35歳社畜、女子高生に吸血鬼だと宣告される〜みなし残業で覚醒能力を使い潰していた俺、現代異能バトルの世界では最強候補らしいです〜   作:パラレル・ゲーマー

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第70話 吸血鬼、Wikiにログインした何かを捕まえる

 八咫烏の秘匿施設、解析室。

 

 深夜の静寂は、完全に破られていた。

 

 部屋は物理的に封鎖され、外部からの通信は完全に遮断されている。誰もキーボードには触れていない。

 

 しかし、モニターの画面には、依然として不気味な表示が残り続けていた。

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 謎の二人目の管理者が、今もこの完全隔離された環境へログインし続けている。

 

 地図上の黒点は、宮原悠斗のいる保護区画へ向けた移動を停止したままだ。

 

 だが、《管理人》のページには、データ上は存在しないはずの『宮原悠斗』の文字が、呪いのように刻み込まれて残っている。

 

「……もう一度、説明をお願いしてもいいですか?」

 

 緊急の呼び出しを受けて現場へ到着した鏡宮千鶴が、モニターを見て小さく首を傾げた。

 

 深夜の急な招集だったが、彼女はすでに私服の上着を羽織り、観測に必要な鏡も持参している。

 

「ネットに一切繋がってないパソコンに、誰も作ってない謎の管理者が勝手にログインしてて、しかもその管理者が誰なのか分からないんです」

 

 久我陽介が、疲れた顔で説明する。

 

「……もう一度、最初からお願いします」

 

 千鶴が真顔で聞き返した。

 

「俺も、自分で説明してて意味が分からなくなってます」

 

 久我が額を押さえてため息をつく。

 

「システム上存在しないものが、画面上にだけ存在して、機能しています」

 

 皇かれんが簡潔に状況を整理した。

 

「千鶴さん。この状況を、《神鏡返し》の反射越しに確認してください」

 

       *

 

 千鶴は解析室の内部へは直接入らず、まずは入口側の安全な位置から、持参した小型の鏡を構えた。

 

 肉眼でモニターを見る。

 

 特に異常はない。

 

 ただ、画面に『administrator_2 ONLINE』という文字が表示されているだけだ。

 

 次に千鶴は視線を外し、手元の鏡の反射越しに、同じモニターを映し出した。

 

 その瞬間。

 

 千鶴の目つきが、スッと鋭くなる。

 

「何か見えますか?」

 

 久我が尋ねた。

 

「……はい」

 

 千鶴の目に映っていたのは、画面から這い出してくる化け物などではなかった。

 

 線だった。

 

『administrator_2』の表示の奥から、細い黒い線が何本も伸びている。

 

 それは一本ではない。

 

 複数の黒い線が、

 

《管理人》のページ。

 

 管理地図。

 

 過去の記事キャッシュ。

 

 管理者一覧。

 

 それらを複雑に結びつけている。

 

「これ、コンピューターのネットワークじゃありません」

 

 千鶴が言った。

 

「何がです?」

 

 分析担当の職員が聞き返す。

 

「この繋がりです。データが通信しているようには見えません。もっと別の……」

 

 千鶴は鏡を微かに傾ける。

 

「何かが、これら全部を『同じもの』として括っています」

 

 分析担当がモニターを見つめる。

 

「システム上は、これらの間にそんな処理はありません」

 

「でも、反射の中では全部繋がっています」

 

 別々に発生しているように見えた異常。

 

 そのすべてに、同じ黒い線が通っていた。

 

       *

 

「次は管理地図をお願いします」

 

 かれんの指示で、千鶴が鏡の角度を変えた。

 

 肉眼で見る地図には、停止した小さな黒点が一つ。

 

 だが、鏡越しでは違う。

 

 黒点から、細い黒線が長く伸びている。

 

「これ、何かがいる場所じゃありません」

 

 千鶴が言った。

 

「場所じゃない?」

 

「この線の先端です」

 

 千鶴は鏡の中の黒点を指す。

 

「何かが宮原さんへ向けて伸ばしているもの。その先が、地図では点として見えているんだと思います」

 

 久我が眉を寄せた。

 

「じゃあ、黒点そのものが施設の中を歩いてたわけじゃない?」

 

「少なくとも私には、そうは見えません」

 

 それなら、現実の廊下をどれだけ調べても何も見つからなかったこととも矛盾しない。

 

