引退したけど写真屋として関わりたい   作:サフラニン

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※主人公はシンザンではありません。史実でいうと1949くらいなので、シンザンより16年ほど早いです。






写真屋

 

 

――――――――――約10年前。

 

トゥインクルシリーズの世界に、一人のウマ娘が現れた。圧倒的な強さでターフを駆け抜け、史上二人目となる三冠を奪取。その翌年には無敗でクラシックへ進んだもう一人のウマ娘もまた二冠を達した。

 

誰もが新たな時代の到来を確信していた。そしてその二人が同じ舞台で競うことを夢見ていた。

 

しかし、その栄光が目の前に来た瞬間、前者は右足を粉砕骨折。後者は破傷風を患うという悲劇が全てを奪い去る。

 

彼女達はそこから二度と走ることなく電撃的に引退し、そのまま歴史の表舞台から忽然と姿を消した。

 

伝説になりながら、静かな風のように去っていったウマ娘。

 

前者をワンオンリーフォト。

後者をトキノミノル。

 

その行方を知る者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はぁ、今日も平和だ。バッチリだ」

 

トレセン学園から少し離れた、静かな場所。そこにひっそりと建つ、こじんまりとした写真屋。そのカウンターで、俺は湯呑から立ち上がる湯気を眺めながら、息を吐きだした。

 

漏れる声はどこか可愛らしさがある。今の俺はウマ娘だ。ウマ娘に多い栗毛のショートヘアーに、長ズボンとストライプシャツ。ガワこそ20代そこそこのウマ娘の姿をしているが、中身は前世で満員電車の中を耐えた元サラリーマンだ。何故かウマ娘に女(当たり前だが)として生まれ変わり、やりたいように時代を駆け抜け、しかしその代償は大きかった。

 

今はこうして小さな写真屋を営んでいる。理由は前世からずっと写真が好きだったからだ。

 

仄かに香る現像液の酸っぱい匂いに包まれ、壁一面に飾られた写真たちを見る。昔の自分や、それからの時代を彩ったウマ娘達が額縁の中で、強く輝いている。

 

全て俺が撮ったものだ。カウンターの奥の倉庫にもたくさんの写真がある。

 

ウマ娘としてはもう走れない俺だが、このささやかな生活が嬉しかった。こうしてお茶を啜り、写真を眺めていれば十分なのだ。

 

現像液のあるカウンター脇の棚。二階にあるフォトスタジオ。全てが夢だった。

 

額縁に入った一枚を手に取って眺めていると、ガラガラと店の引き戸が勢いよく開いた。

 

「てんちゃん!来たで~!」

 

暖簾を潜って姿を現したのは葦毛の小さなウマ娘。快活な声で笑いながら入ってきた。

 

「おータマ。来てくれるのは嬉しいが、まだ鳴尾終わったばっかりだろ?」

「大丈夫や。最近ウチめっちゃ調子ええからな。勝負の後はご褒美として楽しむって決めてんねん。それに、去年からよく相談に乗ってもらってたからな」

「そうか。まぁならいいか」

 

タマ。タマモクロスは我が店の常連客だ。ジュニア級の頃からよく通ってもらっているし、写真撮影も依頼される。俺は名前を教えていないので、店長から文字っててんちゃんと呼称されている。

 

「煎餅食べてく?今日は信玄餅もあるけど」

「せやな……じゃあ信玄餅貰っていいかいな?ウチ食べたことないねん」

「ほいほい。緑茶もセットしといてやる」

 

慣れたようにカウンター奥にある畳部屋に入るタマの後ろを、俺は信玄餅と湯呑を持って追った。タマは大阪人のように非常に陽気で、俺としても話していると楽しいのでいつもこうして何かを食べたりしながらだべっているものだ。

 

「そいや最近な、地方に面白いウマ娘おってん」

「へぇ地方ね。珍しいな、わざわざ見に行ったのか?」

「いや色々ミスってたまたま辿り着いたんやけど……それは置いておいて、ウチと同じ葦毛やのにめっちゃ強かったわ」

 

恐れるように言うタマ。しかしその目はギラギラと輝いている。

 

