センセイモドキは先生を辞めたい 作:ブルアカやったことない民
ここは懺悔室、一人の男がふらりと立ち寄った。それはあたかも引き寄せられるように、あるいは男の心が無意識にそうさせたのかもしれない。償わないといけない罪があるのだと、それが許されねば自分はもう無理なのだと。
ギィと扉を開く。中には恐らくシスターが居た。いや、状況証拠としてだ。此処にはシスターしか居ないから、本来懺悔を担当する神父の代わりにシスターが対応しているのだろうということ。
静かに座ると、喉を震わせた。それはあまりにもか細く、そして弱弱しかった。
「シスター……告白しに来ました。俺は深い罪を犯したんです。どうか聞いてください」
「えっと……はい、せんせ、いえ貴方の罪を告解してください」
「シスター、俺は生徒に甘えがあったのだと、思います。だから、こんなことをしでかしたのでしょう」
一人の男……そう、俺は静かに懺悔した。
「ナギナギ……ある生徒が普段使っているティーポッドの中身をすべて取り出し、午後ティーにすり替えミルクティーとして提供しました。その後、その生徒は非常に苦しんだ姿で発見されました」
「先生?」
「ちょっとした出来心だったんです。確かにその生徒は紅茶に並々ならぬ執着心がありました。しかし、忙しい時やストレスが高まった時、口の中に茶葉を突っ込んでお湯を注ぎ入れて飲み下すという荒業を使う時があります。つまり、緊急時には午後ティーでも紅茶の範疇として受け入れる素地があるのでは……そうした興味からだったんです」
俺は震えていた。両手を組んでガタガタと震えだしていた。それでも、言葉は止まらず、雄弁だった。
「その日は暖かい日でした。いつものようにティーパーティーに遊びに行くと、激務であろうその生徒が教室から出ていくところだったんです。すれ違い様『先生、少し急用が出来まして……部室にまだ温かい紅茶と茶菓子があるので食べて待っていてください』と」
──俺は珈琲派でした。ですが別に紅茶を飲まないというわけではありません。でも珈琲よりはこだわりがなかったのです。
「俺はその時午後ティーを持っていたんです。買ったばかりの、飲みかけの午後ティーでした。」
──魔が差したんだ。そう、本当に魔が差しただけなんだ。だから、あんなことになるなんて思ってもみなかった。
「待っていると、生徒が帰ってきました。普段よりも疲れた表情で席に座り、ふぅと息を吐きました。俺はそれに『お疲れ様』と返して、ティーポッドから午後ティーを注いだんです」
──きっと、口に付けて飲んだ瞬間に気づいたのでしょう。普段なら匂いで気づくところを過労からか口に付けてから気付いた。
「数秒から数十秒、動きが止まったんです。微動だにしなかったんです。そして、泡を吹いて倒れました」
「ナ、ナギサ様……!?」
「こうなるとは思わなかったんです。ぶふっと吹き出すぐらいのことを考えていたんです」
──ウッと喉を押さえ、酷く苦し気に喉を引っ掻くように動いてから、泡を吹いてしまった。俺は怖くなってその場を離れてしまった。助けを呼びに行こう、そうだ、救護騎士団の誰かを呼びに行こう。そう思って、逃げ出したんです。
ちょうどハナエが居ました。ハナエなら大丈夫だろうと思って、ハナエを連れて部室に戻ったんです。そうしたら……
「消えていたんです。その生徒も、ティーポッドも、何処にも……」
──その後、中庭の噴水で、びしょ濡れのまま発見されたんです。そこはちょうど、部室の真下でした。
「俺は……!俺はただ遊び心で午後ティーを飲ませただけで……!決して噴水に投げ入れたりはしていないんです!信じてください!俺は……!」
「せんせ!?い、いえ、はい。わ、わかりました。貴方の罪を聞き入れました。神は貴方を許すでしょう」
「本当ですか…!?俺は、俺は許されるんですか!?」
「えぇ、これからは罪を犯さず……あとナギサ様を労わって清く生活してください」
「……はい、わかりました。ありがとう、ございました」
俺は少しの不安と幾ばくかの晴れやかな気持ちを胸に、懺悔室を去った。
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今日はどうやら懺悔する者が多いらしい。
シスター……伊落マリーは先ほどの衝撃的な話に立ち直れずにいた。だが、懺悔を聞いた以上ソレは胸に秘めておくべき事。だから、ぐぐっと抑えて次の懺悔を待った。それが修行でもあるのだと。立派なシスターになるため、自分自身を叱咤した。
次に入ってきたのは一人の小さな生徒だった。そのシルエットだけでマリーはそれが誰か判断出来た。それほど特徴的な容姿だったからだ。懺悔室は暗く、灯に少しだけ照らされた影が見えるのみだ。その影が……獣耳がピクピクと揺れていた。どこか不安げな揺れ方をしていた。
「や、やぁ。うん、私自身初めて懺悔をしようと思ってね。少し、心内に秘めておくだけでは耐えきれないと判断してのものだ。今の私はタダの生徒として、どうか聞いてはくれないだろうか」
「は、はい。セイ……一人の生徒としてお聞きします。貴女の罪を告白してください」
「あぁ……偶然、偶然だったんだ。いや、これは言い訳かもしれないな。私はナギサに……いや、ある生徒にひどい仕打ちをしてしまったんだ。それを懺悔したい」
また!?
