BW素晴らしきイッシュ   作:もののふ教

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第60話 門の手前までは、一緒だった

 

 

 倉庫の壁に挟まれた細い道を、ホミカは迷いなく進んだ。

 

「ここ、段差ある」

 

 振り向かずに言う。

 

 シンは足元を見てまたぐ。後ろではミジュマルが軽く跳び、フシデはそのまま越えた。ドガースはホミカの肩の高さでふわふわ浮いている。

 

「次、右」

「わかった」

 

 会話はそれだけだった。けれど足りない感じはしない。知らない相手に気を遣ってしゃべり続けるより、このくらいの方がシンには楽だった。

 

 狭い道の中で、四匹が前後を入れ替えるたび、少しだけ落ち着かなくなる。ミジュマルは先に行ったかと思えば戻ってきて、フシデは変わらず足元を進む。ドガースは壁にぶつからないぎりぎりのところを漂っていた。

 

 しばらく進むと、倉庫の並びが切れた。

 

 視界が開ける。

 

 東門へ続く通りだった。大通りほどではないが、人も荷車もそれなりにある。門の向こうへ出る旅人、街へ入る商人、荷台の横をすり抜ける小さなポケモン。昼前の通りは思ったより詰まっていた。

 

 ホミカが足を止める。

 

「ほら。あれ」

 

 門の近くでは大きな荷車が二台止まっていて、出入りの流れが少し悪くなっていた。

 

「たしかに、少し混んでるな」

 

「でしょ」

 

 ホミカは少し得意そうに言った。

 

 そのまま別れるには、門の前が少し落ち着かなかった。列は止まったり動いたりを繰り返している。シンは通りの端に寄って荷物を持ち直した。ミジュマルはその横に座り、フシデは壁際の影へもぐりこむ。

 

 ホミカも少し離れた木箱の脇に立った。ドガースはその頭上を小さく回る。

 

「すぐ進むと思う?」

 

 ホミカが門の方を見たまま聞く。

 

「荷台の縄、直してるからな。少しかかるだろ」

 

「だよね」

 

 それきり、また静かになる。

 

 ミジュマルが鼻をひくつかせて、通りの向こうを見た。焼いたものの匂いでも流れてきたのだろう。シンが気づくと、ミジュマルは何でもない顔をした。

 

「さっき市場でも止まってたよね」

 

 ホミカが言う。

 

 ミジュマルの耳がぴくりと動いた。

 

「見てたのか」

「たまたま」

 

 ホミカは肩をすくめる。

 

「焼いた木の実のとこ。すごい見てた」

 

 ミジュマルは視線をそらし、今度はフシデの方を見るふりをした。ホミカが笑う。

 

「わかりやすい」

「……あとで買うつもりだった」

 

 シンが言うと、ホミカは少し意外そうな顔をした。

 

「ちゃんと覚えてるんだ」

「言ったからな」

 

 ミジュマルは軽くシンの足に頭を当てた。文句なのか催促なのかはわからないが、たぶん両方だった。

 

 門の前で、荷車の片方がようやく動き出す。そこで、小さな声が上がった。

 

「あっ」

 

 通りの真ん中にいたチョロネコが、荷台から落ちた麻袋に驚いて跳ねた。逃げようとして木箱にぶつかり、そのまま人の足の間で立ち止まる。あたりを見回し、また別の方へ飛びかけて止まる。完全に落ち着きをなくしていた。

 

 御者らしい男が手を伸ばしかけるが、ためらって引っ込めた。下手につかめば引っかかれると思ったのだろう。

 

 ホミカが小さく息を吐く。

 

「びっくりしてるだけだね」

「だな」

 

 シンは短くミジュマルを見る。ミジュマルはすぐ立ち上がった。

 

 通りの真ん中に出るのではなく、少し外から回って、チョロネコが人の多い方へ行かない位置に立つ。逃げ道をふさぐほど近づかず、ただ行きにくい場所を作るだけだ。

 

 反対側では、ホミカがゆっくりしゃがんでいた。ドガースも少し下がる。

 

「ほら、こっち」

 

 手は出さない。呼ぶ声も強くない。

 

 チョロネコは一度そちらを見て、毛を逆立てた。けれどホミカは動かない。ドガースも近づきすぎない。人の少ない脇道だけが、ぽっかり空いていた。

 

 チョロネコは二歩、三歩と迷ってから、結局そこへ駆けこんだ。塀の向こうまで行って、ようやく姿が消える。

 

 御者がほっと息をついた。

 

「助かった」

「別に」

 

 ホミカは立ち上がり、ひざのあたりの砂を払った。シンは転がっていた木箱を道の端へ寄せる。大げさにするようなことでもないので、そこで終わりだった。

 

 列がまた少し動いた。

 

「慣れてるな」

 

 シンが言うと、ホミカは首をかしげる。

 

「何が」

「今の」

 

「ああ」

 

 ホミカはドガースを見上げてから答えた。

 

「臆病になってるやつ、無理に追うと余計逃げるし」

 

 それだけだった。知識を並べる感じではない。ただ、何度かそういうのを見てきたのだろうという言い方だった。

 

 門の前の荷車がようやく脇へ寄る。人の流れが少しずつ戻り始めた。通りの向こうには、街の外へ続く土の道が見える。石畳はそこで終わりだった。

 

 ホミカがそちらを見て言う。

 

「じゃ、ここまででいい?」

 

「十分だ」

 

 シンが答えると、ホミカはうなずいた。

 

「そっか」

 

 あっさりした返事だった。案内したんだから感謝しろ、という感じはない。門まで来たから、ここで終わり。それだけだ。

 

 シンは荷物を持ち直す。ミジュマルが立ち上がり、フシデも影から出てきた。

 

「助かった」

 

「うん」

 

 ホミカは短く返す。

 

「また会ったら、今度こそバトルね」

「まだ言うのか」

「言うよ」

 

「そんなに気になるか」

「気になる」

 

 間を置かずに返ってくる。

 

「戦ってるとこ、ちゃんと見てないし」

「さっき少し見ただろ」

「少しじゃ足りない」

 

 言い方は軽いが、本気なのはわかった。強い弱いを決めつけるような調子ではなく、ただ見たいと言っている。

 

 シンは少しだけ考えてから答えた。

 

「会ったらな」

 

 ホミカはそこで満足したように笑った。

 

「うん。それでいい」

 

 門番が次の列を手で呼ぶ。シンたちの番も近かった。

 

 ホミカは一歩下がる。

 

「じゃ、いってらっしゃい」

 

 何気ない言い方だった。

 

 けれど、その一言は少しだけ残った。

 

「……ああ」

 

 シンは短く返して、門の方へ向かう。ミジュマルが半歩前に出て、フシデもそのあとを追う。

 

 列に並んでから、一度だけ振り返った。

 

 ホミカはまだ同じ場所にいた。ドガースと並んでこちらを見ていたが、目が合う前に、通りの方へ向き直る。そのまま手を振ることもなく、ゆっくり歩き出した。

 

 シンは前を向く。

 

 門を抜けると、ヒウンシティの音が少し遠くなった。荷車のきしむ音も、人の声も、背中の方へ下がっていく。代わりに、土を踏む音がはっきりした。

 

 道は一本で、先はまだ長い。

 

 ミジュマルが隣を見上げる。フシデは何も変わらない速さで進んでいた。

 

「……行くぞ」

 

 返事の代わりに、ミジュマルが短く鳴く。

 

 さっきまでいた街は、もう後ろだった。ひとりになったことに変わりはない。それでも、足は止まらない。

 

 シンは風の向く方へ顔を上げ、そのまま東へ歩き出した。

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