TS転生強化人間少女が全方位曇らせて死ぬ話 作:絡音1024K
希望という言葉が嫌いだった。そんなものがあるから人は不幸になるのだと考えていた。
身体に力が入らなくなる。前を見ようとしても、ぼやけた視界は元に戻らない。
意識がはっきりしているのは、改造された神経網のおかげだろうか。
そんなどうでもいいことを、死の瞬間だというのに考えてしまう。
やっぱり私は希望というものが嫌いだ。希望を持たなければ、この死だって怖くなかったのに。
死ぬのは嫌だ。まだ生きていたい。そう思ったのに。
意識を暗闇が侵食する。
あの人たちは今何を言っているのだろう。闇に染まった視界と高音で埋め尽くされた耳の奥は、もはや外界のことを一片も教えてはくれない。
黒に染まっていく意識の中で、大切な人々の顔が繰り返し浮かぶ。
嫌だ。
まだ生きていたいのに。まだ何もできていないのに。そんな願いを無視して、暗闇はどんどん広がっていく。
最後に考えるのは大切な人のこと、友人のこと。
思い出すのは、地獄のような人生とその最後に訪れた希望。私の一生の記憶────
***
私──B型強化人間九号は転生者である。
前世の記憶を抱えたまま、近未来ロボットSFの世界に、女として再び生を受けた。
多くの人間はこう思うだろう。転生したら、今よりもずっと恵まれた環境で、新しい人生をやり直せるのではないか──と。
だが、そんな幻想は、最初の一歩で粉々に砕け散った。
人類が宇宙に進出して既に2世紀の時が過ぎ、技術的にも安定した基盤が築かれている。世界は大宇宙時代であった。
しかし、地球を中心として築かれた巨大国家、星環圏は依然として大きな問題を抱えていた。
地球という首都から離れるにつれて、やはり広大な国家というものは統治が難しいもので、簡単に無能がトップに立てたり、あるいは汚職が発生したりする。
そんなガバナンスが崩れた地方の政治が上手くいくはずもなく、親に捨てられた孤児がコロニーに溢れ、人買いや汚職が横行し、しまいには賄いきれなくなった人口をボロ宇宙船に放り込んで最低限の酸素で放流するという悪習までできた。
そんなボロボロの地方コロニー、木星圏に建造された『カリスト3』が私の生まれ故郷だ。
育てきれなくなった親に捨てられたのだろう。転生というものを自覚した時から、私は路地裏を彷徨うストリートチルドレンだった。
他の地方コロニーの例に漏れず、そこも大変にひどい場所だった。木星圏自治政府は完全な機能不全に陥って、その中でも辺境のカリスト3ともなるとそれは想像を絶するほどのひどい有様である。
食料を輸入する財力もないとなれば、口減しを兼ねて人買いならぬ人喰いが始まるほどで、酸素も食料も水も、安全でさえどこにも存在しない、最早終末世界と見紛うほどの地獄が形成されていた。
そんな地獄に、彼らは乗り込んできた。
ヴァージュ機関。表向きにはティタノ・インダストリーという木星圏を基盤とする巨大企業だが、その裏の顔は自社の兵器を売るためなら意図的に紛争を起こすことも躊躇わない死の商人だ。
正確に言えばティタノ・インダストリー自体がヴァージュ機関という秘密結社の下部組織であり、機関に利益をもたらす事業にある程度合法的に踏み込むための隠れ蓑というところである。
極限状態の住民達は知らないことだが、木星圏自治政府がカリスト3を無人コロニーと断定し、完全に切り捨てたのがその3ヶ月前。木星圏自治政府と太いパイプを持っていたヴァージュ機関の関与もあったのだろう。
ともかく、ヴァージュ機関はカリスト3を違法な改造実験の被験体の山として使った。
体力のない大人はその場で皆殺しにされ、体力のある者や女は鉱山衛星での強制労働か娼館に送られた。
そして、機関が最も使いたがったのは子供だった。全身の神経系を量子神経網に置換することで人間の演算能力と反応速度を極限まで上げる『バイオノード計画』。発達途上の子供の脳を、ヴァージュ機関は欲していた。
