TS転生強化人間少女が全方位曇らせて死ぬ話 作:絡音1024K
「ダグラス・シュテンバーグ……」
ゆっくりと、小惑星の陰から様子をうかがう。
現れた薄青の機体、ガランドF型“サマルカンド”。薄青の識別色に混じって黒のラインで飾られたその機体に、私は見覚えがあった。
以前に戦った相手という訳ではない。ただ、『ターゲット』としてそれを知っていた。まさに私の今回のターゲット。長期潜入での接近を命じられた張本人だ。
『調和機構なんて、聞いてないぞ』
『落ち着け、ヴァルツ。やりようはある』
D3部隊がざわついている。調和機構を相手にするのなら、当然の反応だろう。
星環調和機構、その歴史は古い。
星環統合戦争の勃発が80年前。MBが戦闘用に実戦投入されたのもそのタイミング。星環統合戦争の悲劇を2度と起こさない、未然に防ぐために発足したのが星環調和機構である。
本部は地球圏だが、その活動は星環圏全域に渡る。紛争の未然防止──政治的なものから武力行使まで多岐に渡る手段で星間戦争の勃発を阻止すること。そして、恒久平和の実現のためのあらゆる人道的支援を二大理念とし、日々活動している。
国家機関ではあるが地球圏中央政府からは独立を貫いており、活動資金はヒンメル財団を主として受け取っている。
軍事力の保有は最低限を宣言しているが、退役したパイロットの再就職先としても機能しているため、兵士の練度は信じられないほど高い。それこそ、ヴァージュなど比にならないほどに。
まさに正義の味方と言ったところだろう。利益のためではなく、正義のための活動を現実的なラインで行っている。
それと真っ向から敵対する私は差し詰めヴィランか。悲しくなる。
「……D3部隊はターゲットを始末しろ」
『なっ、じゃあ調和機構は──』
「奴らは、私が留め置く」
言うなり、私は真紅の機体を踊らせて小惑星の陰から飛び出す。
当然、調和機構の部隊はこれを敵対行動と受け取るだろう。当然それは織り込み済み。D3部隊が標的を始末すればこちらの勝ちなのだから、ここは手段を選ぶべきではない。
『警告はした』
3機のサマルカンドから射撃が飛ぶ。先ほどまで戦っていたシナコグとは明らかに練度が違う。乱射ではなく、こちらの動きを読んで確実に当てに来ている。
「……厄介だな」
思わず呟く。しかし、真に厄介なのはそこからだった。
『ローランドとエーバーはシャトルの方を。赤いのは私が引き受ける』
『『了解』』
通信が聞こえる。3機が散開し、中央の黒いラインの入ったサマルカンド──ダグラスの機体が距離を詰めてくる。残りの2機は──ターゲットの方向だ。
「──させない」
『させないのはこちらだ』
私の行動を読んだかのように放たれたタックルが、構えたライフルを弾き飛ばす。こちらも即座に姿勢を整えるが、相手は既にサーベルを抜いている。
流石は凄腕のエージェント、全ての動作が桁違いに速い。2機を追うことも許されず、近接戦闘への対応を余儀なくされた。
ついでに、レーダー上のD3部隊3機の動きが遅くなった。2機のサマルカンドが追いついたらしい。後ろで戦闘の光が確認できる。
「流石は調和機構──しかし」
こちらにはまだ奥の手がある。離れたところに待機させてあるセルヴス、先ほどの戦闘で使わなかったそれを呼び戻し、シャトルを攻撃させる他ない。
そのためには一瞬操縦リソースをディマギアからセルヴスに移す必要があるが──
『もらった!』
「ぐっ……!」
赤い腕が宇宙空間に舞う。サマルカンドの一撃で、ディマギアの左腕が根本から斬り飛ばされたのだ。
一瞬、私の左腕に猛烈な痛みが走る。思考操縦のもう一つの欠点がこれだ。システムが逆流をカットできないほどに損傷を受けた場合に、ダメージが操縦者にフィードバックする。
続くサマルカンドの蹴りで、ディマギアの機体が小惑星に叩きつけられた。
「はぁ……はぁ……」
幸い、私は痛みに慣れている。慣れさせられたというのが実際のところか。
身体を直接傷つけない拷問の手法は、主に裏社会において確立されている。仮想現実技術の応用で、脳に苦しみを誤認させるという悪魔のような発想だ。
