。

 

黒板へ数式を書きながら、生徒たちを見渡す。

 

隣の教室からは、椎名の穏やかな朗読が聞こえてくる。

 

校門の外では、一人の小学生が静かに校舎を見上げていた。

 

その視線に気づいた小西は、窓の外へ一瞬だけ目を向ける。

 

ほんの一瞬だけ、口元に小さな笑みが浮かんだ。

 

誰にも気づかれないほど、小さな笑みだった。

 

教室では何事もなく授業が続く。

 

しかしその裏では、互いの正体を見抜こうとする静かな駆け引きが、今日もまた続いていた。

 

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