TS転生強化人間少女が全方位曇らせて死ぬ話   作:絡音1024K

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#2:Play a Part-01

 水槽のようなカプセルの中、水──正確には水ではない特殊な液体だが──の中で、私の意識は浮上した。

 

 

 

 ──ああ、また任務か。

 

 

 

 この光景はもう何回も体験している。コールドスリープ、その目覚めの光景だ。

 

 

 技師の老化の程度から年代を測ろうとしたが、できなかった。コールドスリープの技師が交代していたからだ。

 

 

 寿命が来たのか、それとも粛清されたのか。前者だと信じたい。それなりに年老いていたし。

 

 

 

 カプセル内の排水が終わり、カプセルの扉が開く。横倒しになっているカプセルから起き上がるようにして出ると、いつものようにシャワールームに向かおうとして──

 

 

 

「シャワールームは、こちらです」

 

 

 

 技師に声をかけられた。よく見ると、部屋のレイアウトが変わっている。いや、別の部屋に移されたのだろう。カレンダーを見る機会ができたら確認した方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

『寝起きの気分はどうだい?僕の可愛いカーディナルストレーガ』

 

 

 

 シャワーが終わると、すぐに指示が待っていた。ポルコ・カイザーのねっとりとした喋り方は何度聞いても慣れない。私は一言だけ「良好です」と返しておいた。

 

 

 

『ふむ…まあいい。君がぐっすり眠っている間に少し事件が起きてね。君の監視役も交代になった。指揮系統も私の直属から彼の方に切り替わった。まあ彼に可愛がってもらうといい』

 

 

 

 相変わらず気持ち悪い奴だ。事件、というのはきっと、そこまで小さいものではないのだろう。コールドスリープの部屋も変わり、監視役も変わる。まあ、私には関係のないことだが。

 

 

 

『誰の管轄下でも、君は僕の下にいることを忘れないように』

 

 

 私が部屋を出る時に、ポルコがねっとりと言った。やはり私はこいつが生理的に嫌いだ。

 

 

 

 

「君が、B型強化人間九号か」

 

 

 新しい監視役の男は、スタール・ゼンクセイと名乗った。身長は高くも低くもない痩せた男で、どこにでもいるようなパッとしなさである。ただ、眼光は鋭かった。

 

 

 何回か交代した監視役の中でも、彼は少し特殊だった。普段の監視役は監視と言っても普通は兵士にやらせるか、直接対面しても覆面を着けていたからだ。その点、堂々と生身の顔を晒している彼には、少し好感が持てた。

 

 

 

「今回の任務はこれまでと違い長期戦になる。そのためには、相応の準備をする必要がある」

 

 

「はい」

 

 

「つまり、普通の女子学生になってもらう」

 

 

「はい。……はい?」

 

 

 任務用の敬語から、少し崩れてしまう。あわてて取り繕いつつ、私は彼に説明を求めた。

 

 

 

「今回の任務は、──星環調和機構の情報収集だ」

 

 

 

 情報収集?

 

 

 少し疑問が生じる。私の肉体年齢は16歳前後。星環調和機構と言えば国家の枠組みから独立した平和維持組織。私のような子供がおいそれと入れる場所ではない。

 

 

 それに私の普段の任務はMBによる戦闘。戦闘向けの強化人間の私が情報収集任務というのは少しズレを感じる。

 

 

 

「疑問に思うのも無理はない。君は戦闘用の強化人間で、しかも子供だ」

 

 

 

 私の疑問を完全に読んだかのようにスタールが言う。肉体が子供なのは事実だが、他人に言われると少しムッとする。

 

 

 スタールは続けた。

 

 

 

「君にはまずセントラル・アリシア学園に潜入してもらう。教員を兼任している調和機構の上級エージェント、ダグラス・シュテンバーグに接近することが目標だ」

 

 

 

 セントラル・アリシア学園。私も耳にしたことがあるほどの規模を持つ星環圏随一の教育機関だ。教える分野は多岐に渡り、確かMBの操縦訓練などもカリキュラムにあったはずだ。

 

 

 なるほど。学園に潜入するなら子供の方が怪しまれないし、──自分で言うのもなんだが優秀な人間の方がいいのだろう。多少は納得した。

 