それを“痛覚耐性訓練”として受けさせられていた私は、この程度の痛みで悶えることはない。
まあ、耐えられるだけで痛いものは痛いのだが。
しかし、バイオノードとして改造された私を相手に──リソースの一部をセルヴスに回していたとはいえ、このレベルで追い詰めた相手は初めてだった。
『投降しろ。命までは取らん』
強い。ヴァージュ機関がこれまで直接の殺害も避けてきたのはこれが理由だろう。戦闘中の不幸な事故に見せかけることさえも難しい。
実際のところ、ダグラス・シュテンバーグという男はこの世界でも最強のMBパイロットなのだろう。
だが、それは1対1での、それも互いに相手の撃墜が目的の戦闘においての話。
「──いや、こっちの勝ちだ」
宙域で爆発が起こる。ダグラスのサマルカンドがそちらに注意を向けた一瞬の隙に、私はディマギアの腕を回収しつつ小惑星から飛び退く。
『何っ……!』
その爆発は、私が密かに動かしていたセルヴスに貫かれた標的のシャトル。これで作戦目標は達成された。つまり、こちらの勝ちだ。
「さらばだ、ダグラス・シュテンバーグ」
D3部隊は──見たところ大きな損傷はない。3対2で実力が拮抗していたのだろう。撃墜された者もいないようだ。
悔しそうなダグラスを置いて、私たちは宙域を一気に離脱する。
もちろんコクピットの中は見えないが、きっと彼は悔しい表情をしているだろう。
追っては、来ないようだ。
正直安心した。これ以上戦っていたら、死なないにしても損傷は大きくなっていただろう。
時間を確認すれば、地球標準時──セントラル・アリシアでの午前5時。
……ここから学校までは急いで50分。始業は午前9時だから余裕はある。
──私がここまで一切寝ていないということを除けば。
学校がなければ睡眠は取れるというのに。私は大きくため息を吐いた。
***
「まったく、これは失態だな」
私──ダグラス・シュテンバーグは今、セントラル・アリシアに併設された星環調和機構の支部に来ていた。
理由は──任務の後始末と上への報告だ。
明らかに暗殺部隊であろうMB部隊を取り逃がしたどころか、狙われていたシャトルも守りきれなかった。
「カーディナルストレーガ、ヴァージュ機関のエージェントと思しき機体──」
ヴァージュ機関という名前は、星環圏のインターネットの検索に出てくることはない。
私が個人的に知っているだけであって、表沙汰にはなっていない。
カーディナルストレーガ、真紅の魔女と呼ばれている凄腕のMB乗り。噂程度にしか聞かないのは、そもそもの出現が珍しいこと、そして、相対した者は殆どが死んでいることが原因だろう。
今回遭遇したその機体、私はそれがヴァージュ機関に関連していると睨んでいる。
しかし、表立って取り締まろうにも証拠は巧妙に隠されて、尻尾を掴むこともできない。
星環調和機構は政治的発言力こそ強いが、単独で軍事行動を起こせるほど強大ではない。なにより、軍事行動は最終手段である。今回の出動も、パトロール部隊からの直接通報で緊急に迫られる状況であったから武力を行使しただけである。3機での行動ならまだしも、ヴァージュと戦うには大隊規模は必要なはず。そんな権限は私にはない
「……ポルコ・カイザー、奴の尻尾をどう掴むか──」
ふと、端末に入ったメールに目を落とす。2ヶ月ほど前に送信されて、ずっと放置していたものだ。送信端末は破壊されたのか不明で、アドレスの逆探知もできなかった。
調和機構の専門家の解析によれば、未知のプロトコルによって直接メールボックスに入れられたというものらしい。
件名は──ポルコ・カイザーについて。
その名前はヴァージュ機関と同様、知る者はごく僅かだ。私が奴のことを知っているのはほんの偶然に過ぎない。
開封しても特に問題はないと解析班が言っていたが、未知のプロトコルである以上何が起きるか分からない。警戒して開けずにいた。
しかし、罠だとしても、もっと巧妙に隠すはず。ここまで分かりやすく書くのには理由があるはずだ。
思い切って、クリックする。外部からの不正アクセスなどは、今のところ検知されていない。既存の通信システムはオフラインにしてあるから、当然といえば当然であるが。
