ミロクの案内で、一行は境界の奥へと進んでいた。
砕けた石畳。
宙に浮かぶ無数の鏡。
どこまでも続く紫色の空。
現実とは似ても似つかない静寂が辺りを包んでいる。
ミロクは歩きながら、ふいに足を止めた。
「……来るわ。」
先ほどまでの柔らかな笑顔は消え、鋭い眼差しが前方を見据える。
ゴォッ――。
黒い霧が渦を巻き、三体のシャドウが姿を現した。
獣のようなシャドウ。
仮面を付けた人型のシャドウ。
巨大な腕を持つ異形のシャドウ。
知はアビスギアを構える。
「みんな!」
雷斗も拳を握り締めた。
「来るぞ!」
その瞬間、善吉が一歩踏み出す。
「バルジャン!」
青い炎が燃え上がり、義賊バルジャンが姿を現そうとする。
しかし――
バチィッ!!
激しい火花が散った。
「ぐっ!」
善吉が顔をしかめる。
現れたバルジャンの姿は半透明に揺らぎ、本来の力を維持できていない。
「なんだ……これは!」
真もすぐに仮面へ手を掛ける。
「ペルソナ!」
青い炎が舞い、ヨハンナが姿を現す。
だが、鋼鉄の車体には細かなひびのような光が走り、エンジン音も弱々しい。
「やはり……。」
真は険しい表情になる。
「出力が大きく低下しています。」
知が驚いて振り返る。
「先生!」
ミロクは静かに頷いた。
「やっぱりね。」
「番人が目覚め始めてる。」
「番人?」
善吉が尋ねる。
ミロクは境界の奥へ視線を向けた。
「神器の欠片を守る存在。」
「番人が目覚めると、この周囲は境界そのものの力が強くなるの。」
「境界で生まれた力は受け入れる。」
「でも、現実世界で覚醒したペルソナは拒絶されるのよ。」
真はヨハンナを見つめながら静かに頷く。
「だから維持するだけで消耗しているんですね。」
「長時間の戦闘は危険です。」
善吉は苦笑した。
「まいったな。」
「歳は取りたくねぇ。」
ミロクは首を横に振る。
「歳じゃないわ♡」
「世界の相性よ。」
そして知へ向き直る。
「知。」
「この境界で一番戦えるのはアンタ。」
「アビスギアはこの世界の力。」
「だから拒絶されない。」
知は静かに頷く。
「……分かった。」
その時だった。
「ギシャアアアッ!!」
三体のシャドウが一斉に襲い掛かる。
知は前へ飛び出した。
右腕のアビスギアで爪を受け止める。
重い衝撃が腕へ伝わる。
「くっ!」
横から獣型シャドウが飛び掛かる。
その前へ雷斗が滑り込んだ。
「させるか!」
鋭い前蹴り。
続けて後ろ回し蹴り。
さらに飛び後ろ蹴り。
学生チャンピオンとして鍛え上げた蹴り技が、獣型シャドウを押し返す。
だが、決定打にはならない。
「くそっ!」
「やっぱり倒し切れねぇ!」
知は右腕を構える。
「エイハ!」
紫黒い呪怨が放たれ、仮面のシャドウへ命中する。
しかし、一体を怯ませるだけだった。
「まだ……!」
知が息を呑む。
その時、ミロクがゆっくり前へ出た。
「戦いは焦ったら負けよ。」
知が振り返る。
ミロクは静かに微笑んだ。
「よく見てなさい。」
白い勾玉が現れ、ミロクは迷いなく掴む。
「ペルソナ。」
勾玉が砕け散る。
眩い黄金の光が境界を照らした。
「現れなさい――ロクメイ。」
光の中から姿を現したのは、巨大な神鹿。
六本の黄金の角。
神々しい白銀の身体。
その瞳は慈愛に満ちていた。
知は思わず見惚れる。
「これが……ミロクのペルソナ。」
ロクメイが静かに角を掲げる。
「ラクカジャ。」
柔らかな光が知と雷斗を包み込む。
二人の身体が軽くなる。
続けて、
「スクカジャ。」
風のような光が身体を駆け抜けた。
ミロクは知へ微笑む。
「覚えておきなさい。」
「強い人ほど、一人で戦わない。」
「仲間を活かすことも力なの。」
知は大きく頷いた。
「はい!」
雷斗がシャドウの攻撃をかわす。
「知!」
「今だ!」
その一瞬の隙を知は見逃さない。
深く息を吸う。
敵を見る。
仲間を見る。
そして右腕を突き出した。
「エイハ!」
紫黒い呪怨が一直線に走る。
仮面のシャドウを貫き、その身体は黒い粒子となって消滅した。
残る二体も善吉と真が最低限の援護を行い、雷斗の蹴りで体勢を崩した隙を知がエイハで撃破する。
戦いが終わると、一枚のペルソナメダルが地面へ転がった。
知は静かに拾い上げる。
その瞬間。
ミロクの角が激しく輝いた。
「……!」
笑顔が消える。
ゴゴゴゴゴ……。
境界全体が震え始めた。
遥か彼方から、天地を揺るがす咆哮が響き渡る。
グオオオオオオオオオオッ!!
善吉が歯を食いしばる。
「この威圧感……。」
真もヨハンナを維持できず、ペルソナが光となって消えていく。
「限界です……。」
ミロクは険しい表情のまま奥を見据えた。
「神器の欠片を守る番人。」
「完全に目覚めるのも時間の問題ね。」
知は拳を握る。
「あれと戦うには……。」
ミロクは静かに頷いた。
「もっと強くなること。」
「そして神器の欠片を見つけること。」
「今日は退きましょう。」
一行は境界の出口へ向かって歩き始める。
その背後では、番人の咆哮がいつまでも境界へ響き渡っていた。
13話