転生チャンプは鈴蘭で笑う 作:全てを生成AIにゆだねる者也
1
カラスの巣と呼ばれる鈴蘭男子高校において、最大勢力を誇る「阪東一派」。その頭である3年の阪東秀人は、周囲の不良たちから「数と卑怯な手段を厭わない冷酷なマキャベリスト」と恐れられ、同時に蔑まれていた。
だが、その冷徹な仮面の裏には誰にも明かせない、そして誰からも理解されない狂気的な執念が潜んでいる。
かつて共に暴走族『武装戦線』の未来を熱く語り合い、志半ばでこの世を去った二代目ヘッド・菅田和政。その菅田が遺した聖域を乗っ取り、暴走族の誇りを捨ててただの凶悪なマフィア(闇の組織)へと変貌させてしまった三代目ヘッド、九能秀臣――。
阪東が数と陰湿な罠を使ってでも鈴蘭を力ずくで支配しようとしていたのは、小物の権力欲からではない。九能秀臣率いる巨大組織に変貌した今の武装戦線を叩き潰し、菅田の愛した本物の『武装』を己の手で取り戻すための、強大な「軍隊(頭数)」がどうしても必要だったからだ。そのためなら、後輩からどれだけ汚いと罵られようが鈴蘭の歴史に悪名を残そうが、知ったことではなかった。
「あの2年の新顔……蓮見蓮と坊屋春道。それと海老塚の生意気な三人衆。まとめてハシゴを外してやる。オレの邪魔をする奴は、誰であれ容赦はしねえ」
放課後の薄暗い渡り廊下で、阪東は細い煙草に火をつけ冷徹な目で窓の外を見つめていた。
吐き出された紫煙が、夕暮れの赤い光に溶けて消える。巨大な敵に立ち向かうため、ここで足元をすくわれるわけにはいけない。目的のためなら、どんな泥でも被る覚悟が阪東にはあった。
標的に選ばれたのは、最も手出しがしやすく、かつ効果的な人間――2年の安田泰男、通称ヤスだった。坊屋春道の傍らにいつもいる、あの気弱な男だ。
同じ時刻、夕暮れ時の商店街の外れ。ヤスは一人、お気に入りの豆腐屋で夕食の買い出しを終えて歩いていた。
「今日は麻婆豆腐にしようかな……。あ、春道くんにまた焼きそばパン買ってこいって言われる前に帰らなきゃ」
ビニール袋の中には、パックに入った綺麗な豆腐が収まっている。鈴蘭という荒波の中にいながら、ヤスが持つそのささやかな日常。だが、その平穏は一瞬で破られた。
周囲の薄暗い路地から、ぞろぞろと学ランを着崩した野郎の群れが現れたのだ。総勢8人。
阪東一派の兵隊たちだ。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべヤスを包囲するように距離を詰めてくる。
「おい、2年の安田だな。阪東さんがお呼びだ。大人しくついてきてもらおうか」
先頭の男が、金属バットを肩に担ぎながら凄む。ヤスは一瞬で血の気が引き、足がガタガタと震え出した。心臓が早鐘を打ち、喉が引き裂かれそうになる。
「え……っ!? な、何すか、あんたら……! 何しやがる!」
恐怖で声を引きつらせ、敬語が崩れながらも出たリアルな叫び。しかし、不良たちに躊躇はなかった。
「うるせえよ、くそガキが!」
容赦のない拳がヤスの腹部に突き刺さる。
「う、ぐっ……!」
ドサリと地面に倒れ込むヤス。その拍子にビニール袋から滑り出たパックが破れ、アスファルトに豆腐がベチャリと落ちて無残に崩れた。ヤスが必死に守ろうとしたささやかな日常の象徴が、理不尽な暴力によって踏みにじられた瞬間だった。
「おい、頭から袋被せろ。車に放り込め!」
