ニュクスはそれを聞いて、ほんのわずかに頬を緩めた。
「否。私は侵略者だが、支配するつもりはない」
「山をもらい受けるとは、どういう意味か?」
「文字通りの意味である。心配せずとも、山に何かあったとしても消したりはしない。正確に言えば、土地の一部が欲しいだけである。ダンジョンの入口を作るためだ」
「それは……。山にも権利者がいる……。その人と交渉するつもりはありますかな……?」
「是。権利者の望む物を与えよう。奪い取るようなことはしないと約束する」
「それならば……。いいでしょう。それなら、権利者とあなたとの、当事者間での問題なので……」
「感謝する」
本当はもっといろいろと手続きがいるはずだと思う。でも、それらはこの際無視することにしたらしい。多分、ニュクスの機嫌を損ねたくない、というのがあるんだと思う。
私からすればかわいい子だけど、他の人からすれば未だに正体不明の存在だからね。
「今回は以上だ。ダンジョンが完成すればまた連絡しよう。期待して待て」
そう言って、目の前のニュクスが消えた。あとは、私の部屋にいる本物のニュクスだ。ふう、と小さくため息をついてる。
「終わったよ、お姉ちゃん」
「うん。いろいろと言いたいことはあるけど、やめておくよ」
「ん……? まあ、いいけど」
それじゃあ、とニュクスが片手を上げた。目を閉じて、なんだか唸ってる。何かを考えてる……というより、調べてる?
「見つけた」
そしてニュクスが目を開けた。
「欲しい山と権利者を見つけた。今から交渉しに行こう」
「は? 今から!?」
「今から。お姉ちゃんは来る?」
え。どうしよう。正直、行きたくないっていう気持ちがあるんだけど……。これ、放置しておいていいやつなのかな? なんとなーく、やらかしちゃうような気がする。
私の知らない場所でやらかされるよりは、と思ってしまった。
「い、行くよ……」
「うん。じゃあ、行くよ」
ぱちん、とニュクスが指を鳴らして。
気付けば私たちは、なんだか豪華な部屋にいた。
「な、なんだ!?」
「ええ!?」
「何事ですか!?」
えっと……。誰かの家の部屋、だね。誰かというか、多分権利者だと思うけど。
結構広い部屋で、私の家の二部屋分ぐらいはある。四人がけぐらいのソファにテーブルが置かれていて、壁際に大きなテレビが置かれていた。
ソファに座っていたのは、大人の男女が一人ずつと、その娘らしき人。というより、私のクラスメイトだ。世間は狭いね。言ってる場合か私。
「お、お、お前は!」
男がニュクスを指差しながら叫んで、ニュクスは冷たい無表情で言った。
「私はニュクス。侵略者である」
あ、やっぱりそのキャラクターは続行なんだ。
「ど、どうしてここに……。いや、まさか……」
「是。山が欲しい。権利者であるあなたと交渉をしに来た」
「交渉……」
ごくり、と男が喉を鳴らす。他二人も、なんだか緊張した面持ちだ。
「分かった……。俺が持っている山は一つだけだが、念のため確認させてもらいたい」
「是」
男が立ち上がって、テレビの側の棚に向かった。棚から出してきたのは……地図、だね。あの地図でどの山かを確認するらしい。
そうして二人が確認しているのを見ていたら、クラスメイトが声をかけてきた。
「望月さん」
「あー……。どうも。近藤さん」
「どうしてあんたがいるのよ」
近藤利香。ショートカットの髪型で、勝ち気そうな顔立ち。そして、とっても冷たい目。いつもこんな感じで、私に対してよく嫌がらせする人だ。
いや、はっきり言うと、いじめっ子のリーダー格。
「えっと……。まあ、成り行きで……」
「成り行き? あんたやっぱり、あいつと繋がりがあったってこと? 裏切り者なのね」
「いや、ちがくて……。そうじゃなくて……」
「はあ?」
「……っ」
どうしてこんなに目の敵にしてくるんだろう。私、別に何もやってないはずなんだけど。むかつくのは、ニュクスには聞こえないように小さな声で話しているということ。今もニュクスは、交渉をしているのかあっちで会話中だ。
「ほんっと……。クソみたいなやつね。お前。まだ仕置きが足りないんだ」
「…………」
「学校、楽しみにしてなさい。ね?」
