センセイモドキは先生を辞めたい 作:ブルアカやったことない民
「私、高い所が好きです」
「言わなくてもわかるよ。肩車してるんだもん」
風にそよぐ黒髪を撫でつけながら、マシロは憂うようにそう言った。
俺はマシロを肩車していた。どうやらモブっ子を肩車しているのを小耳に挟んだらしく、何故かマシロも要求された。そのスカートではちょっと……っと思ったけど他の子がOKなのにマシロだけNGにするのもなと思ったので快諾した次第である。
でもバランス崩すのがちょっと怖いのか俺の頬をムギュっとするのはムラっとくるし喋りにくいのでやめてほしい。素肌がさぁ……当たってるんだよね。顔に。
ここは小高い丘の上に作られた公園の、その一番高い所に作られた展望台のようなところ。デカい木が一本、生えてるだけでポツンと一つのベンチがあるなんとも寂しいところだった。そこに何故か、俺達はベンチに座らず、展望台の上で肩車をしている。マシロの顔が顔で真面目くさってるハズなのに全体の絵面が馬鹿だ。
「私、高い所が好きなんです」
「二度言ったねぇ。そんな大事?」
「アイデンティティのようなものです。高い所はよく見えます。傍では気づかなかった悪事にも俯瞰して見る事で発見出来たりもします」
「そんなもんかねぇ……」
俺は展望台へよたよたと歩き、手すりを掴んでよく見えるように、そしてバランスを崩さないようにした。眼下にはトリニティの街がそこそこ見える。人通りも多いが品のある街だなと思った。ぱっと見、綺麗なのだ。ロンドンみたいな感じ。あ、汚くないほうね。煙で汚染されてない方の。
マシロは遠く、遠く、街よりも遠い所に目を向けるように言葉を選んで、誰に向けるでもなく吐き出した。たぶん、今日のマシロは悩んでる日なのだろう。マシロは正義の事をよく話すし明確に白黒付けたがる。だけど、たまに正義について悩むときがある。白黒付けられないようなものや正義の反対、悪について考えを巡らせ、悩みに悩む。それが今日だ。思春期特有の思考と言えばわかりやすいだろう。
「悪とは何なのでしょう?」
「哲学的だねぇ……正義の反対はまた別の正義とはよく言ったものですがそこんところはどうでっしゃろ」
俺は落語家の枕言葉のような問いを返した。マシロの言い分としてはこうだ。
「正義の反対は悪であるべきです。正義は誰かの拠り所であり、不正を許さない誓いでもあります。それが別の正義であるとするなら、人は拠り所を失いますし、信念が揺らぐと思います」
「でも正義だ何だって言っても結局はルールだからさ。ルールがある以上それを破る人はいるし、破らざるを得ない人がいる。ルールに守られない人もいる。それはルールの瑕疵で、正義の瑕疵じゃん?」
俺は正義をルール、法だと見ている。法は大多数を守るが全員を助けるわけじゃない。それがまぁ不公平に見えるということだ。
「でも正義は正しい行いであるべきです。でないとみんながみんな、正義を信じられなくなります」
「信じるために正義は正義であるべきだと」
「えぇ」
なるほどねぇ。正義の存在理由を信じる為とするのはちょっと珍しいかもしれん。大体、正義は虚しいとか、正義をとやかく言ったところでどうにもならないとか、うるせぇ!俺の正義はこれだ!とかになりそうなのに、信じていたいから正義は正義であってほしいと。
んじゃあさ。
「正しさとは?」
「正しさ……」
そこよね。正義が正しい行いならその正しい行いって何さ?