そう言いたい口を慌てて塞いだマリーは一つ、二つ、深呼吸をしてから覚悟を決めた。
「どうぞ、神はお聞きになるでしょう」
「……ちょっとした意地悪、とも呼べないな。悪戯だったんだ」
──ナギ、その子に仕事を頼んだんだ。自分でも出来る簡単なものだよ。悪戯の為にね。急用だと嘯いて……頼んだんだ。その仕事で席を外している間に、私はティーポッドの中身を昆布茶に入れ替えた。
貴女もか……!マリーは拳をおでこに当て静かに歯を食いしばった。嘘でしょ……と。
「だがね、入れ替えた後すぐ、こうは……一人の男が入ってきたんだ」
性別を言っている時点で一人しか居ないのでは……?とも思ったがこれは懺悔だ。名前を伏せる程度の優しはあって許されるべきだろう。ぐぐぐっと抑えたマリーはどうぞと言葉を続けるように言った。
「私はとっさに隠れた。別に隠れなくてもよかったんだろうがちょっとした罪悪感がそうさせた。それで、少し離れたところから見ていたんだ。その男もまた、ティーポッドに手を付けていた。私は焦った。もしかしたら飲んでしまったかもしれない……と」
──決して飲ませるつもりはなかったんだ。ただ、ナギ……とある生徒に可愛い悪戯として仕掛けたのであって、決して……そんな失望させるようなことは。
「私は、怖かった。もし、ナギ……ある生徒が帰ってきて、男に『用意してあった飲み物、昆布茶だったんだけどアレ何?』と言われたらナギ……その子は耐えられないだろうと。その子は前も昆布茶を間違えて提供したと言っていた。つまり、二回目なんだ。一回目は許されるかもしれないが、二回目は許されない」
──そして、ナギ……その子が帰ってきて、ティーポッドから紅茶と思っているものを飲み、そして、十数秒固まってから泡を吹いて倒れた。
「私は心底後悔している。もう二度としないと誓おう。彼女は飲んですぐに理解したんだ。昆布茶であると。色々と思考が回って、遂にはどうにもならないことに気づいたんだろう。追い詰められた精神が……彼女を気絶させるほどまでに苦しめた」
──その後、男は部屋を出て行った。私はバレるのが怖かった。だからすぐさまティーポッドの中身を洗い流し、持ち出したんだ。泡を吹いたままの友人を残して……
「私は、許されるのだろうか?」
くだらない、そういえたらどれだけよかったか。だが懺悔した以上、許されねばならない。両手で顔を抑えたマリーは静かにくぐもった声で言った。
「えぇ、きっと、神は許すでしょう。だから、だからどうか……ナギサ様にお優しく……労わって……」
「……あぁ、すごいな。懺悔とは。少し気持ちが楽になった。ありがとう、これからも、また何かあったら来よう」
その分こっちに凄い重さが掛かっているんですけどね!!?!とキレそうになるのを必死に抑え、出ていくセイ……ある生徒を見送ったマリーは懺悔室の中で崩れ落ちた。天井を見上げ、疲労困憊といった様子で目を抑えた。ナギサ様がお労しすぎる……一体彼女が何をしたというのか。
そして、また懺悔室を訪ねる者が現れた。マリーは覚悟した。きっと、いや十中八九そうだろうという確信をもって。座る姿に見覚えはある。いやな予感は急速に膨れ上がった。入って来た者が口を開く。自分が誰なのか隠しもしない口ぶりだった。
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「えっと、懺悔ってここでやるのかな?」
「……………………………………………………はい」
長い長い沈黙の末、マリーは答えた。
「うーん、えっとね。ちょっと驚かせるつもりだったんだけどまさかあんなことになるとは~って感じで……懺悔しに来たというか」
「聞きましょう……!」
もうナギサ様が酷い目に合うのは確定だ。それに今のところ消えたティーポッドと泡吹きナギサ様の真相はわかっている。それなら最後、噴水の下で発見された謎が謎のままだ。このまま終わるのはよろしくない。もはやミステリードラマの最後の謎を見るまで寝ないというようにマリーはシスター服の裾を掴んで言葉を待った。ポップコーンがあれば食べていたであろう姿勢だった。
「うん、えっとね。ちょうどコハルちゃんとのお茶会が終わって、部室に帰るところだったんだけど。その時必死の形相でどこかに向かう先生とどこかに駆けていくセイアちゃんを見かけたの。なんか声かけづらい感じでどうしたのかな~って」
名前言うんかい……!マリーは振り上げたこぶしを静かに虚空に振り下ろした。やり場のないこの感情をどこに向ければいいのか。だが聞いたからには最後までだ。ぐぐぐぐっと抑えて言葉を待った。
「でね~部室に入ったんだけどそこにナギちゃんが窓を眺めて黄昏てたの。なんか背中がひどく煤けて見えてさ~ちょっと驚かせるつもりでコッソリ後ろから近付いたんだよね~」
ナギサ様生きてた…!生きてたんだ……!