「でも、どうして管理地図に表示されたんでしょう」

 

 分析担当が尋ねる。

 

「そこまでは分かりません。ただ……」

 

 千鶴は少し考えた。

 

「宮原さんが、怪異の場所を整理するために使っていたものなんですよね?」

 

「はい」

 

「なら、宮原さんが『場所を管理するもの』として強く認識していたから、そこへ現れた可能性はあると思います」

 

「宮原さん自身の管理方法を利用した?」

 

「可能性の話ですが」

 

 千鶴は断定しなかった。

 

       *

 

「次。《管理人》のページです」

 

 画面には、

 

『宮原悠斗』

 

 とだけ表示されている。

 

 千鶴が反射越しに確認する。

 

 文字の周囲。

 

 黒い札のような輪郭が、べったりと重なって見えた。

 

「名前が書いてあるだけじゃありません」

 

「どういう意味です?」

 

「宮原さんと、この《管理人》というものが繋がっています」

 

「繋がってる?」

 

「はい。宮原さんが、ここの『管理人』という役割に括りつけられているように見えます」

 

 久我が、先ほどまでの検証を思い返す。

 

「だから、管理者権限を付けた時だけ黒点が動いた?」

 

「そう考えることはできます」

 

 宮原が一般ユーザーとしてログインしていた間、黒点は動かなかった。

 

 同じアカウントへ管理者権限を付与すると動き出し、権限を外せば止まった。

 

 千鶴の観測結果は、その現象とよく噛み合う。

 

「相関は確認できています」

 

 かれんが言った。

 

「ただし、コンピューター上の管理者権限そのものと、この《管理人》という役割が同一だとは断定しません」

 

「はい」

 

 千鶴も頷く。

 

「私に見えるのは、繋がっているということだけです」

 

       *

 

 そして本命。

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 千鶴が鏡越しに表示を凝視する。

 

 瞬間。

 

 鏡を持つ手が、わずかに後ろへ下がった。

 

 久我がそれを見逃さなかった。

 

「何が見えました?」

 

「……こっちを見ています」

 

 千鶴の声が低くなる。

 

「誰が?」

 

「分かりません」

 

 黒い線が、administrator_2の表示のさらに奥で、一点へ収束している。

 

 薄い隙間。

 

 あるいは、針で開けたような小さな穴。

 

 その向こうに何かが存在している。

 

 輪郭までは見えない。

 

 ただ、こちら側へ繋がっていることだけは分かる。

 

「これは、アカウントには見えません」

 

 千鶴が言った。

 

「向こう側へ繋がった穴みたいなものです」

 

 分析担当の職員が、息を呑む。

 

「……じゃあ、システムがその異常を『管理者がログインしている状態』として表示しているだけ?」

 

「私には、そう見えます」

 

 分析担当が、もう一度ログを見る。

 

 アカウント作成記録なし。

 

 認証記録なし。

 

 接続記録なし。

 

 それでも表示だけは、

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 のままだ。

 

「だから、ログが何もないのか……」

 

       *

 

「見えるなら、接続を切れます?」

 

 久我が尋ねた。

 

 千鶴はしばらく鏡の奥を観察する。

 

「切るだけなら、たぶんできます」

 

「切るだけでは足りません」

 

 かれんが答えた。

 

「切断して逃がせば、別の場所から再接続される可能性があります。可能なら、ここで捕獲します」

 

 久我が千鶴を見る。

 

「できます?」

 

「……今の細さのままだと、途中で切れると思います」

 

「じゃあ?」

 

「もう少し、こちらへ引き出せれば」

 

 かれんは即座に判断した。

 

「捕獲します」

 

       *

 

 杖原が解析室内部を再確認し、結界を追加した。

 

 安全が確保されたところで、千鶴も室内へ入る。

 

 かれんが全員へ指示を出した。

 

「千鶴さんは接続先を見失わないでください。杖原さんは、千鶴さんが示した方向を順次封鎖。久我さんは、こちら側へ現れたものを確保してください」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

「はい」

 

「分析担当は、怪異がこちら側への接続を強めるよう、システム上に餌を作ってください。ただし、生身の人間には一切紐付けないでください」

 

「ダミーの管理者アカウントを作ります」

 

 分析担当が答えた。

 

「完全な架空アカウントです。『administrator_test』で作成します」

 