「ハーミット……?──内部からの情報提供だと?」
時間は経ってその日の深夜。私はセントラル・アリシアの中央広場を訪れていた。
理由は──例のメッセージ。ヴァージュ機関内部の裏切り者を名乗る者から送られたそれの内容は、私の知る限りのポルコ・カイザーについての正確な情報だった。
“ハーミット”はより多くの情報を与える。開封時点から直近の深夜0時、セントラル・アリシアの中央広場で待つ
メッセージの最後に書かれていた一文。1人で来いという条件は、上層部に相談した上で許可を得ている。武装は──持っていない。拳銃はもとより、ナイフなども携行していない。これがトラップだとしても、学園の警備機能に引っかかるような武装は相手もできない。密会場所としては、よく選ばれていると思う。
ただ一点、学園関係者以外はここに立ち入れないはずだが──
『──ダグラス・シュテンバーグですね?』
声がかかる。中央広場に置かれた彫刻──セントラル・アリシアに地球文明時代の美術品として飾られているレプリカの一つ、その裏から1人の少女が姿を現した。
『“ハーミット”の代理で来ました。“使い魔”とでも呼んでください』
真っ黒いパーカーに身を包んだ少女は、ちょうどセントラル・アリシアの高等部にでも通っているような年頃に見える。ただ、その顔は見えない。黒いパーカーに同化するように真っ黒なフルフェイスマスクを着用しているためだ。
フードの下から、怪しく反射する黒いバイザーが覗いている。マスクに搭載されているのか、声は加工音声で、元の声は分からない。
「信じても、いいのかな?」
『メールの情報では不足と?』
「ポルコ・カイザー本人なら私を誘き出すためにそのくらいの情報は出せると思ってしまったな」
なるほど。と少女はつぶやくと、携帯端末を取り出した。こちらに向けられた画面に並ぶ文字列は、ポルコ・カイザー、ヴァージュ機関に関する情報のようだ。
『我々もすべての情報は掴めていませんが、とりあえず、これを』
端末が投げ渡される。私が既に知る情報だけではなく、ヴァージュ機関の一部の名簿、そして彼らが関与した事件なども記されている。これがあれば、末端の構成員程度は拘束できる内容だと分かる。しかし──
「ポルコ・カイザーを捕えるには不足だ」
『当然です。我々の目的も末端ではない』
少女はそう言うと、もう一台端末を取り出した。彼女が何か操作すると、こちらに渡された端末に通知が飛ぶ。文面が表示されるのは、見たことのないチャットアプリ、ヴァージュ内部のものか、それとも“ハーミット”独自のものか。
「長期的に情報のやり取りをしよう、ということか」
『理解が早くて助かります』
まだ完全に信用できるわけではないが、少なくともポルコ・カイザーの罠ではないらしい。渡された情報がヴァージュにダメージを与えられるものである以上、“ハーミット”はこちらの味方──少なくともヴァージュの敵と考えていいはずだ。
『さて、ここからが本題』
“使い魔”は端末を操作しながら続ける。
『ポルコ・カイザー。いえ、レ・マイアーレ木星自治政府議員、奴は既に尻尾を出している。それも、セントラル・アリシアに』
先程渡されたばかりの端末に、さらに文字列が送られてきた。
レ・マイアーレ。ポルコ・カイザーの表の顔の情報も出してくるとは、かなり本気だと分かる。
しかし、セントラル・アリシアに奴が踏み込んでいる?そんなリスクをなぜ──?
『ダグラス・シュテンバーグへの接近を目的に、彼女は送り込まれている。──でも、私たちの目的は別』
「──彼女?それはいったい」
『貴方もご存知のエージェントですよ。昨日も任務で会ったと聞いています』
「……まさか」
『彼女はヴァージュ機関の強化人間。そして機関が進める計画のキーでもある』
話が読めてきた。その強化というのは、ポルコを捕えるのに十分な証拠となるのだろう。少なくとも、ヴァージュの黒い部分を露呈させるのには十分と言うことか。
そして、昨日会ったという発言。そこから導き出される答えは──
『カーディナルストレーガは、このセントラル・アリシアに来ています』
ストックが危ういので連続投稿はここまで
感想・評価励みになります