ヤスは抵抗する間もなく複数を前に組み伏せられ、視界を奪う黒い布袋を被せられて、路地に横付けされたワンボックスカーへと押し込まれた。ヤスを痛めつけるためではない。確実に坊屋春道を誘い出し、その足を止めるための冷徹な拉致だった。
阪東の仕掛けはそれだけにとどまらない。同じ時刻、鈴蘭の2年世代で独立反抗勢力を張る「海老塚三人衆」の一角、マコこと杉原輝正もまた、帰宅途中の寂れた公園で囲まれていた。
「おい、マコトよ。テメエら最近調子乗ってんなぁ? お前らが調子に乗ってると、学校の規律が乱れるんだよ」
阪東一派の最高幹部であり、その狂暴さから「マサカリの千田」と恐れられる千田直樹が、十数人の兵隊を引き連れてマコの前に立ちはだかっていた。
マコは周囲をぐるりと見回す。逃げ道はない。いくら三人衆の武闘派として鳴らしたマコとはいえ狭い公園でこれだけの数、しかも武器を持った3年を相手に無傷で勝つことは不可能に近かった。
だが、マコの目に怯えは一切なかった。ただ阪東一派の姑息なやり口に対して、底知れない嫌悪感だけが胸の奥で煮え滾っていた。
「……汚え真似しやがって」
マコは低く短く吐き捨てると、次の瞬間には無言で拳を固めて千田の顔面へ突っ込んだ。
「オラァッ!」
千田の頬をマコの拳がかすめ、肉が裂ける。しかし多勢に無勢。背後から容赦なく振り下ろされたパイプ椅子の衝撃が、マコの背中に炸裂した。
「がはっ……!」
衝撃で体勢を崩したマコへ、千田の重い蹴りが容赦なく顔面に突き刺さる。地面に這いつくばるマコを、十数人の男たちが鉄パイプと足蹴りで執拗に痛めつけた。徹底的な闇討ち。
やがて、ピクリとも動かなくなり血塗れになったマコを冷たく見下ろし、千田はペッと地面に唾を吐いた。
「海老塚三人衆も形無しだな。オレたちの前じゃただの肉塊だ。次はヒロミとポンだ。くそガキどもに誰がこの学校の飼い主か教えてやるよ」
阪東の張り巡らせた陰湿な蜘蛛の巣が、鈴蘭を一気に恐怖と分断の底へと叩き落としていく。
2
翌朝の鈴蘭高校は、不穏な熱気と怒号に包まれていた。
落書きだらけの廊下、ガラスの割れた窓。いつもなら気怠げにたむろしている不良たちが一様に血相を変えてざわついている。
「おい、聞いたか!? 2年のマコがやられたってのは本当かよ!?」
「ああ昨日の夜、3年の千田たちに数で囲まれて闇討ちされたらしい。頭を割られて、今は街の病院に入院中だってよ……!」
「嘘だろ……あのマコが? 奴ら、ついに本気で、あいつらを潰しにかかってやがるぞ……!」
そんな中、2年の教室の鉄扉が、凄まじい音を立てて激しく蹴り開けられた。
静まり返る教室に現れたのは、海老塚三人衆の残る二人、桐島ヒロミと本城俊明(ポン)だった。
ヒロミの目は完全に血走っており、額には青筋が浮かび上がっている。普段の飄々とした雰囲気は微塵もなく、その全身から刺すような殺気が放たれていた。
「阪東の野郎……ついに動きやがったな。マコをあんな目に遭わせて、ただで済むと思うなよ……! 先輩だろうが何だろうが、オレらをコケにした奴は絶対に許さねえ!」
ポンもまた、いつもなら斜めに被っているトレードマークの帽子を深く被り直し、ポケットの中で拳を固く握りしめていた。その口元は怒りで微かに震えている。
「数で囲んで武器使って闇討ちなんて、汚え真似しやがって……! 恥ずかしくねえのかよ、あのクソ野郎が!」
彼らが復讐のために廊下へ飛び出し、3年の教室へ殴り込もうとしたその時。
