教室の前にたどり着いて、ドアを開けて……。
たくさんの視線が、私を貫いた。
明らかに歓迎していない目だ。みんな私を疎んでる。中には同情の視線もあるけど……。それだけ。何か言ってくれることはない。
私は、誰とも視線を合わせないように自分の席に向かって……。
「……っ」
私の席に、菊の花が飾られていた。
ああ……。本当に。本当に……。
ため息をついて、花瓶ごと教室の後ろへ。棚の上に置いておいた。
そうして今度こそ自分の椅子に座る。もちろん椅子に何もされていないことを確認して、だ。画鋲が置かれていることもあったから。
そうして、一息……つけるはずもなく。
「あんた、その上履きどうしたのよ」
クラスメイトの一人が声をかけてきた。
嫌がらせをしてくるグループの一人。その周りにグループのメンバー。四人、だね。普段は五人だけど、近藤さんは我関せずといった様子だった。
「ねえ。あんた、近藤になんかしたの?」
「べつに……。私は、何もしてないよ」
「はっ。嘘言うなっての。あの子、急にあんたとは関わらないって言い始めたのよ。あり得ないでしょ」
いや、まあ、うん……。わりと本気で殺されかけてたからね……。
「いい度胸ね……。ちょっと来いよ」
私の腕を掴んでくる。私は体が強張るのをなんとか抑えながら、時計を見た。
「いいけど……。もうすぐ先生が来るよ」
「…………。ちっ」
そうして手を離して自分たちの席に戻っていく。私はため息をついて、椅子に座り直した。
そして先生が来て、ホームルームをして、そのまま授業が始まるわけだけど……。
「…………」
頭にゴミを投げつけられてる。紙を丸めたものとか、そういうやつだけど……。それでも、何度も何度も。陰湿だなあ。
先生は、気付いているのか無視しているのか分からないけど、とにかく注意はしてくれない。それが全てだ。
このまま、今日一日も耐えないといけない。それがとても憂鬱で……。
そして、杞憂だった。
一時間目が半分ほど終わったところで、唐突に教室の前のドアが開かれた。いや、開かれた、じゃない。蹴り開けられた。それはもう豪快に。ドアが吹き飛んで教卓にぶち当たってものすごい音を立ててる。みんなが轟音に身を竦ませて、私への嫌がらせも止まったほどだ。
そうして、入ってきたのは。
「…………」
いつもの無表情だけど明らかに怒っているニュクスだった。これ、あれだ。マジギレってやつだ。やばい。
「な、なんだね君は……」
「黙れ」
ニュクスが指を振ると、教師の口が閉ざされた。多分、魔法か何かだと思う。
ニュクスはその教師を蹴り飛ばして場所を空けさせると、黒板の前に立って全クラスメイトを睨み付けた。
「私はニュクス。侵略者である」
そして、と続ける。
「それは、私の所有物である」
私を指差してそう言った。
「私の所有物に対して、手を出す愚か者がいる」
ゆっくりと、ニュクスが教室を端から端まで睨めつける。何もやってない人ですら、息を殺して物音すら立てないようにしてる。私ですら、怖い。
「近藤利香」
ニュクスが近藤さんの方を向いて、短く名前を呼んだ。近藤さんは短く悲鳴を上げて、すぐに勢いよく首を振り始めた。
「わ、私は何もしてない! 本当に! 信じてください!」
「是。仮に手を出していたのなら、あなたは生きていない」
近藤さんの顔が蒼白になった。本気だっていうのが分かるから仕方ないと思う。正直、私も怖いから。同時に、安堵のため息をついてる。とりあえずは見逃してもらえる、と。
でも。わざわざ名前を呼んだということは……。
「それで? 何故止めていない?」
「え……」
「私の所有物に対して手を出す愚か者がいる。あなたは愚か者の仲間だったはずだ。なぜ止めていない? これは、敵対行動ではないのか?」
「……っ」
近藤さんが息を呑んで、慌てたように叫び始めた。
「ち、違います! だって、あの……! 私は関係ないから!」
「否。連帯責任である」
「そんな……!」
絶望に顔を白くする近藤さんを無視して、次は別のクラスメイトへと視線を向ける。視線の先にいるのは、朝から私にいろいろと言ってきた女子だ。
「あなたが主犯で間違いないな?」
「は、はあ!? し、知らないわよ! そんなやつに興味ないし!」
お、おお……。すごい。今のニュクスにそこまで言えるって、逆にすごい。感心する。私ですら嘘だって分かるのに。
ニュクスが手を軽く振ると、私が隅に置いた花瓶がふわりとやってきた。もちろん、菊の花も。
「これはなんだ?」
「だから、私じゃないって……」
「二度は言わない」
「……っ! お花よ! プレゼントしたのよ! 綺麗でしょ!?」
「一般的な花の意味を知らないと、そう考えているな?」
「…………」
押し黙る。勘違いされそうだけど、ニュクスは日本の文化をある程度は学んでるみたいなんだよね。そう思ったら常識がなかったりもするけど……。菊の花は、知っていたんだと思う。
ニュクスがゆっくりと歩いて、女生徒の目の前に立った。
「申し開きはあるか」
「な、なにが言いたいのかしら! あなたがそんな見栄を張っても、実はかわいい子供だってのは知って……」
ぐしゃりと。彼女の目の前の勉強机が、ぺしゃんこに潰れた。まるでとても強い重力に潰されたみたいに。
「私はニュクス。侵略者である」
ニュクスが、ゆっくりと手を上げて、女生徒の頭をわしづかみにした。
「あなたの誤解を正す必要性は感じない」
故に、と続けて。
「死ね」
そして手に力をこめて……。
「ご、ごめんなさい! すみません謝ります!」
慌てたように、女生徒はその場で膝をついた。
「こ、今後は何もしません! 本当に! 周りの人にも徹底させます! だから……!」
「…………」
ニュクスは、無言。しばらく睨み付けた後、私に視線を向けてきた。どうしよう、とでも言いたげに。
うん……。えっと……。助けてくれたのは嬉しいけど、ちょっと困る……。
「あの……。ニュクス、それ以上は、ね?」
「…………。仕方ない」
そう言って、ニュクスは手を離した。
「次はない。次は、処断する」
「は、はい……!」
「あなたたちも。次は、連帯責任である」
誰もが小さくなって震えてる。そんな様子にニュクスはどこか満足そうに頷いた。そうして帰るのかと思ったら、近藤さんの方に向かっていった。
近藤さんは、もうかわいそうなくらいに顔色が土気色だ。このまま死んじゃうんじゃないかと不安になるよ。
「手綱を握れ」
「はい……!」
「よろしい」
そう言い残して。今度こそ、ニュクスはその場から姿を消した。
後に残ったのは痛いほどの静寂だけ。誰もが、口を開かない。聞き咎められないかと不安になってる。無理もないと思う。私だって怖かったんだから。
それは仕方ないとして。
「むー……」
口を閉じさせられたままの先生はどうしたらいいのかな……?