BW素晴らしきイッシュ   作:もののふ教

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第40話 森の終わり、その先の景色

ヤグルマの森を抜ける光は、森の中で見るそれとはまるで違っていた。

 

枝葉に砕かれず、まっすぐ地面へ落ちてくる白い光。湿った土ではなく、乾いた道の匂い。頭上を覆っていた緑の天井が途切れた瞬間、四人はほとんど同時に目を細めた。

 

「……出た」

 

最初にそう言ったのはベルだった。

 

その声には、安心と、ちょっとした感動と、くたびれた疲れが全部混ざっていた。ムンナを抱えた腕を少し下ろし、大きく息を吐く。

 

「ほんとに出た……」

 

「なんだその感想」

 

シンが笑う。

 

「だって、森の中ってずっと同じに見えるんだもん。あと少しって言われても、ほんとにあと少しなのか分かんないし」

 

「まあ、それは分かる」

 

チェレンも珍しくすぐ否定しなかった。森を抜けた直後の彼も、どこかほっとした顔をしていた。表情そのものはいつも通り整っているのに、肩の力が少しだけ落ちている。

 

トウヤは一歩先で立ち止まり、森の外を見ていた。

 

木々の切れ目から伸びる道。その先に広がる空。そして、まだ遠いはずなのに、すでに存在感だけははっきり分かる巨大な構造物。

 

ベルがトウヤの視線を追って、目を見開いた。

 

「え……」

 

シンもその先を見て、息を止める。

 

「うわ」

 

森を出た先、遠くに見えるのはスカイアローブリッジだった。

 

ただの橋ではない。道の延長に見えるには、あまりにも大きすぎる。空へ向かって伸びるような白い骨組み。そこから先に、さらにぼんやりと高い建物の影まで見える。

 

ヒウンシティ。

 

これまで旅してきた町や道とは、明らかに違う大きさがそこにはあった。

 

「……でかいな」

 

シンがようやく言う。

 

トウヤは短くうなずいた。

 

「思ってたより」

 

「思ってたより、で済ませるの?」

 

ベルの声が少し裏返る。

 

「わたし、こんなの初めて見るんだけど」

 

「僕も実際に見るのは初めてだよ」

 

チェレンはそう言いながら、視線を橋とその先へ向けていた。驚いていないわけではない。だが、彼の驚きはベルみたいに前へ跳ねるのではなく、内側へ沈んで整理されていく類のものだった。

 

「橋というより、もう建造物だな」

 

「それ同じじゃないのか?」

 

「少し違う」

 

「なんでだよ」

 

「説明すると長い」

 

「じゃあいいや」

 

シンが即座に引く。ベルが笑い、チェレンもわずかに口元をゆるめた。

 

森の出口近くには、橋へ向かう旅人がひと息つけるような小さな休憩所があった。木の柵と簡単な屋根、長椅子がいくつか並んでいるだけの場所だが、森を抜けた直後の四人には十分だった。

 

「少し座るか」

 

トウヤの言葉に、ベルが真っ先に賛成した。

 

「座る」

 

「即答だな」

 

「だって疲れたもん」

 

ベルはムンナを抱えたまま長椅子に腰を下ろす。ミジュマルもそのそばに座り込み、フシデは少し迷ってからシンの足元へ寄った。森の中より、距離がまた少し縮まっている。

 

シンがそれに気づいて、小さく笑う。

 

「やっとその辺にいるの慣れてきたか?」

 

フシデは触角を動かしただけだったが、前みたいに半歩下がったりはしない。ミジュマルもわざわざ主張せず、当たり前みたいに隣へ収まっている。

 

ベルがそれを見て、柔らかく言った。

 

「なんか、もうちゃんと仲間っぽいね」

 

「さっきホイーガとやったあたりからな」

 

シンはフシデを見ながら答える。

 

「たぶん、あれで向こうも決めたんだと思う」

 

「決めた、か」

 

チェレンがその言葉を小さく繰り返す。

 

ベルは橋のほうを見たまま、ぽつりと言った。

 