 

 とはいえ、だいぶ長期戦になりそうだ。その間の任務は誰がやるのだろう。

 

 

 

「──まあ、少なくとも学園にいる間は別の任務も並行してやってもらうがな」

 

 

 

 この組織、ブラックだ。悪の組織にホワイトもブラックもないだろうが、労働環境は劣悪と言って間違いないだろう。

 

 

 スタールが退出した後で、私はバレない程度に大きくため息をついた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 次元航行トンネルを抜ける。窓の外の景色は、異次元空間のなんとも形容し難い光の乱流から黒い背景に星が見えるいつもの宇宙空間に変わっていた。

 

 

 

 

 任務のために与えられた個人用宇宙船のモニターを見れば、目的地到着まであと2分と表示されている。自動操縦に身を任せて出発から10分ほど。目の前に、広い宇宙でも珍しい水の星が見えてきた。

 

 

 

「地球、か」

 

 

 

 いくら木星圏から地球までが次元航行トンネルの整備によって15分かからない距離だとはいえども、私が地球を訪れるのは初めてのことだった。

 

 

 なぜかって?

 

 

 単純に星環圏の中枢に近づけば当然警備も厳しくなる。いくらヴァージュ機関が巨大な組織といえども、中央政府に真っ向から喧嘩を売れるほどの力はない。暗殺任務も、基本的には次元航行トンネルの入り口に入る前を狙うものだ。

 

 

 それはともかく。

 

 

 初めての地球行きは他の惑星を訪れるのとそう変わらず、大きな感動はなかった。かなり古い造りの軌道エレベーターに接続し、宇宙船ごと地球の重力の中に降りていく。コロニーの人工重力や惑星の調整重力とは違う本物の重力も、感じ方は同じだった。

 

 

 遊びに来たのではない。長期の潜入任務のために、私はここに派遣された。

 

 

 首のチョーカーを撫でる。いくらヴァージュ機関の手が及ばない地球と言っても、この首輪はいつでも私を縛っている。私はまだ死にたくない。何か救ってくれる希望があるわけではないが、私が無意味に死んだら、今まで殺めた命が無駄になってしまうから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球、セントラル・アリシア学園。星環圏全体から人の集まる巨大教育機関だ。初等教育から博士課程まで全ての教育課程が詰まった学舎は過剰なまでに広大で、太平洋上に建造された軌道エレベーターの周辺、人工の陸地の上に建っている。

 

 

 通信技術やバーチャル空間の発達で通信教育が一般化している星環圏で、対面での教育を行う教育機関は珍しく、公的なものは両手の指で数えられる程度しか存在しない。それらも基本的には全ての教育課程を集約した機関である。

 

 

 

 無縁だと思っていた学校生活。出生から数えた実年齢は40を超えているが、肉体年齢は16歳。高等部に編入で違和感はないはずだ。

 

 

 

「ナイン・ゼンクセイ、ね」

 

 

 偽造された身分証を眺めながら、軌道エレベーターの基部に広がる木の根状に張り巡らされた都市をレールに乗って移動する。

 

 

 私に与えられた偽名は安直さと意外さが合体したようなものだった。

 B型強化人間九号でナインというのは以前から便宜的に呼ばれていたものだし、よく使われていた偽名だった。

 

 

 その分ゼンクセイのファミリーネームが目立つ。特定の誰かと同じ姓を与えられたことは任務の中では一回もなかった。

 しかも、ファミリーネームだけでなく身分登録もスタール・ゼンクセイの娘となっている。これまでの任務ではわざわざ親まで設定することはなかったのに、だ。

 

 

 スタールという男には私のような美少女を娘にしたいという願望でもあったのだろうか?