カリスト3から集められた1000人を超える子供の中で、神経置換手術に耐えられたのは私含む12人だけ。その中でも、拒絶反応を起こさずに安定した状態を保てた──要するに、生き延びることができたのは私ただ1人だけである。
本当の名前など最初からないため、私を指す言葉は『B型強化人間九号』あるいは便宜上の名前である“ナイン”であった。
『九号。出ろ』
独房のような白い部屋が私の居場所だった。
初めてその部屋から出されたのは、手術の経過観察が終わった7日目の──時間帯は覚えていない。外の世界を見ることのできない部屋だったし、それ以前にスペースコロニーの昼と夜の概念は曖昧だ。
それはともかく。
合成音声、いやボイスチェンジャーか?そんな無機質な声に従い、私は部屋の外へと出る。
ぺたり、ぺたりと、裸足で歩く音が真っ白い廊下に響く。部屋を出た私の左右に、見たこともないSFチックな銃──ブラスターと呼んだ方がいいだろうか──を持った全身武装の兵士がついて、私をどこかへ連行していく。真っ白な装甲服は某有名SF映画の兵士を想起させた。
『ここだ。入れ』
私が真っ暗な部屋に入ると、装甲服の兵士が後ろでドアを閉める音がする。不気味な暗さと沈黙の中、私は立ち尽くしていた。
数秒して、明かりがつく。
正面に、少女が立っていた。10歳前後だろうか、私と同年代。相手も、この状況に戸惑っているようだった。
『B型九号、F型七号。殺し合え』
無機質な声が命じる。私も相手も咄嗟には動けなかった。だが、私の強化された神経系による目が、耳が、鼻が、他の感覚器が、そして頭脳がすぐにこの場の最適解を作り出した。
──そうだ。殺さなければ。
天井に取り付けられた謎のダクトと、壁に染み付いた危険な匂いが、指示に従わなかった場合の私の運命を暗示していた。
──殺さなければ、殺される。
感情の介入しない演算が導き出した最適解。相手を殺し、この場を生き残る。
私は、それを実行した。
「げほ…っ」
相手の少女の腹に、私の拳がめり込む。神経置換手術の時に身体も改造されたのだろう。幼い少女の細い腕から出たとは思えない威力は、相手を吐血させ動きを止めるのには十分だった。
「やっ………やめて………」
倒れ込んだ少女の身体を、私は効率的に破壊していく。どこを殴れば致命傷になるか、どのように身体を使えば効率的に相手にダメージを与えられるか。この状況に、私の強化された頭脳は即座に最適なアンサーを与えてくれた。
数分後、相手の少女は声も出さず、ただ震えるだけになっていた。相手という驚異は去ったが、指示に従わなければきっと殺される。だから──
私は細い指を、動けなくなった少女の首にかけ、そして──
私はその日初めて、人を殺した。
それから4年。厳しい訓練を乗り越えて、私は一応正式にヴァージュ機関のエージェントになった。
もちろん、監視付きで。だが。
『カーディナルストレーガ』。それが私に与えられたコードネームだった。真紅の魔女、という意味らしい。
エージェントとなってから、地獄の日々が始まった。訓練での殺し合いや痛覚耐性訓練という名の拷問も地獄だったが、ヴァージュ機関へ不利益をもたらす組織に対する破壊工作や裏切り者の粛清の任務もまた地獄だった。
宇宙空間に、重粒子ビームの光が交差する。
ここは木星圏のある場所。ティタノ・インダストリー傘下の企業の一つが保有する軍港だ。
彼らは傭兵──MBを使用した戦闘を職業としていた。
Mortar Breaker。宇宙用の人形汎用有人戦闘兵器の総称だ。目の前のMBはティタノ・インダストリー製の『ディエガ』。歴戦の傭兵がパイロットということもあってなかなか動きがいい。
相手のMBは遠距離攻撃が当たらないと判断して、近接武装を抜く。こちらも剣を抜き、攻撃を受け止める。
宇宙空間での破壊工作や戦闘をメインの任務とする私は、当然ながらMBの操縦訓練を受けている。強化された反応速度と演算速度もあり、少なくともこれまでは敗北したことはない。