向こうからドカドカと、いかにも不機嫌そうな地響きのような足音を響かせ、肩を大きく揺らしながら歩いてくる金髪のポンパドールがいた。この物語の絶対的な中心であり、規格外の怪物――坊屋春道だ。
「おい、テメエら!」
春道はヒロミとポンの前に巨大な壁のように立ち塞がると、鼻頭に青筋を何本も立てて、廊下中に響き渡る大声で怒鳴り散らした。
「ヤスの野郎、どこ行ったか知らねぇか! あいつがらいねえせいで、オレの楽しみにしていた……お気に入りのエロ本を買いに走らせられねえじゃねえかコノヤロー!!」
あまりの身勝手、かつシリアスな状況を180度無視したフザけた言い草に、ヒロミは一瞬呆気にとられ、次の瞬間には猛烈な怒りが湧き上がった。ヒロミは春道のスカジャンの胸ぐらを掴み、顔を至近距離まで近づけて怒鳴り返した。
「あぁ!? 知るかよそんなこと! オレたちは今それどころじゃねえんだ! マコがやられて病院行きなんだよ! テメエのエロ本なんか知ったことか!」
しかし春道は胸ぐらを掴まれたまま、さらに目を血走らせて喚き散らす。
「知るかじゃねえんだよ!! あいつがいねえと、オレの焼きそばパンも買えねえんだよ! 腹減って死にそうなんだよ! 誰だオレの快適な鈴蘭ライフの邪魔しやがったクソ野郎は!! 出てこいコノヤロー!!」
一見すると、ただの理不尽な我が儘だ。周りの不良たちも「なんだあいつは」と白けた目を向けている。
だが、胸ぐらを通じて春道の身体に触れているヒロミだけは、違った。
ヒロミの手に伝わってくる春道の身体は、微かに、しかし尋常ではない怒りと焦燥でビリビリと震えていた。そして、そのスカイブルーの瞳は、奥の奥で一切笑っていなかった。
(……こいつ、わざとやってるな)
ヒロミはハッと気づいた。春道は、ヤスが朝から学校に来ていないこと、そしてそれが異常事態であることを誰よりも察している。
ヤスを心配する本気の怒りを、こいつは「パシリがいねえ」「エロ本が読めねえ」という、最悪にヘソ曲がりで不器用な照れ隠しで覆い隠しているのだ。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも自分の優しさを表に出したがらない男。
ヒロミはフッと鼻で笑うと、掴んでいた春道の胸ぐらからゆっくりと手を離した。
「ハッ……相変わらず、とんでもなく不器用な男だなテメエは」
「あんだとぅ!?」
「だったら行き先は同じだ、春道。マコを闇討ちしたのも、テメエのなパシリを拉致したのも全部、阪東の一派だ。学校を数と恐怖で支配しようとしてる、あの汚え野郎どもの仕業だ!」
春道はチッと盛大に舌打ちをして、両手の拳をバキバキと凄まじい音を立てて鳴らした。その瞬間、廊下の空気が一気に冷え込む。
「阪東だか寸胴だか知らねえが、焼きそばパンとエロ本の恨みは深いぞ……。骨のひとかけらも残さねえで、跡形もなく粉々に叩き潰してやる!」
ポンもヒロミの横に並び、不敵に笑った。
「貸し借りなしだ。オレらもマコの仇を取る。正面から阪東の首を獲りに行くけど、ついてくるか春道?」
「誰がついていくかよ! オレが先頭だ!」
鈴蘭の核となる男たちが、それぞれの怒りと意地を胸に、校舎の表階段をドタドタと爆音を立てて駆け下りていった。春道という巨大な太陽が先頭を走り、ヒロミとポンがそれに続く。その姿は、バラバラだった男たちが一つにまとまっていく、確かなうねりだった。
――だが。