「楽しそうだな」

「!まぁな。ええライバルが出来た気がしてな、中央に移ってくるらしいから、いつか戦えると思うとどうしても楽しみやねん」

 

不敵な笑みを浮かべる理由はそれか。血気盛んなのは青春を謳歌している何よりの証拠だろう。それにしても地方から移れるとは……かなり強いウマ娘らしい。

 

「ッ!うまッ!信玄餅こんな美味しいんか!」

 

タマが信玄餅に舌鼓を打っていると、ガラガラと引き戸の開く音が入口の方から聞こえた。

 

「―――タマちゃ~ん!! そろそろ戻るで~!」

 

タマを呼ぶ関西弁が店内に響き渡る。

 

「お、コミちゃんやん。もう来たんか」

 

タマがつぶやく。それと同時に畳部屋に一人の女性が入ってきた。

 

「あ、店長さん……いつもタマがお世話になってます」

 

緑がかった髪色に、青色に澄んだ瞳。そして若干小さめな俺よりもはるかに高い長身。ザ・大阪人の気さくなタマの担当トレーナー、小宮山勝美だ。

 

「いや、気にしなくていい。なんなら話し相手として重宝させてもらってるからな」

「やってさ、コミちゃん。」

「いやーそう言って貰えて良かったです」

「別に敬語じゃなくてもいいんだがな。小宮山トレーナーも緑茶、いる?」

「あ、ありがとうございます。」

 

湯呑に粉末を放り込み、傍の電気ポッドで湯を注ぐ。

 

「つってもてんちゃん、ウチらより年上やろ?」

 

小宮山トレーナーに湯呑を渡していると、タマが信玄餅を食べながら聞いてきた。

 

「……いいや。小宮山トレーナーよりは若いかもよ?」

「「え?」」

「なんだその失礼な反応は」

 

意外そうな顔をする二人。事実ウマ娘は高校生くらいから見た目がほとんど変化しない。なのでパッと見では何歳か分からない。

 

「もっと上かと思ってたわ……貫禄あるし」

「まだ若いよ。ほら見てみろ、まだ尻尾がツヤツヤしている」

 

今の俺にはウマ耳も、尻尾もあるのだ。お触りは厳禁である。しかし見ている分には俺としても面白いのでよく遊んでいる。

 

「いや猫じゃらしみたいやんけ!」

 

突っ込むタマと笑い合っていると、突然小宮山トレーナーがハッとしたように胸ポケットからメモを取り出した。

 

「そういや店長さん。駿川秘書から伝言を預かってます」

「……どんなのだ」

「至急来て欲しい、とのことです。何でも、写真の依頼をしたいとか」

 

 

 

 

……げぇ。

 

面倒な雰囲気が漂っている。昔の頃の俺を知る存在からの呼び出しなんてものは聞こえだけでも悪い。

 

「……だが断るわけにもいかんか。よしっと、行くか」

 

渋々畳から立ち上がろうとした、その瞬間だった。

 

――――――ズキリ。

 

「っ……」

 

右脚に一瞬、焼けるような鋭い痛みが走る。思わず動きを止めた俺に、タマが「ん?どうしたん?」と心配そうに聞いてくる。

 

「いや、なんでもない、ちょっと正座し過ぎた」

「えらい早いな。まだ座って10分も経っとらんで」

「俺の脚は貧弱なんでね。少しの間離れるから、帰るときは店の入り口のドアだけ閉めておいてくれ」

 

ゆったりと微笑んで誤魔化す。やはり大怪我というのは悪い意味で生涯の友になってしまうらしい。

 

また鎮痛剤を買い足さなければならないか、なんて思いながらバッグを背負い外へ出た。

 

 

 

 

「お久しぶりですね」

トレセン学園に入ると、早速たづなと出会った。相変わらずの全身緑づくめ。緑茶のようなカラーだ。一部では緑の悪魔などと呼ぶそうな。

 

「久しぶりってほどでもないだろ」

「それもそうですね。けどこうして会うのはシンボリルドルフさんの写真を依頼して以来ですから」

 

たづなに案内されて、俺は学園内の応接室に入った。部屋内には俺とたづなの二人だけ。

 

