放課後。
人気のなくなった校舎を、四つの足音が静かに響く。
知、雷斗、長谷川善吉、新島真。
四人は昨日と同じように、生徒会室前までやって来ていた。
廊下の突き当たり。
夕日に照らされた大きな姿鏡は、相変わらず龍の彫刻に囲まれ、静かに佇んでいる。
知は鏡を見つめ、小さく息を吐いた。
「またここに来ることになるなんて。」
善吉が肩を回しながら笑う。
「昨日よりは心の準備ができてるだろ?」
「はい。」
真は鏡へ近付き、龍の彫刻へ静かに手を添えた。
「昨日と同じ手順で入ります。」
「境界へ入ったら、勝手な行動は禁止です。」
「必ず私たちの近くで行動してください。」
「はい。」
「了解。」
真が頷く。
「それでは、行きます。」
鏡の表面へ手を触れた瞬間、水面のような波紋が広がる。
「来ます!」
四人の身体が眩い光に包まれた。
◇◇◇
次の瞬間。
知たちは石畳の上へ降り立っていた。
「……ここは。」
昨日訪れた校舎とはまるで違う。
空は薄紫色。
無数の鏡が宙に浮かび、ゆっくりと回転している。
建物は崩れ、道は途中でねじ曲がっていた。
まるで世界そのものが壊れかけているようだった。
「昨日とは場所が違うな。」
雷斗が辺りを見回す。
善吉も腕を組む。
「境界は固定された世界じゃない。」
「人の認知によって姿を変える。」
真も頷く。
「同じ入口でも、違う区域へ繋がることがあります。」
知は右腕へ目を向ける。
アビスギアは静かに青白い光を放っていた。
その時だった。
「アラ〜♡」
どこからともなく間延びした声が聞こえた。
「また迷い人が来たのねぇ♡」
四人が一斉に振り向く。
そこに立っていたのは、一頭の白い鹿――ではなかった。
二本足で立つ、小柄な白鹿。
金色の角。
神官のような白と朱色の装束。
首には勾玉。
そして腰へ手を当て、呆れたように首を振っている。
「まったくもう。」
「最近のお客さんは説明も聞かずに入ってくるんだから♡」
雷斗は数秒固まったあと、一言だけ呟いた。
「鹿。」
白鹿は眉をひそめる。
「神鹿よ♡」
「鹿。」
「だから神鹿!」
「鹿。」
「アンタ、わざとでしょ!?」
善吉が吹き出した。
「ははっ!面白ぇ鹿だな。」
「鹿じゃないわよ!」
「神鹿!」
「格式が違うの!」
知は思わず笑みを浮かべる。
「喋るんだ。」
「喋るわよぉ♡」
「アンタ達も喋るでしょ?」
「それと同じよ♡」
真が一歩前へ出る。
「あなたは……何者ですか?」
白鹿は胸へ手を当て、優雅に一礼した。
「アタシはミロク、この境界を管理している神鹿よ♡迷子になった子たちを案内するのがお仕事なの。」
雷斗が小声で知へ耳打ちする。
「神様ってこんな感じなのか?」
「……多分、違う。」
知も小声で返す。
「聞こえてるわよ♡」
ミロクはジト目で二人を見る。
「最近の若い子は神様への敬意が足りないわぁ。」
善吉が苦笑する。
「悪い悪い。」
「信用しろって言われても急には難しくてな。」
「まあ、それもそうねぇ。」
ミロクは角へ軽く触れた。
すると金色の角が淡く輝き始める。
「……来た。」
その表情が少しだけ真剣になる。
「神器の欠片の気配がするわ。」
知たちも自然と表情を引き締めた。
「神器の欠片?」
知が尋ねる。
ミロクは頷く。
「そう。」
「この境界には、神器の力が砕け散った欠片が眠っているの。」
「それが長い年月をかけて境界へ影響を与えてる。」
「そしてアンタのアビスギアは、その欠片と強く共鳴する。」
知は右腕を見つめた。
確かにアビスギアも微かに脈打っている。
「欠片が近い……。」
ミロクは歩き始める。
「付いてらっしゃい♡」
「道案内くらいはしてあげる。」
「ただし――。」
その足が止まる。
「ここから先は、安全じゃないわ。」
空気が変わる。
陽気だったミロクの表情が、神獣らしい鋭いものへ変わる。
「シャドウも昨日より強い。」
「油断したら、命はないと思いなさい。」
知たちは静かに頷いた。
そして五人は、神器の欠片を目指し、さらに境界の奥へと歩き始める。
その先で待つ新たな試練を、まだ誰も知らなかった――。
12話!