「ヒウンって、どんなところなんだろうね」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

見えているのは橋と、その向こうの高い建物の影だけだ。けれど、それだけでもう十分に分かることがある。あれは、いままで自分たちが歩いてきた町とは違う。人の多さも、道の数も、流れる速さも、たぶん何もかもが違う。

 

トウヤが先に立ち上がった。

 

「行って見れば分かる」

 

「それはそうだけど」

 

ベルは苦笑しながらも、その返しが少しだけうれしそうだった。

 

結局、それがいちばんトウヤらしい答えだ。

 

休憩を終え、四人は橋へ向かって歩き出した。

 

森の土道から、整えられた広い道へ。木々の匂いから、少し乾いた風の匂いへ。景色が変わるたびに、旅の足音まで変わっていくようだった。

 

スカイアローブリッジの入口へ近づくほど、その巨大さはますます現実味を増していった。遠くから見たときはただ大きいだけだった白い構造が、近づくと一本一本の梁や支柱の太さを伴って迫ってくる。橋脚の根元に立った瞬間、ベルは思わず立ち止まった。

 

「……これ、ほんとに渡るの?」

 

「そのために来たんだろ」

 

シンが言う。

 

「分かってるけど!」

 

ベルは口ではそう返しながら、橋の上の高さを見上げて少しだけ身をすくめた。

 

「高くない? すごく高くない?」

 

「高いな」

 

「トウヤ、それで終わり?」

 

「高いのは事実だろ」

 

チェレンがため息をつく。

 

「ベル、高さばかり見ないほうがいい。目の前の道を見ろ」

 

「それ、分かってるけど、分かってるけどさ……」

 

ぶつぶつ言いながらも、ベルはちゃんと一歩を踏み出した。

 

橋の上は、地上から見上げたとき以上に広かった。左右に高い柵があり、海から吹き上げる風が長い通路を抜けてくる。下を見れば遠い水面が光り、前を見れば橋が空へ続いているように見える。

 

さっきまで森の中にいたのが、もうずいぶん昔のことみたいだった。

 

「すご……」

 

ベルの声が、今度は素直な感嘆になる。

 

ムンナも不思議そうに目を細め、ミジュマルは風に向かって少し胸を張った。フシデは最初こそ足を止めかけたが、シンの足元に寄ってくると、そのまま低い姿勢で進み始める。

 

「橋って、こんな風なんだな」

 

シンが言う。

 

「もっと、ただ道が続いてるだけかと思ってた」

 

「いや、これは普通の橋じゃないだろ」

 

チェレンの返答は冷静だったが、視線はあちこちへ忙しく動いていた。構造を見ているのか、景色を見ているのか、自分でも半々なのかもしれない。

 

トウヤは前を見て歩き続ける。その歩幅はいつもと変わらない。けれど、どこか少しだけ、普段より静かだった。

 

橋の真ん中近くまで来ると、風がさらに強くなった。ベルの髪が煽られ、思わず「わっ」と声が出る。

 

シンが笑う。

 

「さっきから忙しいな」

 

「だって、森出たと思ったら今度はこれだよ?」

 

「ヒウンってたぶんもっとすごいんだろ」

 

「それ言わないで、急に不安になるから」

 

ベルが本気で嫌そうな顔をするので、ミジュマルまで小さく鳴いた。ムンナはベルの腕の中で揺れながらも、落ち着いていた。フシデは風に逆らうように足を踏ん張りながら進んでいる。

 

その様子を見て、シンはふと思った。

 

森の中では、フシデのほうがこの道を知っていた。

 でもここは違う。

 橋も、その先の街も、きっと誰にとってもまだ同じくらい未知だ。

 

だからこそ、次にどんな差が出るのか、少し楽しみでもあった。

 

橋の途中には、景色を見渡せる少し広い場所があった。四人は自然とそこで足を止める。

 

眼下には海。

 背後にはヤグルマの森。

 前方には、ヒウンシティ。

 