「正しさは、そう……ですね。悪にならないように行動する事……でしょうか?」
「ほう、その心は?」
「正しさは人それぞれと言います。でも悪で人それぞれというのはあまり聞いたことがありません。多分ですが、悪というのは個々人の出発点は違えど、どこかで一本の道につながるんだと思います。だからこそ、その悪の道を踏まないように気を付けることが正しい行いなのだと思います」
「正しくない行いをしないようにする心がひいては正義そのものであると」
「はい。正しく生きようとするのではなく、自分が犯罪に手を染めないように、悪事に触れないように、目の前にお財布が落ちていたらそれをポケットにしまわず交番に届けるような、そういう悪いことをしないようにする行動が正しさであると考えます」
「でもそれだと俺はもう手遅れだよなぁ」
「手遅れ?」
おん、俺はそれで言うと小悪党……ちょっとした悪いこともしてるタイプだからさ。
そういうとマシロはちょっとショックを受けたような顔をして、俺の髪の毛を触った。くしゃりと握りしめるような撫でるような、そんな感じの触り方だった。いやいや俺は別に完璧超人じゃないし、良くも悪くもフツーよフツー。
「俺はさぁ、こっち来る前だってやっちまったなってことはあるよ。バ先の期限切れの食材食ったり、バイトの勤怠打たずに賄い食って、食い終わった後に退勤したり」
「てい」
ペしっと頭にチョップを食らう。いや前置きしたじゃん。まぁ普通にアウトな行為ですよね。はい、ごめんなさい。
「こっちに来てもそうだよ。おじさん……ホシノにバチギレしたこともあったし、アリウスだってやりたくないのをやらされてるってのを理解してたのにガチギレしてボロクソ言っちゃったし」
「えっと……それは」
「あぁホシノに関してはほら。なんかあの子、身売りまがいのことしてさ。悪い大人に自分が犠牲になるなら~って感じのヤツ。まぁキレたよね。アイツホント自分が犠牲になればそれで解決みたいな自己犠牲精神あるんだよ。自分の価値が低いというか、自分を蔑ろというか……」
「先生は自分を大切にしない子に厳しいですよね」
「そらね。俺嫌いだし。自分を大切にしない奴。そういう奴って誰かが気にかけてる事すら蔑ろにしてるってことも頭から抜けてるんだよ。自分の行動が心配をかけてるってことも頭から抜け落ちて、自分さえ泥を被ればそれで解決、自分だけ雨に濡れれば解決だって思ってんの。他の人は風邪を引かないかとか、傘持っていこうとか心配したりしてるのにだよ?その心配をボレーシュートで蹴り込んで雨の日を裸でダッシュする奴に優しさなんか必要ないから」
──俺は別に聖人じゃないよ。優しさを拒否られたらキレるし関わらねぇって思う時もある。でも先生になっちまったから手を差し出すのが仕事で、それをやめたら誰が手を差し伸べるのって話だよ。親に頼れない子供が唯一身近に居る大人が先生なんだからさ。先生が助けてやれないで、誰が最後のよすがになれるのさ。
「先生は……“先生”なんですね」
「まぁね〜、先生で居ようとしたのはホントの事だし。俺はそういう建前?みたいなのが嫌いで曲げたくないからそうしてるだけ。知ってる?俺こっち来る前の教師にロクな大人になれねぇって言われたことあるんだよ?頑固すぎて」
「確か、先生の前居たところは先生のような大人がいっぱい居たとか」
「俺じゃなくて普通に人間の男としての先生ね。いや女性の先生も居たけど。俺ホンット頑固でさ。マジで自分を曲げたくなかったんだよ。それこそマシロみたいに白黒付けたがるみたいなね。それでまぁ教師ともめにもめたよ」
「先生はどう折り合いを付けていたんですか?」
「いや?普通に最後までバチバチにやり合ってこっち来たけど。全然曲げなかったね。信念。もう堅気一本気よ。」
「先生……」
「いやいやいや、なんだって曲げなきゃいけないのさ。確かに社会的秩序みたいなものに真っ向から反抗してたよ?だって許せねぇんだもん。こちとら必要だからバイトしてんのにやれ校則では~とかやれ学業が~とかうるさいんだよ!やむを得ない事情ならOKって校則書いてあるやろがい!」
「せ、先生バランスが……」
あ、ごめんごめん。俺は勢いに任せて前のめりになってしまった身体を起こした。危うく展望台からマシロを振り落とすところだったぜ……。
「そんな感じでまぁ頭固くて自分を曲げられないタイプの癖にほどほどに悪い事はするような人間だから正直先生なんて向いてないって思ってたんよ。成れるような人間じゃねぇなって。つーか教師ってモンをちょっと神聖視してたところはある。一番身近で一番偉そうな大人なんだもん。なんかすごくてなんか偉くなくちゃいけないみたいな印象はあったさ」
「それで“先生”で居ようとしたと」
「そう。だから、こっち来た時まず調べたのは先生としての心得とかコミュニケーションの仕方だよね。そこらへん重点的に調べた。マジで調べた。シャーレに来てすぐのごたごたが終わった後、すぐ籠ってタブレットとかでそういう書籍いっぱい漁ったもん」
──頭固いからさ。とりあえず調べて知識として頭に入れとこうって決断力はあったんよ。それで身に付くわけじゃないけど、そこらへんはね?うん、もっと別のやり方あったんじゃねぇかなと思うけど。
そんでまぁ実践してみて失敗して、やっぱり俺も子供でキレるしわけわかんないことあるとビビるし、いざって時に覚悟だって決めきらんない。それが自分だって嘯いても、やっぱりどうにも目に付くもので。