「“セルヴス”」
私の入力と共に、私の乗るMB『ディマギア』の背面から遠隔攻撃端末──『セルヴス』が展開される。セルヴスは私の強化された演算能力で完全にマニュアル操作され、敵機に突き刺さる。
私と斬り合っていたディエガの胴体にセルヴスの刃が突き刺さり、相手は呆気なく、完全に沈黙した。
「次から次へと、キリがない」
彼ら、カークスPMCは元々ヴァージュ機関の兵力の中核を成す民間軍事会社だった。
しかし、彼らはヘマをした。破壊工作にしくじり、目撃者を出してしまったのだ。星環治安維持機構に尻尾を掴まれるのも時間の問題だった。
だからヴァージュ機関はその尻尾を強引に切り落としにかかった。そのために派遣されたのが、私だ。
セルヴスを動かし、複数のディエガを一瞬のうちに片付ける。演算能力をフルに使って、先読みレベルで相手の動きを予測する。シンプルな操縦技能に加えて、私は相手の動きを演算できる。セルヴスの存在もあり、複数を相手取ることは得意だった。
「これで、終わりか」
最後の一機の移動先を演算し、ライフルを放てば爆発の炎が上がる。カークスPMCの精鋭MB部隊は、5分も持たずに全滅していた。
残りは楽な作業だった。宇宙港に停泊している戦艦に重粒子ビームを撃ち込み破壊していく。資源採掘用小惑星に建造された小規模コロニーで、カークスPMCが単独で使用していたということもあり、目撃者はいない。──いたとしても少数なら消されるだろう。
MBと戦艦の完全破壊を報告すると、別の特殊部隊がコロニーに突入していくのが見えた。彼らは生き残りを隅々まで探し、カークスPMCの存在をこの世界から消す。
そして、ヴァージュ機関の別の部署がこの殲滅作戦を“不幸な事故”に書き換え、隠蔽するのだろう。
私には“首輪”がつけられていた。割と文字通りに。
首にいつも着けている──というか外せないのだが──黒いチョーカー。これは超小型の爆弾になっていて、監視役の持つスイッチ一つで宇宙のどこにいても爆発する。
首元で小型爆弾が爆発したら、まあまず間違いなく、死ぬ、だろう。
命令に従わなかったり、あるいは逃亡を企てようとしたら即座にドカンだ。私の命は組織に完全に握られていた。
生き残りが出ないように、入念に全てを燃やして離脱する。きっと、彼らは死体も残らない。この世にいたということすら抹消されるかもしれない。
私の心は、次第に死んでいったのだと思う。この凄惨な光景に、もはや何も心は動かなかった。
『よくやったね。君は素晴らしい駒だ。』
目の前の画面の中で、子豚のマスコットが踊る。コミカルな加工音声との可愛らしいマスコットで隠しきれない邪悪さを持ったこの男が、ヴァージュ機関のトップ。絶対に本名ではないが、ポルコ・カイザーを名乗っている。
『血に汚れた手でも任務を果たす限りは価値がある。しかし、この顔なら別の任務も……ブヒッ』
正直、こいつは人間の屑だ。
私の顔は、無駄に整っている。世間一般で言われる美少女そのものだ。身体も、決して肉付きがいいとは言い難いが整っている。スレンダー系と言うのだろうか。しかし、ポルコの言う別の任務──大体想像ができるが、それはやはり拒否感があった。
──まあやれと言われたら私に拒否権はないわけだが……
ポルコの豚のような笑い声を多分に含んだ話を話半分で聞き流し、わたしの任務は終了する。
その後に連れて行かれたのは、複数のカプセルが並んだ白い部屋だった。コールドスリープのカプセルに繋がれて、私は任務の時にだけ覚醒した。
目覚めるたびに技師は年老いていった。カレンダーを見れば、いつの間にか3年が経っていた時もある。
私は死にたくなかった。死なないためには、組織の命令に従って人を殺すしかなかった。例え、ただのモノとして扱われていたとしても。それが、私の全てだった。
コールドスリープで意識が暗闇に沈むどこか心地よい気分の中で、いつ醒めるか分からない眠りへと、私は落ちていく────