衝撃の事実、ナギサ様生存!生きていたのかとふっと安堵したがしかし、最後の結末を知っているが故にその後どうなったのか容易に想像できた。恐る恐る聞いた。
「どうなったので……?」
「そしたらナギちゃんすんごいびっくりして前のめりになったと思ったら下に落ちちゃって」
貴女が犯人かい……!
両手をグーにして虚空に連続で振り下ろし、やり場のない怒りを発散させる。ワタワタとした動きはしかし、懺悔する者……もう言ってもいいだろう。ミカには伝わらないように最大限配慮した中で最もダイナミックな動きだった。もう可哀そうで仕方なかった。あんまりにもあんまりだ。ナギサ様が一体何をしたというのか……。
「いやぁ~、あ、でも助けを呼びに行ったんだよ?同じく窓から飛び降りて1階から直で救護室に向かってさぁ~」
誰も居なかったのそういうことか……!
なぜか全く知らない第三者である自分が全部の謎を解いてしまった。どういうこと?私が一体何をしたって言うんですか?神は助けてくれないんですか?
だがしかし、今の自分は懺悔室のシスター。神の代わりに罪を聞き入れるものだ。眉間を揉んで、一つ咳払いした。許さねばならない。
「わ………かりました。許しましょう。神は、神は……!」
ドンッ!思わず机を叩き、それでも吐きだした。
「神は許してくださるでしょう……!」
「ホントホント!?よかったー」
「ただ……!」
「ただ?」
長い、長い息を吸って、吐いた。絞り出すように、言った。
「ナギサ様をもっと労わってください……!」
「え、あ、うん。わかった!ナギちゃん最近激務だったし任せてたお仕事代わってあげよ~」
そう言って去っていくミカを見送ったマリーはすぐさま懺悔室を出て、やっていないことを知らせるカーテンを閉めた。これで誰も入ってこれないだろう。一人、静かな懺悔室でマリーは全てを吐き出した。聞く者が居ない懺悔だった。
「私が一体何をしたって言うんですかぁ……。ナギサ様が、ナギサ様があまりにも可哀そうで……」
心を律せよ、歪みを正せよ。そうした厳格な教えを持っていたマリーとて今日の懺悔は骨に来る。綺麗なすれ違いピタゴラスイッチになっていることに気づいているのは現状、マリーだけだ。この秘密を墓場まで持っていく?無理に決まっている。懺悔したい、あぁ、耐えきれない。
その時、ガタリ、懺悔室のカーテンさえをくぐって一人の女性が入ってきた。慌てて言い募ろうとする。
「今日の懺悔は……終了………し、て」
見覚えあるシルエットだった。カーテンの隙間から漏れ出る光が口元を照らした。少し泡がついていた。
「懺悔を、させて、いただけませんか?」
深く、深く目を閉じたマリーはそれでもシスターの意地を、信念を貫かればならない時があるとその時心底決意した。自分が無理をしても誰かが救われる可能性があるなら、それをするべきだ。その儚くも優しい自己犠牲はきっと、この目の前にいる人を救うだろう。
マリーは静かに腰を下ろして、ゆっくりと述べた。
「此処は懺悔室、あらゆる罪を告白し、神に許される場所。聞きましょう。貴女は、どんな罪を犯したのですか?」
「……私は、罪を犯したんです。ほんの少しの悪戯心だったんです」
……………………………………。
この日、マリーは全てを罪を聞き終えた後、静かに今日の仕事を終えた。
それから暫くは、マリーの先生とティーパーティーに対する対応はおざなりだったという。
学名:センセイモドキ(先生)
補遺23
トリニティイススワリが午後ティーを飲んで身を投げ出したと思っている
補遺24
真実を知らない
学名:トリニティセクシーフォックス(百合園セイア)
補遺3
トリニティイススワリとセンセイモドキに昆布茶を飲ませたと思っている
補遺4
真実を知らない
学名:トリニティピンクゴリラ(聖園ミカ)
補遺3
トリニティイススワリを脅かして転落させた
補遺4
真実を知らない
学名:トリニティイススワリ
補遺3
元々用意していたティーポッドに匂いや色を偽装したインスタント珈琲を仕込んでいた
補遺4
真実を知らず、午後ティーに拒絶反応を示す
学名:トリニティお清楚シスター(伊落マリー)
補遺1
全ての罪を聞き入れた後、全員に対して理由を説明せずお説教した
補遺2
真実を知っている