BW素晴らしきイッシュ   作:もののふ教

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第44話 ひろすぎる街

ヒウンシティは、立ってるだけで疲れる街だった。

 

人が多い。

 音も多い。

 見えるものまで多い。

 

中央広場の噴水のそばで立ち止まって、シンはまずそう思った。

 

水の音がしてるのに、それで静かになるわけじゃない。むしろ逆で、噴水の音の向こうから、靴音も、笑い声も、呼び込みも、荷車の軋む音も、全部まとめて流れ込んでくる。

 

「……すげえな」

 

口から出たのは、そんな当たり前の一言だった。

 

でも、それ以上の言葉はまだなかった。

 

足元でミジュマルが胸を張る。

 こいつはこいつで、落ち着かないくせに平気な顔をしたがる。

 

「お前、ちょっと格好つけてるだろ」

 

シンが言うと、ミジュマルは「ミジュ」と短く鳴いた。

 

違う、というより、

 “そう見えても別にいいけど”

 みたいな鳴き方だった。

 

その横で、フシデは正直だった。

 

石畳の上で足を止め、触角を細かく揺らしている。

 森とは全然違う。匂いも、地面の硬さも、流れてくる音も。

 怖がってるわけじゃない。でも、警戒はしてる。

 

しかも、分からないからこそ、ちゃんと見てる。

 

「……さすがにここは落ち着かねえか」

 

しゃがんで声をかけると、フシデは返事のかわりに半歩だけシンの靴に寄った。

 

それだけで、ちょっと笑いそうになる。

 

分かりやすい。

 でも、その分かりやすさが悪くなかった。

 

「すごいなあ……」

 

横でベルがまた言った。

 

もう何回目か分からない。

 

けど、それも仕方ないと思う。ベルの目はさっきから落ち着かない。花屋を見たと思ったら次は雑貨屋、その次は通りを走るコアルヒー、その次は屋台。視線がどこにも留まらない。

 

ムンナが、そんなベルの腕の中で少しだけ体重をかけ直した。

 

ベルがはっとして、腕の中を見る。

 

「……うん、ごめん」

 

ムンナは何も言わない。

 ただ、ベルが自分のところへ意識を戻したと分かると、また静かに目を細めた。

 

ああいうの、すごいよな、とシンは思う。

 

言葉じゃないのに分かる。

 しかも、ただ甘えてるんじゃなくて、ちゃんとベルを引き戻してる。

 

「ムンナ、ほんとよく見てるな」

 

シンが言うと、ベルは少し照れたように笑った。

 

「最近、わたしより先に分かってる時ある」

 

「それはお前が遅いだけじゃないか?」

 

「失礼だなあ」

 

むっとしたベルに、ミジュマルが横から「ミジュ」と鳴いた。

 

完全にシン側だった。

 

「ミジュマルまで!?」

 

ベルが抗議する。

 ミジュマルは悪びれず胸を張る。

 

こいつ、ほんとに面白いくらい分かりやすい。

 しかも今日は、フシデが見てるせいか、余計に先輩ぶってる気がする。

 

シンがそう思ってミジュマルを見ると、今度はミジュマルもフシデをちらっと見た。

 

フシデはまだ街に慣れていない。

 でも、そのくせミジュマルの動きはちゃんと見てる。

 

この二匹、まだ仲がいいってほどじゃない。

 でも、互いに気にしてるのは確かだった。

 

「で、どうする?」

 

シンは三人に向かって聞いた。

 

ヒウンは広い。

 適当に歩いても面白いだろうけど、たぶん適当なだけじゃ終わらない街だ。

 

最初に答えたのはチェレンだった。

 

「一回、大通りを見て回りたい」

 

やっぱりな、と思う。

 

「いきなり店に入るより?」

 

ベルが聞く。

 

「うん。先に街の形を掴みたい」

 

チェレンは噴水の向こうを見た。

 

「どこへ人が流れてるか。通りがどう繋がってるか。どの辺が賑やかで、どこが落ち着いてるか。そういうのを見ておくと、あとで動きやすい」

 

「チェレンっぽいな」

 

シンが言うと、チェレンは少しだけ眉を動かした。

 

「君に言われると微妙だ」

 

「なんでだよ」

 