 宮原本人を再び管理者へ戻すことはしない。

 

 すでに十分な検証に協力している。

 

 これ以上、彼を危険へ晒す理由はなかった。

 

       *

 

 千鶴は解析室内にある反射面を確認していく。

 

 持参した小型鏡。

 

 モニターのガラス。

 

 防音扉の観察窓。

 

 スチールキャビネットの金属面。

 

 それぞれに映る黒い線の位置を確認しながら、杖原へ指示を飛ばす。

 

「そこ。モニターの右側です」

 

「ここ?」

 

「もう少し下です」

 

 杖原が示された位置へ結界を重ねる。

 

「次は観察窓の方にも伸びています」

 

「分かった」

 

 現実側から見れば何もない。

 

 だが千鶴には、逃走しようとした場合に黒い線がどの方向へ伸びるのかが見えている。

 

 一つずつ。

 

 杖原が、その先を潰していく。

 

「準備できました」

 

 千鶴が告げた。

 

 久我が両腕へ《血装》を展開する。

 

「こっちも」

 

 かれんが分析担当を見る。

 

「開始してください」

 

       *

 

 エンターキー。

 

 ダミー管理者『administrator_test』が作成される。

 

 即座に異常が起きた。

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 表示が激しくちらつく。

 

「反応しました!」

 

 分析担当が声を上げる。

 

 地図上。

 

 止まっていた黒点が、突然大きく移動した。

 

 宮原のいる方向ではない。

 

 地図上を激しく跳ねるように動く。

 

「逃げようとしています!」

 

 千鶴が叫んだ。

 

「どっちへ?」

 

 杖原が構える。

 

「右。モニター側!」

 

 黒い線が、千鶴の鏡の中で急激に伸びる。

 

「封鎖!」

 

 かれんの声。

 

 杖原が即座に結界を重ねた。

 

 黒い線が弾かれる。

 

「次、観察窓!」

 

 千鶴の指示。

 

 杖原が先回りする。

 

 また弾かれる。

 

 モニターでは、

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 の文字が狂ったように明滅していた。

 

《管理人》ページの『宮原悠斗』にもノイズが走る。

 

 黒点が激しく震える。

 

 逃げ道を探しているようにしか見えなかった。

 

       *

 

 そして。

 

 初めて、久我の《魔眼》にも異常が見えた。

 

「……見えた」

 

 鏡面の一つから、細い黒い糸の束が這い出してくる。

 

 今まで千鶴にしか見えていなかった線が、急激に太くなり、こちら側へ形を持ち始めていた。

 

 糸の先。

 

 巨大な怪物ではない。

 

 人間の形でもない。

 

 手のひら二つ分ほどの、黒い塊。

 

 節足動物にも、くしゃくしゃに丸められた紙屑にも見える。

 

 何十枚もの黒い紙片のようなものが折り重なり、カサカサと蠢いていた。

 

 脚にも見える細い突起の表面へ、一瞬だけ文字列が流れる。

 

 URL。

 

 座標。

 

 時刻。

 

 ページ名。

 

 記事番号。

 

 閲覧記録らしき断片。

 

 次々と現れては消えていく。

 

「……気持ち悪いな」

 

 久我が思わず呟いた。

 

 一連の異常はネットやWikiを通して現れていた。

 

 しかし、目の前に出てきたものは、単なる電子データではなかった。

 

       *

 

 黒い塊が一気に飛び出した。

 

「右!」

 

 千鶴の声。

 

 久我が《血装》を纏った両腕を伸ばす。

 

 黒い糸の束を、真正面から掴んだ。

 

 手応えがある。

 

「捕まえた!」

 

 怪異が久我の手の中で激しく暴れた。

 

 触れた瞬間、無数の映像がノイズのように久我の意識を掠める。

 

 ホテル。

 

 公衆電話。

 

 終電。

 

 非常口。

 

 Wikiに保存されていたページの断片。

 

「っ……!」

 

 久我が顔をしかめる。

 

「久我さん!」

 

「大丈夫。見えてるだけです!」

 

 怪異の一部から、一本の黒い糸が千切れる。

 

 近くのモニターへ伸びた。

 

「左のモニター!」

 

 千鶴が即座に見抜く。

 

 杖原が結界を重ねた。

 

 黒い糸が弾かれる。

 

「次、床側!」

 