その激しい喧響と熱気の中に、もう一人の男、蓮見蓮の姿だけがどこを探してもなかった。
3
同じ時刻、蓮はヤスが拉致された現場である商店街の外れの狭い路地に、一人で静かに立っていた。
周囲には人影はなく、夕暮れの影が長く伸びている。蓮は視線を地面へと落とした。
そこには完全に潰れて黒ずんだ、無残な豆腐の残骸が散らばっていた。ヤスが家族のために、あるいは自分達のために買ったであろう日常の一片。それが泥にまみれて踏みにじられている。
「……豆腐、崩れてるじゃん」
蓮の声は、驚くほど静かだった。
いつもなら屋上で春道とだらだらとくだらない話をしたり、のんきに弁当を食べたりしている男の瞳から完全に感情が消え失せ、底の知れない冷徹な漆黒が広がっていた。
蓮にとって、ヤスという存在は、この狂った鈴蘭高校の中で初めて「まともな日常の空気」を共有してくれた少しお気に入りの同級生だった。
喧嘩は信じられないくらい弱く、いつも不良たちに怯えているくせに自分や春道のために一喜一憂し、不器用ながらも必死に弁当の場所を確保してくれたりする健気な男。
そのヤスが理不尽な暴力に巻き込まれ、そして今、春道がその怒りを胸に正面から阪東の牙城へと突き進んでいる。
「大声を上げて正面からすべてをぶち壊すのは、春道に任せればいい。あいつがこの学校の、最高の主役だからね」
蓮は静かに独りごちると学生服のポケットに手を突っ込み、影の中に溶け込むように歩き出した。
春道が正面から突っ込む圧倒的な光なら、自分はその背後を脅かす「雑音」を消す影の猟犬(ハント)でいい。
阪東が「数」という汚い盾を使って春道を囲もうとするなら、その盾をあらかじめ裏から一枚ずつ音もなく剥ぎ取ってやる。
春道と阪東が、純粋に一対一で向き合える綺麗なタイマンの舞台を作ること。それこそが、最高の補佐役に徹する蓮の、静かで苛烈な怒りの形だった。
街に夜の帳が下り始める頃。蓮のターゲット第一号は、マコを闇討ちした張本人であり、阪東一派の最高幹部・千田直樹だった。
千田は5人の兵隊を引き連れ、阪東への首尾よい報告のために商店街の裏手の寂しい暗道を歩いていた。
「ヒロミたちも今頃パニックになってるはずだ。マコを潰し、ヤスを抑えた。阪東さんの狙い通り、奴らはもう疑心暗鬼でバラバラのはずだ。鈴蘭は完全にオレたちの先にある」
下品に笑う千田。その時、街灯の光すら届かない、完全に闇に沈んだ狭い路地の陰から、細身の影が滑り出すように現れた。
「……誰だ、テメエ。オレの前を遮るんじゃねえよ」
千田が怪訝そうに目を細めタバコを地面に捨てた瞬間には、もうすべてが終わっていた。
蓮の踏み込みは、音もなければ、肩の動きすら一切ない、完全な予備動作ゼロの暗殺の踏み込みだった。中国拳法の極意である、地面からの反発力を骨盤を伝うように拳へとノーモーションで伝える、発勁の一撃。
ドォンッ!!
「が、はっ……!?」
悲鳴を上げる暇すら与えなかった。蓮の鋭い掌打が、千田の顎の先端を正確無比に捉え、その脳を激しく揺さぶる。千田は白目を剥き、言葉を失ってそのままアスファルトに垂直に頽れた。
「千田さん!? テメエ、蓮見――」
慌てて周囲の5人の兵隊がナイフや特殊警棒を抜いて襲いかかってくるが、蓮の圧倒的な体術の前には、それらは止まっている止まり木に等しかった。
相手の突き出した腕を掴み、その力を利用して背後の壁へと強烈に叩きつける。流れるような動作で二人目の鳩尾に膝蹴りを叩き込み、三人目の手首を極めて地面に組み伏せる。