「君は君で、別のものを見てるだろ」

 

それは否定しづらかった。

 

シンは人を見る。

 ポケモンも見る。

 トレーナーがどう連れてるかとか、どのポケモンが街で落ち着いてるかとか、そういうのも気になる。

 

戦いに関係あるかないかで言えば、たぶん半々だ。

 でも、見たものはたいてい後で残る。

 

「じゃあ、とりあえず歩くか」

 

トウヤが言った。

 

短い。

 でも、それで決まるのがトウヤだった。

 

中央広場から大通りへ出る。

 

人の流れは広場より速い。道幅はあるのに、気を抜くと横から誰かが抜けていく。ベルはさっそく一回、人の流れに飲まれかけて、ムンナを抱え直しながら慌てて戻ってきた。

 

「だ、大丈夫か」

 

「大丈夫……たぶん」

 

「たぶんって言うなよ」

 

「だって、ほんとにちょっとすごいんだもん」

 

そう言うベルの声は、まだ少し上ずっている。

 

ムンナはそんなベルの腕の中で、体をぴたりと預けていた。

 “ここにいろ”

 って言ってるみたいだった。

 

シンの足元では、フシデもまた少し落ち着かない。

 

人が横を通るたびに触角が揺れる。

 でも、逃げるほどじゃない。

 そのたびにミジュマルがちょっと前に出るのが、またおかしかった。

 

「先輩ぶりすぎだろ、お前」

 

シンがぼそっと言うと、ミジュマルは聞こえないふりをした。

 でも胸は張ったままだ。

 

大通りの右手には雑貨屋、左手には服屋、その先にはポケモングッズの店。ベルの目がまた忙しくなる。

 

「かわいい……」

 

次の瞬間には、

 

「え、あれなに」

 

その次には、

 

「ちょっと待って、すごいおいしそうなんだけど」

 

シンは笑いそうになる。

 

「忙しいな」

 

「だって仕方ないでしょ」

 

「分かるけど」

 

ほんとに、ヒウンはそういう街だった。

 次から次に目を引くものがある。しかも、どれもベルの興味を引く方向が違う。

 

けど、そこでベルは前みたいにその場で止まりきらなかった。

 

立ち止まりそうになっても、ムンナの重みで一回戻る。

 見たい顔はしてる。

 でも、“今は歩く”のも自分で選べてる。

 

それを横で見て、シンは少し感心した。

 

変わったな、と思う。

 大きくじゃなくて、ちゃんと使える方向に。

 

「ベル」

 

シンが言う。

 

「なに?」

 

「お前、前よりちょっとだけマシになったな」

 

「ちょっとだけって何!」

 

「いや、前なら今ので三回は完全停止してたろ」

 

「う……」

 

言い返せなくなったベルに、ムンナが腕の中で小さく鳴いた。

 肯定なのか慰めなのか分からない、でも少しやさしい声だった。

 

「ムンナまでそっちなんだ……」

 

ベルが肩を落とす。

 

でも、その顔は少し笑っていた。

 

しばらく歩くうちに、自然と四人の足の止まる場所がずれ始めた。

 

トウヤは通りの先や角を気にする。

 チェレンは案内板や建物の配置を見る。

 ベルは店先や人だかりに引かれる。

 シンは、ポケモン連れのトレーナーや小さなバトルの気配を探してしまう。

 

同じ道を歩いてるのに、見てるものが違う。

 

「……やっぱ、全然ちがうな」

 

シンがぽつりと言うと、チェレンが少しだけこちらを見た。

 

「何が?」

 

「見てるとこ」

 

シンは顎で前を示した。

 

「トウヤは流れ見てるし、ベルは店見てるし、チェレンは道見てる」

 

「君は?」

 

「……反応」

 

「反応?」

 

「人とかポケモンとか。どこで足止めるかとか、何に目が行くかとか」

 

自分で言ってから、ちょっと変なこと言ったかと思った。

 でもチェレンは意外とすぐ頷いた。

 

「なるほどね」

 

「分かるのか?」

 

「君らしい」

 

短い返事だった。

 

その足元で、ポカブが鼻を鳴らした。

 同意っぽい声だった。

 

「ポカブもそう思うか?」

 