嫌らしい笑みを浮かべる近藤さん。殴りたくなるけど、ここで手を出したら相手の思うつぼだ。
いつもこうだ。大人の目があると、手を出してこない。手を出してくる時は、人の目がなくて、かつ人数がいる時。つまり私に勝ち目がない時だけ。本当に嫌になる。
きっとまた学校で嫌がらせをするつもりなんだ。ちょっとだけ憂鬱に……。
「何をしている」
そんな声に、私ははっとして振り返った。ニュクスがこちらを、というより近藤さんを見ていた。交渉相手の男は私たちの様子を見て顔を青くしてる。
「別に何もしていませんよ、侵略者様」
そう近藤さんが笑顔で言う。ニュクスはじっとその目を見て、そして。
体が押し潰された。
いや、違う。錯覚だ。そんな感覚を覚えてしまっただけ。ただ、そう。死んだかと、そう思った。物理的には何もないのに、何故かそう思ってしまった。
ああ、そっか。これが殺気っていうやつなんだ。怖い。ただただ、怖い。体がどんどん冷たくなっていく。それを直接向けられている近藤さんは、その場にへたり込んでしまっていた。
「これは私の協力者である」
ニュクスがゆっくりと近藤さんに近づいて行く。誰も、何も言わない。彼女の両親でさえ。
「これは私のものである」
ニュクスが、近藤さんの髪を掴んで、無理矢理目を合わせた。
「あなたは私のものに手を出そうとしている。そうだな?」
さすがにここで無言はまずいと思ったのか、近藤さんは慌てたように言った。
「ち、違います! そんなことありません! も、望月さんとは友だちなんです!」
「否。否。私は記録を見ることができる。世界の記録を閲覧できる。あなたはこれに対して敵対行動を取っている。複数人いるが……貴様が、主だ」
「ひっ……」
あ、これまずいやつだ。脅しとかじゃない。どうしてか分からないけど、この子、わりと本気で怒ってる。このまま見ていたら、多分殺しちゃう。間違い無く。この子は、躊躇しない子だ。
「ニュクス。待って」
そっとニュクスの肩を持つ。ニュクスがゆっくりと振り返った。
「何故」
「えっと……。そのままやると、絶対に後が面倒になる。恐怖政治をしたいわけじゃ、ないんだよね?」
「是。だが許すこともできない。侮られてしまう。見せしめが必要だ」
「あ、あ、あ……」
ああ、もう! 近藤さんが恐怖で震えちゃってるじゃないか! いやぶっちゃけこいつがどうなろうと知ったことじゃないんだけど、さすがに私が関係することで死んだりしたら嫌なんだよ!
ニュクスの耳に顔を近づけて、耳打ちした。
「我慢して、帰ったら、プリンっていう美味しいおやつをあげる」
「…………。プリン……」
「プリン。ぷるんとして、甘くて、冷たくて、美味しい」
「…………。ごくり」
いつの間にか、あの重苦しい殺気は感じなくなっていて。ニュクスは近藤さんの頭から手を離して、静かに言った。
「次はない」
そうしてまた交渉へと戻っていく、けど……。
「さ、差し上げます! 私の持つ山の権利全てをあなたに差し上げます!」
「む……。しかし……」
「その代わりに……! どうか、あの子の命だけは……!」
「…………。承知した」
なんか、話がついたみたい。いまいち納得はしてないみたいだけど、ニュクスは私の方に戻ってきた。あとは帰るだけ、かな?
「ふむ……。対価だ。受け取ってほしい」
ニュクスはそう言うと、どこからともなく金色の何かを取り出した。何か、というか……。金の延べ棒。すごい、初めて見た。ぴかぴかだ。
ニュクスがそれを放り投げると、ごとん、と男の前に落ちた。かわいそうに、びくっとしてる。顔を青ざめさせてる。脅しかな? ある種の脅しだよねこれ? 本人にそのつもりはなさそうだけど。
「貸し借りは作るつもりはない。これで取り引きは終わりだ。故に、あなたの娘には言い聞かせておくように。私は、私の所有物に手を出す存在を、許すつもりはない。次、何か手を出したと分かれば……。あなたも含め、処断する」
「わ、分かりました! 言い聞かせます! 絶対に!」
「期待する」
そう言って、今度こそ話は終わりみたい。最後に近藤さんを一瞥して、ニュクスは私の手を取った。
そうして気付けば、私の家に戻ってきていた。