近づくほど、その町はひとつの塊ではなく、たくさんの線と面に分かれて見えてきた。高い建物。重なった道路。遠くに見える看板。動いているのが人なのか車なのか、まだここからではよく分からない。ただひとつ言えるのは、あの街がこれまでの旅と違う速度で動いている、ということだけだった。

 

ベルが小さく呟く。

 

「……なんか、ほんとに次の場所なんだね」

 

その言い方は少し変だった。けれど、シンには意味が分かった。

 

シッポウまでは、まだ“旅の途中の町”だった。

 でもヒウンは、何かがひとつ変わる場所のように見える。

 

トウヤが前を見たまま言う。

 

「広いな」

 

それだけだった。だが、トウヤがそう言うと、それはただの感想以上の意味を持つ気がした。自分の速さで道を切っていけるトウヤにとっても、この街は無視できない大きさなのだろう。

 

チェレンは腕を組み、少し考えるように目を細めた。

 

「人が多い場所だと、今までみたいにはいかないだろうね」

 

「今までみたいって?」

 

ベルが聞く。

 

「四人でまとまって動きやすい、って意味だよ」

 

その返事に、ベルは少しだけ黙った。

 

シンも口を開かなかった。

 

言われてみれば、その通りかもしれない。森や町道では、同じ方向を向いて進めた。けれどあの街に入れば、見たいものも、気になるものも、それぞれ違ってきそうだった。

 

まだ別れるとか、離れるとか、そこまでの話ではない。

 でも、同じ道を歩いていても、同じ速さではいられない瞬間が増える。

 その予感だけは、橋の上の風みたいにはっきり感じられた。

 

ベルがその空気を変えるように言う。

 

「でも、まずはお腹すいた」

 

シンが吹き出した。

 

「お前、今それ言うのかよ」

 

「だってほんとにすいたんだもん」

 

「まあ、分かるけど」

 

「ヒウンって、おいしいものいっぱいあるかな」

 

「あるだろ」

 

トウヤが即答する。

 

「なんで分かるの」

 

「こういう街はある」

 

「雑だなあ」

 

チェレンが呆れ、ベルは笑う。

 

少し張っていた空気が、そこでようやくほどけた。

 

四人はまた歩き出す。橋の先はもう近い。高い建物はますます大きくなり、街の輪郭ははっきりしてくる。森の静けさも、もう背中側へ回っていた。

 

シンは足元を見た。

 

ミジュマルとフシデが並んでいる。橋の風にまだ慣れていないのか、フシデの歩幅は少し慎重だ。だが止まりはしない。知らない場所へ向かうのは、ポケモンも同じなのだろう。

 

「ヒウン入ったら、もっと見るもん増えるぞ」

 

シンが小さく言うと、ミジュマルが鳴き、フシデは触角をわずかに動かした。

 

見たもの。感じたもの。考えたこと。

 それを積み上げていく。

 

自分のやり方は、街に入っても変わらない。

 

橋を渡り切る直前、ベルが急に立ち止まって振り返った。

 

ヤグルマの森が遠く見える。入り口に立ったときには広すぎて途方もなく感じた場所が、今はもうひとまとまりの緑に見えた。

 

「なんか、あっという間だったね」

 

そう言ってから、ベルは自分で首を振る。

 

「……いや、あっという間じゃなかったか。すごくいろいろあった」

 

「だいぶあったな」

 

シンも振り返る。

 

森の中での戦い。

 フシデとの出会い。

 見られて、選ばれて、少しずつ並んで歩くようになった時間。

 

短かったのに、残るものは多い。

 

チェレンが静かに言った。

 

「短い道でも、変わるときは変わるんだよ」

 

その言葉に、誰もすぐには返さなかった。

 

やがてトウヤが一歩前へ出る。

 

「行くぞ」

 

その声に、三人が続く。

 

橋を渡り切った先には、ヒウンシティの入口が広がっていた。

 高い建物、広い道、人の気配、これまでより速い風景。

 

四人と四匹は、その新しい景色の中へ足を踏み入れる。

 

同じ旅の続きをしながら、少しずつ違うものを見始めるために

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