 さらに別方向へ伸びようとした線も、千鶴の指示を受けた杖原が封じる。

 

 行き場を失った黒い糸は、空中で数度震えた後、引き戻されるように久我が掴んでいる黒い塊へ戻っていった。

 

「逃げ道、ありません!」

 

 千鶴が断言する。

 

       *

 

 八咫烏職員が、怪異性物質を保管するための封印容器を持ち込んだ。

 

「久我さん、そのまま!」

 

「はい!」

 

 久我が暴れる黒い塊を押さえつけ、そのまま容器の中へ押し込む。

 

 黒い糸が最後の抵抗を見せる。

 

「上!」

 

 千鶴。

 

 杖原が結界を重ねる。

 

 逃げ場を失った怪異が、完全に容器の中へ収まった。

 

 蓋。

 

 ガチャン。

 

 重い音。

 

 杖原が即座に封印を固定する。

 

「封鎖完了」

 

 室内に、静寂が戻った。

 

       *

 

 同時に。

 

 解析室のモニターから、

 

『administrator_2 ONLINE』

 

 の表示が消えた。

 

 管理者数。

 

『2』

 

 から、

 

『1』

 

 へ戻る。

 

 管理地図。

 

 黒点が消える。

 

 そして。

 

《管理人》

 

『宮原悠斗』

 

 その文字が、輪郭からゆっくりと薄れていく。

 

 完全に消えた。

 

 残ったのは、何も書かれていない真っ白なページだけだった。

 

 分析担当が、データとログを確認する。

 

「……本文データ、空白。表示も空白です」

 

 何度か再読み込みする。

 

 変化なし。

 

「一致しています」

 

 職員が長く息を吐いた。

 

「初めて、データと画面の表示が一致しました」

 

 久我が千鶴を見る。

 

「終わった?」

 

 千鶴は鏡を使って室内をもう一度確認する。

 

 黒い線。

 

 なし。

 

 《管理人》ページへの接続。

 

 なし。

 

 封印容器へ視線を向ける。

 

「宮原さんへ繋がっていたものは、全部この中です」

 

 そして、はっきりと言った。

 

「少なくとも、宮原さんを追っていたものは捕まえました」

 

       *

 

 保護区画。

 

 宮原は当然眠れずに待っていた。

 

 久我、かれん、千鶴が部屋へ入る。

 

「捕まえましたよ」

 

 久我の第一声に、宮原は呆然とした。

 

「……何を?」

 

「それはまだ、こっちもよく分かってません」

 

 久我が苦笑する。

 

「でも、あなたを追っていた何かは、捕まえました」

 

 かれんがタブレットを見せる。

 

 管理地図。

 

 黒点なし。

 

《管理人》

 

 空白。

 

 administrator_2。

 

 消失。

 

 宮原は、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。

 

「……本当に、消えてる」

 

 ようやく。

 

 その肩から、力が抜けた。

 

       *

 

「じゃあ、これで俺、家に帰れますか?」

 

 宮原が期待を込めて尋ねる。

 

「まだです」

 

 かれんは即答した。

 

「……ですよね」

 

 宮原が力なく笑った。

 

 再発の確認。

 

 宮原自身の身体・精神状態の確認。

 

 自宅の安全確認。

 

 提出された端末類の再調査。

 

 少なくとも数日は、八咫烏の保護下へ置かれることになる。

 

「Wikiについてですが」

 

 かれんが続けた。

 

「今後、あなたが再びこのWikiを管理・運営することは認められません」

 

「……はい」

 

 宮原は反論しなかった。

 

「もう、再開しません」

 

 Wikiのデータは、証拠と危険情報として八咫烏側で保全される。

 

 一般公開は終了。

 

 そこに蓄積されていた怪異の発生条件や被害情報のうち、検証できるものについては八咫烏内部で整理していく。

 

「集めた記録そのものには、これから役立つものもあると思います」

 

 久我が言った。

 

「でも、誰でも見られる場所に出していい情報じゃなかった」

 

「……はい」

 

 宮原は、小さく頭を下げた。

 

       *

 

 捕獲した怪異の暫定調査が始まった。

 

 封印容器の中。

 

 黒い紙片のような塊は、今のところ大きな動きを見せていない。

 

 呼びかけにも反応しない。

 

 八咫烏の分析班が現時点で確認できたのは、限られたことだけだった。

 