「ぎゃあッ!」
「うわあ!」
わずか十数秒。路地裏には、呻き声すら上げられずに完全に失神した不良たちの山が築かれていた。蓮は息一つ乱さず、倒れた千田の胸ポケットから携帯電話を静かに抜き取ると、画面に表示された通話履歴とメッセージを確認し、冷淡な目で次の標的の居場所を特定した。
「一人目。次は……山崎か」
4
千田が街の片隅で消えたという報せは、断片的な恐怖となって阪東一派の連絡網を駆け巡った。
「おい、千田の野郎と連絡が取れねえ! なんで呼び出しに応じねえんだ!」
「2年の残党が動いてる形跡はねえぞ、ヒロミたちは正面からこっちに向かってる。じゃあ、一体誰が……!?」
次の標的である、もう一人の幹部、山崎達也は鈴蘭高校から数キロ離れた古い廃工場跡の内部で、焦燥感を爆発させていた。周囲には20人近い兵隊を集め、木製バットや鉄パイプを持たせて警戒を最高レベルに強めている。
その時、廃工場の錆びついた重い鉄扉が、ギィィ……と不気味な音を立ててゆっくりと開き、一人の男が歩いて入ってきた。
学生服のボタンを外し、首元を緩め、飄々とした佇まいで立つ蓮見蓮だった。その衣服には返り血一つついていない。
「山崎さん、だっけ。3年の。阪東の右腕」
蓮は静かに、まるでお気に入りのカフェにでも入るかのような足取りで歩み寄る。
山崎はその底知れない雰囲気に圧倒され、思わず後ずさりしながらも恐怖を打ち消すように声を張り上げて、周囲の兵隊に怒鳴り散らした。
「テメエ、蓮見だな……! 何一人で舐めた真似してここに来てやがる! おい、アイツも袋叩きにして病院送りにしちまえ!!」
「おおおおおッ!」
一斉に襲いかかる20人の不良たち。鉄パイプが空を切り、バットが迫る。
しかし、蓮の表情には微塵の動揺もなかった。多勢に無勢という戦況を、彼はこれまでの戦場で何度も経験し、そのすべてを覆してきたのだ。
蓮は工場の壊れた資材や、等間隔に並ぶ巨大な鉄柱を巧みに利用し、敵の導線を制限する。
20人に囲まれているように見えて、蓮が対峙しているのは常に構造物によって遮られた「一対一」の状況だった。
襲いかかる相手の突進を受け流し、その勢いのまま隣の男へと激突させる。合気のエッセンスを取り入れた無駄のない動き。バットを振り下ろした男の懐に潜り込み、顎の下から掌打を突き上げる。
「ぎゃあッ!」
「うわああ!」
鈍い打撃音と骨の軋む音が、廃工場の中に冷酷に響き渡る。
一人、また一人と、音を立てて兵隊たちが崩れ落ち、床の埃を舞い上げていく。蓮の動きは、まるで精密にプログラミングされた機械のようであり、一切の無駄な感情が削ぎ落とされていた。
わずか数分後。20人の大軍勢がいたはずの空間は、完全な静寂に包まれていた。床には苦悶の声を漏らすことすらできずに転がる男たちの山。
最後に残された山崎は、手にした鉄パイプを握る手がガタガタと震え、カチカチと音を立てていた。目の前にいる奴が、人間の皮を被った怪物にしか見えなかった。
蓮はゆっくりと歩み寄り、山崎の目の前にピタリと止まった。その影が、山崎を完全に覆い尽くす。
「ヤスはどこ?」
蓮の声は低く、平熱だった。それが逆に山崎の恐怖を極限まで跳ね上げる。
「し、知らねえ! オレは阪東さんに言われて、ここで待機してただけだ……!」
「嘘はよくないな」
次の瞬間、蓮の容赦のないローキックが、山崎の右膝関節の外側を正確に捉えた。
バキィッ!!