「席に座ってください。まだ脚が痛むんでしょう?」

「ああ、助かる」

 

たずなが俺の右脚を心配そうな目で見る。長ズボンで隠されてはいるが、脚には大きな傷跡が残っている。

 

「久しぶりだってのにそんな顔をするなって。せめて嬉しいとかにしてくれ」

「嬉しいんですよ?だって偉大な先輩であり三冠バ、ワンオンリーフォトと会えるんですから」

「10戦10勝でのくせに嫌味か?」

 

俺がそういうと、たづなは誤魔化すように笑いながら帽子を取る。彼女の頭頂には二つの、耳が突き出ていた。

 

「まだ隠してたのか」

 

俺がそう言うと、たづなはええまぁと頬を掻いた。

 

「私はあくまで秘書ですから」

「何言ってんだよ、トキノミノルともあろう存在が」

 

 

トキノミノル。10戦10勝、無敗で走り抜け、二冠を取ったものの、怪我で引退した幻のウマ娘。案外有名人というのは近くで微笑んでいるらしい。

 

「先輩だってそうじゃないですか、カツラまで付けてますし。私のことは言えません」

「俺は目立つのが嫌いなんでね。で、要件は何だ」

「明日地方から一人のウマ娘が来るんですが、その専属のカメラマンをしばらくの間お願いしたいんです」

 

地方から……タマが言っていたウマ娘か。

 

「うーんまぁ構わないが、何で俺に?」

「地方から来た、ということでマスコミの注目の的になりつつありまして、過熱化しているんです。この先もし更に注目を浴びるようであれば、マスコミの過激化が考えらえるんです」

「で、知り合いの俺ならトレセンにいても問題ないから白羽の矢が立ったと」

「その通りです」

 

なるほどね……一理ある。地方からウマ娘が中央に来るのは稀だ。しかも成績を残すウマ娘はその更に一握りだ。G1なんてほぼ無理。もし取れば歴史に残る偉業になる。マスコミが大好きなシチュだ。

 

「いいよ。引き受けよう」

「!ありがとうございます!さすがは先輩です!」

「先輩は余計だ。最近暇だったし、金も底つきそうだしな」

 

俺はバッグからカメラを取り出す。長年の相棒。性能は貯金をふんだんにつぎ込んだだけのことはあり素晴らしい。

 

「あ、そうだ。因みにその地方から来たっていうウマ娘の名前は?」

「はい。オグリキャップさんです」

「……うん? 何て?」

 

今、オグリキャップと言ったか?

確認するようにたずなを見ると、彼女は微笑みながらもう一回言った。

 

「オグリキャップさんです」

 

あぁそうか……面倒なことになった気がする。タマモクロスの時代に地方からやってきた存在なんて一人しかいないか。

オグリキャップ。笠松から中央へ、伝説を生み出した怪物。

 

灰色のシンデレラだ。

 

しかしてそんなウマ娘を撮れるのは嬉しいのもあるな。

 

 

 

 

翌日――――――――――

 

府中の道を慌ただしく駆ける、二人のウマ娘の姿があった。

 

「オグリちゃん早く!編入早々遅刻しちゃうよ!」

「ま、待ってくれ……!や……やはりジャージに着替えてもいいだろうか……?」

「慣れて!それが学生の本来あるべき姿だよ!」

「……常に腰布一枚で生活するとか正気の沙汰じゃない……」

「スカートの事腰布とか言わないの!」

 

一人は栗毛の髪にBの文字型のヘアアクセサリを付けたウマ娘、ベルノライト。

そしてもう一人はもじもじと動く頭に特徴的な髪飾りを付けた、葦毛のウマ娘、オグリキャップ。

 

「わぁ……ここがトレセン学園……!」

 

府中の中で堂々と立つ、新たなる門出となる場所。

 

「オグリキャップさんにベルノライトさんですね?」

 

突然の声に振り返ると、そこには全身緑色の服装をした女性。そしてカメラを手に持つ栗毛のショートカットのウマ娘が立っていた。

 

「ようこそ。日本ウマ娘トレーニングセンター学園へ。私は駿川たづな。学園について分からないことがあったら、何でも聞いてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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