シンが声をかけると、ポカブは得意げに胸を張る。

 こいつもこいつで、チェレンのことをよく見てる。チェレンが頭の中で整理しはじめると、ポカブも落ち着く。逆に、考え込みすぎると足元から急かす。

 

人間より先に分かってること、絶対あるよな。

 シンはそう思う。

 

通りをひとつ曲がったところで、小さなバトルの人だかりが見えた。

 

旅のトレーナー同士の軽い試合らしい。大げさではないが、ポケモンたちの反応はすぐ変わった。

 

ミジュマルが前のめりになる。

 ポカブも鼻を鳴らす。

 ツタージャはじっと見る。

 ムンナはベルの気配を見る。

 フシデは――ゆっくり、一歩前に出た。

 

シンはその動きに気づいた。

 

「見たいか」

 

フシデは答えない。

 でも視線はバトルから外れない。

 

森で会った時からそうだった。

 こいつは、ただ戦いたいだけじゃない。

 ちゃんと見てる。覚えようとしてる。

 

その感じが、シンには少し分かる。

 

「シンと似てるね」

 

ベルが横で言った。

 

「すぐそう言うな」

 

「だって本当だもん」

 

ベルはムンナを抱いたまま笑う。

 

「シンも一回見て、次で変えるでしょ」

 

シンは少しだけ頭をかいた。

 

「……まあ、そうかもな」

 

ミジュマルはそんな会話の最中でも、試合の流れを見ていた。

 こっちは覚えるというより、

 “自分が出たらどうするか”

 まで考えてる顔だ。

 

シンはその横顔を見て、また少し笑う。

 

「お前、ほんと分かりやすいな」

 

ミジュマルが振り向く。

 不満そうだ。

 でも否定はしない。

 

バトルが終わると、人だかりはすぐ散った。

 ヒウンでは、小さな出来事は長く留まらない。次の流れがすぐ来る。

 

それを見ながら、シンは少し考えた。

 

この街、全部を四人で一緒に見ようとすると、たぶん薄くなる。

 見たいものが違いすぎる。

 

トウヤは先を見たい。

 チェレンは構造を見たい。

 ベルは街の表情を見たい。

 自分は反応と気配を見たい。

 

だったら。

 

「なあ」

 

シンが言うと、三人がこっちを見た。

 

「明日、少し分かれて見て回るの、ありじゃね?」

 

ベルが目を瞬く。

 

「別行動ってこと?」

 

「ずっとじゃなくて、半日くらい」

 

チェレンがすぐに引き取る。

 

「それは僕も考えてた」

 

「え、ほんとに?」

 

「うん。この街は、一緒に全部見るには広すぎる」

 

トウヤも短く頷いた。

 

「そのほうが早い」

 

ベルは少しだけ黙った。

 

嫌そうではない。

 でも、即答できる感じでもなかった。

 

その腕の中で、ムンナがそっと体を預け直す。

 ベルはそれで少しだけ息を吐いた。

 

「……午後には合流?」

 

「もちろん」

 

シンが答える。

 

「完全に散るわけじゃない」

 

「なら、いいかも」

 

ベルはゆっくり頷いた。

 

「たぶんわたし、一人で全部見ようとしたら絶対迷うし」

 

「そこは自信あるんだな」

 

「嫌な自信だけどね!」

 

ベルが言い返す。

 ムンナが小さく鳴く。

 今度のは、ちょっと笑ってるみたいに聞こえた。

 

シンも笑った。

 

ヒウンは広い。

 人も多い。

 見るものも多い。

 

でも、その多さの中で、自分たちがそれぞれ違うものを見てるって分かったのは、案外悪くなかった。

 

同じ道を歩いてるだけじゃ見えないことがある。

 少し別れて、あとで持ち寄るほうが、たぶんこの街では面白い。

 

足元を見る。

 

ミジュマルはまだ少し偉そうで、フシデは相変わらず静かだ。

 でも二匹とも、さっきより少しだけ広場の時より自然に、シンのそばにいる。

 

「お前らも、明日いろいろ見ることになりそうだな」

 

シンが言うと、ミジュマルが鳴き、フシデが触角を揺らした。

 

どっちも、たぶん悪くない返事だった。

 

ヒウンシティの夕方は、まだ始まったばかりだった。

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