鈍い破壊音が響き、山崎が絶叫しながら床へのたうち回る。
蓮はその髪を乱暴に掴み上げ無理やり顔を上向かせると、冷徹な死神のような視線を至近距離で浴びせた。
「次は耳を削ぐよ。痛いのは嫌でしょ。ヤスはどこにいるの」
山崎は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、狂ったように叫んだ。
「あ、足立倉庫の……3号棟だ……! 阪東さんがそこにあのガキを閉じ込めてる……! 連れてったのはオレじゃねえ、オレは何もしてねえ! 頼む、勘弁してくれ、蓮見……!」
「ありがと。最初からそう言えば、痛い思いをしなくて済んだのに」
蓮は掴んでいた山崎の頭をコンクリートの床に軽く叩きつけ、完全に意識を刈り取った。
千田に続き、山崎までもが完全に沈黙。阪東一派の最高幹部が、表の派手な喧嘩が始まる前に、裏で音もなくハントされたのだ。阪東が絶対の自信を持っていた「数の暴力という盾」は、この時点で完全に粉砕されていた。
5
足立倉庫の3号棟。外灯の明かりも届かない荒涼とした沿岸部の倉庫街。
その薄暗い内部で、ヤスは木製の椅子に太い縄で固く縛り付けられ、顔中を腫らして荒い息を切らしていた。衣服は破れ、口の端からは血が流れている。
その数メートル正面で、阪東秀人はパイプ椅子に腰掛け、苛立ちを隠せない様子で携帯電話の画面を何度も何度も見つめていた。
「チッ……千田からも山崎にも、連絡がつかねぇ……。学校の奴らも『二人が何者かにやられたらしい』という錯乱した報告しか入ってこねえ。どうなってやがる……!」
冷や汗が阪東の額を伝い、床へと落ちる。
だが、その三白眼の奥にある光は決して怯えてはいなかった。菅田との約束、九能秀臣から武装戦線を取り戻すという大義。そのためなら、ここで退くわけにはいかない。どんな卑怯な手段を使ってでも、鈴蘭の兵隊を手に入れなければならないのだ。その執念だけが、彼の身体を支えていた。
その時――。
倉庫の頑丈な鉄製のシャッターが、外から凄まじい衝撃とともに、まるで爆破されたかのように轟音を立てて内側へと吹き飛んだ。
ドゴォォォォォンッッ!!!
激しい砂煙と鉄の擦れる音が倉庫内に充満する。阪東が反射的に腕で顔を覆う中、その砂煙の奥から、聞き覚えのある、しかし尋常ではない怒気を孕んだ声が響き渡った。
「阪東ォォォォォォッ!! 探したぜコノヤロー!! どう落とし前つけてくれるんだぁぁッ!!」
砂煙の中から現れたのは、相変わらず100%フザけた怒声を上げながらも、その形相は完全に般若の如き鬼のものとなっている坊屋春道。そして、その両脇を固めるのは復讐の炎をメラメラと燃やす桐島ヒロミとポンの姿だった。
彼らは校内にいた阪東一派の残党どもを正面から力ずくで全員叩き潰し、その口からこの場所を吐き出させて、ここまでノンストップで突き進んできたのだ。
「春道くん……! ヒロミさん……、ポンさん……!」
縛られたヤスが腫れ上がった目を限界まで見開き、涙を流しながら声を絞り出した。
春道はそのヤスの姿を確認すると、わざとらしくチッと盛大に顔をしかめて見せた。
「ケッ、なんだヤス、ピンピンしてやがるじゃねえか。オレはてっきり、テメエが阪東の野郎に美味いもんでも奢ってもらって、オレをのけ者にしてるんだと思って大損した気分だぜ!」
相変わらずのへそ曲がりな物言いに、ヒロミが「相変わらずだな、テメエは!」と呆れる中、阪東は静かに立ち上がり、ポケットから鋭利なバタフライナイフを抜き放った。カチャカチャと鋭い音を立てて刃が光り、それをヤスの剥き出しの首元へと冷酷に突きつける。
「来るな、お前ら」
阪東の声は、氷のように冷たかった。
「一歩でも動いてみろ。このガキの喉元を、今ここで迷わず掻き切るぞ。オレは本気だ。」
「テメエ……どこまで汚え真似をすれば気が済むんだよ、阪東ォッ!!」
ポンが歯噛みし、今にも飛びかからんばかりに拳を震わせる。
だが、阪東の目は、自分の保身のために人質を取るような小物の悪党のそれとは、明らかに違っていた。そこには、自らの良心や感情を完全に殺し、「これが必要なんだ、これしか道はないんだ」という、暗く深い狂気的な覚悟の光が宿っていた。その異様なプレッシャーに、ヒロミもポンも足がすくむ。