 あいつはロリコンを超えたヤバいやつなのかもしれない。

 

 

 

 そんなことを考えていると、車両の扉がゆっくりと開いた。どうやら到着したようだ。

 

 

 

 

 純白の建造物が立ち並び、少し眩しいようなエリアが目の前に広がっている。そこはまるで別世界であった。

 

 

 

 流石は星環圏最大の都市、たくさんの人が歩いている。

 大半は学生といった年齢で、それゆえに少し騒がしい。

 

 

 正直、居心地が悪い。任務で潜入することがあってもここまでの人口密度の中に入ったことはなかった。

 

 

 それに、私は少し、目立っている気がする。着慣れない制服のせいだ。

 

 

 

 そもそも、セントラル・アリシア学園は基本的に私服だ。式典用に制服が用意されてはいるが、年に数回戸棚から引っ張り出す程度の使用頻度である。

 

 

 アメリカ式のアカデミックドレスを受け継いだようなガウンと角帽の組み合わせは、明らかに普段使いするものではない。

 

 

 

 

 でも仕方なかったのだ。なぜなら私は私服など持っていないのだから。

 

 

 任務で使う衣装は基本的に組織から支給される。もはや馴染みとなった特殊パイロットスーツは当然として、潜入工作や暗殺任務で使うTPOに合わせたファッション、または変装用の衣装などは全て組織が用意している。

 

 

 なので、私は私服の類を一切保有していない。そこで私は男女兼用の制服なら問題ないだろうと考えたのだ。

 

 

 

 ……正直、その判断をした過去の自分をぶん殴りたい。明らかに浮いているし、注目を集めている。

 

 

 

 足早に学舎へと向かう。正直今すぐにでも私服を買いに走りたいが、ギリギリの到着だったせいでそんな時間もない。

 

 

 せめての抵抗として角帽は外して多少着崩すようにしている。……がそれでもかなり目立ってしまっている。

 

 

 

 組織に私服の支給を依頼しておこう。心の中でそう誓った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「木星圏から来たんだよね?どんなとこなの?」

 

「やっぱり重力強いの?」

 

「部活とか決めてる?」

 

「地球の天然植生興味ない?」

 

「地球初めてなんだって?」

 

 

 

 

 誰か助けてくれ。

 

 

 

 半径2メートルほどに広がった少年少女の輪の中心で、私は脱出の方法を必死に模索していた。

 

 

 強化された頭脳をもってすれば聖徳太子以上の受け答えができるはずなのだが、今の私はあまりの状況にただ慌てることしかできなかった。

 

 

 ……同年代の子供と喋る機会がなかったせいだ。断じて私がコミュ障なわけではない。

 

 

 

 

 

「やっほ〜ナイン〜」

 

 

 

 人に揉まれ混乱する私に助け舟が訪れた。人の輪を開いて1人の少女が私の隣までやってくる。

 

 

 アシェル・ノート。学園での任務を円滑化するために、機関が事前に送り込んだ人間だ。

 

 

 ──そして、組織から離れた学園における私の監視役でもある。

 所属としてはスタールの直下。彼の優秀な目ということだ。

 

 

 

「アシェル、久しぶり」

 

 

 

 同郷の友人という設定に従って返答する。普通の女子高生としてのエミュレートはできているはずだ。

 

 

 普段の私は表情に乏しいと言われる。任務に必要ない部分として切り落とされてきたからだ。ただし、潜入を伴う任務に対応するために組織から演技の訓練も受けさせられている。年相応の少女としての演技もやったことはある。

 

 

 

 ただ、今回のように長期間使用する前提のキャラクターはある程度自分に寄せる方向性にせざるを得ない。

 本来の自分とかけ離れたキャラを演じ続けるのはそれなりに苦痛だ。

 

 

 だから私は『ちょっと表情に乏しくてクールなナイン・ゼンクセイ』のペルソナをかぶることにした。

 

 

 

 ……考え直すと厨二病っぽくて少し恥ずかしいな。

 

 

 

「ほいほい、質問なら私が受け付けるから、散った散った」

 

 

 

 私が困っていることを察したのか、アシェルは人の群れを散らした。

 

 

 ……コミュ強すぎないか?クラスメイトとも既に信頼関係がありそうだ。たった4ヶ月で私にこれができるとは思えない。

 

 

 

「っと、もうこんな時間」

 

 

 

 アシェルに声をかけられて時計を見れば、授業開始の3分前。初回授業から遅刻というのは格好がつかない。

 

 

 初回授業は教室の移動があるから、急ぐ必要がある。

 

 

 私はアシェルと共にロッカーへと走った。

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