「ゲームの最終リザルト見てるみたいなんだよ。最後になっていざ結果を出されてよ。あぁこれ見落としたとか、あぁここミスったなとか、そういう事ばっかに目が行く。コンプリート出来なくて空欄の☆をずっと眺め続けてるみたいな。性分としてさ。埋めたいんだよね。リザルト画面」
「先生のしてきた行いは正しい行いだと思いますが……きっとそういうことではないのでしょうね」
「それね。妥協したくないってんで気合入れて頑張って、なんとかここまでやってきた。だから正しい行いとか言われても正直ピンとこないし、必死にやってきた事を後から評価されるみたいでもやっとする。でもこっち来て正しくあろうとしたのはホントよ?先生って見本にならなきゃいけないらしいし。頭に過った悪い行動も、いやいやそれって生徒のお手本にならんでしょみたいな感じで拒否ってたし」
「偉いです」
頭を撫でられた。イエーイ。
撫でる手がふと止まり、マシロは物憂げな表情で言った。
「……正しい行いは結局なんなのでしょうか?」
「わかんねぇよなぁ……」
俺とマシロはぼぅっと遠くを眺めた。喧噪は遠く、されど身近にも感じるこの場所で、何とも言えないぬるい空気が肌を撫でる。夏の始まりを告げるようなそんな風だ。高校生二人、思春期に想いを馳せる。
「何時かは大人になるんだろうけど、まったく大人になるイメージもつかねぇし」
「……わかります。私も、これから先輩方が卒業して正義実現委員会を背負って立つイメージが湧いてきません。頑張ってそうなろうとしても、どうやったらそうなれるか皆目見当もつきません」
「それね。俺もある。一年後とかわけわかんねぇのにそれより先とかもっとわかんねぇよな。高校生だってさぁ、なんかいつの間にか成ってたみたいなとこない?」
「そうですね。私も、トリニティに入学するために勉学に励んだり、『トリニティ総合学園に入る努力』はしても『高校生になる努力』はしてなかったので……いつの間にか高校生になって戸惑った記憶があります」
「それなー、わかるわ~~。なんかもっと劇的に変わるイメージがあったんだよ。それこそ中学生と高校生ってデカイ壁みたいなものがあってさぁ。もう1年違うだけですっごい遠い存在みたいに感じるんだよ」
「それなのに1年過ぎてみればしれっと高校生になってますものね」
「ホンットにね。もっと劇的に変わってほしいよ。人生の節目じゃん」
「それが入学式なのでは……」
「いやでも入学式ってそれまでの人生で二回経験するじゃん。小中二回。ならもうそういうイベントとして処理されちゃうよね。感覚が終業式とか校外学習とかと同じになってくるんだよ。人生の節目が行事のソレと同等にラベリングされる現象何?」
「ちょっとわかります。なんとなく体育祭と卒業式って同レベルですよね」
「ねー」
俺達は思春期だ。誰しもが折り合いをつけるようなことに折り合いを付けられず悩むこともある。俺は久しぶりにそういう事が出来て満足だ。誰かに話せるだけでも楽になる事もある。マシロはその点、結構わかりやすく思春期なので、話しやすい。
「何時かわかるときが来るんでしょうか……」
「来てほしくもあり、来てほしくなさもある……なんか答えつけたくね~ってなるくね?」
「……少し」
だよね。正義を求めるマシロでさえこうなのだ。きっと、俺達は心のどこかで答えを出したくないだけなんだと思う。でもいつかは答え……というか一つの諦めを付けなくちゃいけなくて、それを先延ばしにしたいから悩んでる。
「大人になりたくねぇなぁ」
「ふふっ、先生が言うとシャレになりませんね」
「いやいや、俺だからこそよ。すげぇ説得力じゃん」
「いやな説得力ですよ」
「言ったな~?マシロに嫌な大人の面ばんばん見せて正義とは何かわからなくしてやるよ……まず手始めに大人になると労働基準法って正義が守られなくなってぇ……」
「それはシャーレだからでは?」
「……それはそうか。じゃあシャーレが悪じゃん。マシロ~!シャーレを滅してくれ~!」
「……一旦、監査も兼ねて外部の人を入れた方が良いのでは?先生もおやすみするほど業務過多なんですよね?」
「そうだわ。じゃあマジで監査必要じゃん。真の悪を滅さないと……」
「少し正義実現委員会経由でトリニティでも話題に挙げてみましょうか。一つの学校からせっつかれれば何かしら進展するかもしれませんし」
「ホントお願いね。おっしゃ、正義を成そうとするマシロに勝利前の凱旋練習をしておこう。わーあぁぁああぁぁ!!」
「先生ちょっと止まっ!」
俺はマシロを担いで凱旋ダッシュしようとしたがバランスを崩し、丘の上ということもあり下り坂になっている道を転びそうな勢いで猛ダッシュで駆け落ちるなどしてマシロを危険な目に遭わせ、あとでツルギンやイチカにバチクソ怒られた。あと普通に人一人抱えてダッシュしたので足が逝った。1、2か月ほどは歩くことも控えた方が良いらしい。傷口が開いているとのこと。アッハイ。すみませーん。
学名:センセイモドキ(先生)
補遺32
取れなかった☆マークやB+という評価をずっと指でなぞっている。
補遺33
思春期ボーイ
学名:トリニティクロセイギ(静山マシロ)
補遺1
良い先生になるのではなく、良い先生をするわけでもなく、良い先生で居ようと努力するその姿に正義の在り方を見出した
補遺2
思春期ガール