だが春道だけは、その場から一歩も退かなかった。
春道は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、ゆっくりと、しかし確実な足取りで阪東へと歩を進める。そのスカイブルーの瞳が、冷徹に阪東を睨み据えた。
「おい、阪東」
春道の声が、倉庫の空気をビリビリと震わせる。
「そのナイフ、1ミリでも動かしてみろ。テメエが生まれてから今まで、一度も味わったことのねえような、本当の恐怖って奴を……その身体に骨の髄まで叩き込んでやるからよ。舐めたマネしたことを、地獄の底で後悔させてやる」
「……!」
阪東の背筋に、生まれて初めての寒気が走った。目の前にいる金髪の男は、ただの不良ではない。本物の「怪物」だ。ナイフを握る手が、微かに汗ばむ。
緊迫感が極限に達し、空気が爆発する寸前――その時だった。
倉庫の天井、複雑に組み合わされた鉄骨の上から、一本の細身の影が、鳥のように音もなく阪東の完全な死角へと舞い降りた。蓮見蓮だ。
蓮は着地すると同時に目にも留まらぬ速さの手刀で、阪東のナイフを持つ手首を正確に鋭く払った。
「あ……っ!?」
激痛とともにバタフライナイフが阪東の手から離れ、コンクリートの床へと甲高い音を立てて転がっていった。
阪東が驚愕して振り向くより早く、蓮は落ちたナイフを瞬時に拾い上げると、ヤスを縛っていた太い縄を一太刀で手際よく切り裂いた。
「ヤス、立てる?」
「は、蓮見くん……!」
「よし、帰ろ」
蓮はヤスの肩を優しく支えると、春道たちのいる方向へと力強く突き飛ばした。
ヒロミとポンが受け止めたヤスの縄を完全に解き、その無事を確認して安堵の息を漏らす。
「春道。あとは任せた」
蓮はそう言うと持っていたナイフを床に捨て、いつものように壁際に背を預けてポケットに手を突っ込んだ。自分の仕事はすべて終わった。阪東の周りの数を減らし、罠を壊し、人質を解放した。舞台は完全に、これ以上ないほどクリーンに整った。
「蓮見、テメエ……! オレの邪魔を……! 千田や山崎をやったのも、テメエか!?」
阪東が顔を血走らせ、憎悪に満ちた声を上げる。だが、その言葉が蓮に届く前に、地響きのような圧倒的なプレッシャーとともに、巨大な背中が阪東の視界を完全に遮った。春道だ。
「おい、阪東。テメエの相手はオレだろ」
春道はゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら、両手の拳を構えた。その背中は、どんな悪党の執念をも一瞬で呑み込んでしまう、本物の主人公の威厳に満ち溢れていた。
「オレの優秀なパシリを拉致された恨み、そしてオレの大事な焼きそばパンとエロ本の恨み……テメエのそのひん曲がったひねくれ根性ごと、正面から粉々に叩き割ってやるわ!!」
「抜かせぇッ! クソガキが、オレの邪魔をするなぁぁぁッ!!」
阪東が咆哮した。亡き菅田への想い、九能秀臣への憎しみ、すべての焦燥と執念をその右拳に込め、全力のストレートを春道の顔面へと突き出した。
だが、春道はその拳を避けることすら、ガードすることすらしなかった。
ドガァッ!!
肉と肉が激突する凄まじい音が響き、阪東の拳が春道の頬を正確に捉えた。誰もが脳震盪を起こして消し飛ぶほどの、3年の頭の渾身の一撃。
しかし。春道の首は、1ミリもブレていなかった。
拳を突き出したまま硬直する阪東の目の前で、春道は冷徹な、しかし底知れない怒りを湛えた目で阪東を見つめ返した。
「……重てえ拳だけどよ。魂がこもってねえんだよ、そんなもんじゃオレは倒れねえぜ」
「な……っ!?」
阪東の目が恐怖で見開かれる。
次の瞬間、春道の身体が爆発するように回転した。極限まで溜め込まれた怒りと、ツレを傷つけられたことへの本気の憤怒が、一本の右拳へと集約される。空気を切り裂く爆音が倉庫内に鳴り響いた。
「おおおおおおおあああッ!!!」
春道の強烈極まりない、文字通りの「一撃必殺」のストレートが、阪東の顔面の真芯へと突き刺さった。
ドバァァァンッッ!!!ガッ!ガッ!ガッ!ドゴォッ!