 Wikiのデータや表示へ、通常のシステム処理では説明できない干渉を行っていた。

 

 宮原が管理者として活動する状態に反応していた。

 

 宮原の位置を追う現象と接続していた。

 

 そして千鶴の《神鏡返し》では、Wiki内の複数の異常と怪異本体の間に、同じ黒い接続が確認された。

 

 一方。

 

 いつ宮原へ接続したのか。

 

 何者かが意図的に送り込んだのか。

 

 有料怪異サイトから来たものなのか。

 

 それとも大量の怪異情報が集積された結果、別の理由で発生したのか。

 

 同じものが他にもいるのか。

 

 何一つ確定していない。

 

       *

 

 分析担当が、捕獲時の映像を一コマずつ確認していた。

 

 怪異の表面には、捕獲直前まで大量の文字列が流れていた。

 

 URL。

 

 座標。

 

 Wikiのページ名。

 

 閲覧履歴。

 

 封印後。

 

 それらの表示は、ほとんど消えた。

 

「……これだけ、残ってます」

 

 職員がモニターを拡大する。

 

 黒い紙片の一部。

 

 そこに、一行だけ。

 

 消えずに残っている文字列があった。

 

『記録された情報は、管理人へ引き継がれます』

 

 宮原の保存データに残っていた、有料サイトの古い記事。

 

 そこに書かれていたものと、一言一句同じ文章だった。

 

「Wikiから一時的に拾った文字列なら、他と一緒に消えていてもおかしくありません」

 

 分析担当が言う。

 

「でも、これだけは怪異本体に残っています」

 

 かれんが封印容器を見る。

 

「有料サイトとの関連性は、高いと見ます」

 

「じゃあ、向こうが意図的に宮原さんを新しい『管理人』にした?」

 

 久我が尋ねる。

 

「そこまでは言えません」

 

 かれんは首を横に振った。

 

 サイト運営者が怪異を送り込んだのか。

 

 サイトの仕組みそのものに何かが紐付いているのか。

 

 怪異側が有料サイトを利用しているだけなのか。

 

 そもそも運営者が人間なのか。

 

 まだ分からない。

 

 久我は封印容器を見下ろした。

 

「今まで、こっちがあのサイトを覗いてるつもりだったんですけどね」

 

「はい」

 

「向こうも、こっちを見てたのかもしれませんね」

 

 誰も否定しなかった。

 

       *

 

 事後処理が一段落し、張り詰めていた空気がようやく少しだけ緩んだ。

 

 宮原の保護室。

 

 千鶴も、ずっと引き締めていた表情を崩し、ようやく普通の高校生らしい顔へ戻っていた。

 

 宮原が、ベッドの上でふと深刻な顔をする。

 

「……俺、会社には何て説明して休めばいいんですかね」

 

 久我が、思わず目を瞬いた。

 

「今、心配するところそこですか?」

 

「無断欠勤、これで二日目なんです」

 

 宮原は本気だった。

 

 久我の表情が、一瞬にして社会人のそれへ変わる。

 

「ああ……それはかなりまずいですね」

 

「八咫烏側から会社へ連絡します。必要な処理もこちらで行います」

 

 かれんが事務的に答える。

 

「お願いします。本当に。クビになったら生きていけません」

 

 宮原が深く頭を下げた。

 

 千鶴が呆れたように久我を見る。

 

「久我さん」

 

「はい」

 

「得体の知れない怪異に追われて、命からがら警察へ出頭して……最後に一番心配するのが、会社の無断欠勤なんですね」

 

「会社員って、そういうもんですよ」

 

 久我は遠い目で答えた。

 

       *

 

 宮原は、ようやく安心したようにベッドへ横になった。

 

 数日ぶりに、まともに眠れそうだった。

 

 久我たちは静かに保護室を退出する。

 

 無機質なコンクリートの廊下。

 

「これで、終わりですか?」

 

 千鶴が尋ねる。

 

「宮原さんを追っていた件については、終わりです」

 

 かれんが答えた。

 

「そこだけ限定されるんですね……」

 

 久我がため息をつく。

 

 廊下の向こう。

 

 八咫烏の職員たちが、小さな封印容器を厳重な保管区画へ運んでいく。

 

 中に収められた黒い紙片状の怪異は、完全に沈黙していた。

 

 もう、動かなかった。




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