大砲が炸裂したかのような凄まじい衝撃音が倉庫内に反響し、阪東の体が吹っ飛びながら何メートルも地面を転がっていった。背後に積まれていた木製パレットや資材の山を派手になぎ倒し、コンクリートの壁に背中から激突して、阪東は床へと崩れ落ちた。
「がはっ……、ゲホッ……、は……っ……!」
口から大量の鮮血を吐き出す阪東。顔面は完全に歪み、鼻骨は砕け、視界は真っ赤に染まっている。意識が遠のくほどの激痛。自分の計画が、この規格外の男たちによって完全に灰に帰したことを悟りながらも、彼は無様によろめいたり痛みにのたうち回ったりはしなかった。
折れた右腕をだらりと床に下げ、壁に背を預けて座り込んだまま、血塗れの顔で不敵にフッと笑ってみせたのだ。その鋭い三白眼の光だけは、敗北してもなお、一切死んではいなかった。これこそが、阪東秀人という男の意地だった。
「ハッ……。新顔の分際で、とんでもねえ化け物だな……。強すぎるだろ、テメエ……。菅田、すまねえ……オレは、ここまでなのか……。お前の遺した武装を、オレは……」
ボソリと、誰に聞かせるでもなく、独りごとのように呟いたその言葉。
だが、その言葉の意味も、その「菅田」という名に込められた深い背景も、ヒロミやポン、そして春道には、これっぽっちも伝わらない。彼らは阪東の裏にある孤独な大義など、知る由もないのだから。
「ケッ、何が菅田だ。負け惜しみかよ。おい阪東、マコの仇はもういいけどよ。数に頼って汚え真似するから、こういう痛い目を見るんだよ」
ポンは冷ややかに、しかし勝利の確信を胸に言い捨てた。
海老塚三人衆にとって、阪東はただ自分たちの仲間を闇討ちした卑劣な野郎に過ぎない。お互いの背景をすべては知らない、これこそが不良たちのリアルな関係性だった。
春道は拳を下ろすと、ふぅと大きな息を吐き、いつものお調子者の表情に戻って、ヤスの頭をパコンと軽く叩いた。
「ったく。ヤス、テメエ明日からは今日の分の倍、エロ本と焼きそばパンをダッシュで買ってこいよな! 1秒でも遅れたら、次はオレがテメエを拉致するからな!」
「あはは……そりゃないよ、春道くん……。あ、 ありがとう……」
ヤスは涙を乱暴に袖で拭いながら、本当に嬉しそうに安心したように笑った。
ヒロミとポンは、倒れた阪東を見つめ、そしてその阪東を文字通り一撃で粉砕した春道の大きな背中を見つめていた。その胸の中には、春道への深い信頼と、同時に「いつかこの男を超えてやる」という静かな闘志が、確かに燃え上がっていた。
蓮は壁際からゆっくりと離れ、歩き出した。
「さて、お腹空いたし今日の晩飯は何にしようかな。ヤス、今度は崩れてない豆腐、買い直そう」
「うん、蓮見くん!」
飄々とした足取りで、蓮は春道たちの影に従うように歩いていく。
裏で冷酷に蜘蛛の巣を張り巡らせていたはずの阪東一派は、表からの絶対的な主人公・坊屋春道の拳と、裏から雑音を間引いた蓮見蓮の暗躍によって、その野望を完全に打ち砕かれた。
周りには誰一人として自分の本当の目的を理解する者などいない絶対的な孤独の中、阪東はただ一人、亡き友への想いと深い敗北感を胸に秘めて、静かに意識を失っていった。
ケージの中のカラスたちの最初の大きな戦いが、今、これ以上ない形で幕を閉じた。
旧版の第3話も一応残しておきます。