小田上だった"何か"は、ゆっくりと首を鳴らした。
ゴキッ、ゴキッ――。
その音だけで空気が凍り付く。
赤黒く染まった瞳は知たちを見渡し、不気味な笑みを浮かべる。
「いい身体だ……。知識も体力も申し分ない。よくここまで磨き上げてくれたな、小田上。」
知はアビスギアを構え、一歩前へ踏み出した。
「小田上さんを返してください!」
シャドウは肩をすくめる。
「返す? 勘違いするな。俺は小田上のシャドウ。つまり、小田上本人でもある。あいつが心の奥底へ押し込め、誰にも見せようとしなかった本音そのものだ。」
雷斗は拳を握り締める。
「そんなもんが小田上なわけあるか!」
シャドウは雷斗を見るなり、愉快そうに笑った。
「あるさ。お前に信じてもらえなかった苦しみも、お前に疑われた絶望も、全部俺が知っている。だからこそ、俺はここにいる。」
その言葉に雷斗の身体が僅かに震えた。
知は雷斗の前へ立つ。
「惑わされちゃ駄目だ! あれは小田上さんじゃない!」
「そうか?」
シャドウが右手を軽く掲げる。
その瞬間、地面から黒い結晶が次々と突き出した。
轟音と共に巨大な結界が形成され、善吉、真、そしてミロクを包み込む。
「しまった!」
善吉はすぐにバルジャンを召喚し、大斧を叩き付ける。
凄まじい衝撃が響くが、結界には傷一つ付かない。
「くそっ!」
真もヨハンナを召喚し、核熱属性の攻撃を放つ。
爆炎が結界を包み込む。
しかし黒い壁は何事もなかったように爆煙を飲み込んだ。
ミロクもロクメイを呼び出す。
「ロクメイ! お願い!」
神々しい光が結界を照らす。
それでも浄化の力は黒い闇へ吸い込まれ、静かに消えていった。
シャドウは鼻で笑う。
「無駄だ。この空間は番人の力に支配されている。境界由来ではないペルソナは、本来の半分も力を発揮できない。ましてや半覚醒の獣ごときではな」
善吉は悔しそうに拳を壁へ叩き付けミロクは悔しそうに壁を叩く。
「知! 雷斗! 俺たちは必ずこの結界を壊す! それまで時間を稼げ!」
「はい!」
知は短く返事をすると、雷斗へ視線を向けた。
「雷斗、二人で行こう!」
「ああ、絶対に小田上を助ける!」
二人は同時に駆け出した。
知は左腕のアビスギアへ赤いペルソナメダルを装填する。
カチッ。
赤い光がアビスギア全体へ走った。
「アギ!」
放たれた炎弾が一直線にシャドウへ飛ぶ。
だがシャドウは避けることすらせず、片手で炎を握り潰した。
「初歩魔法か。」
知は止まらない。
赤いメダルを抜き取り、青いメダルへ交換する。
「ブフ!」
足元を凍らせる冷気が広がる。
シャドウの動きがほんの一瞬だけ止まった。
「今だ!」
雷斗が地面を蹴る。
元テコンドー学生チャンピオンの鋭い飛び蹴りがシャドウの側頭部へ迫る。
しかし。
ガシッ。
シャドウはその蹴りを片腕だけで受け止めた。
「悪くない蹴りだ。」
そう呟くと、雷斗の足を掴んだまま地面へ叩き付ける。
轟音が響き、石畳が砕け散る。
「ぐあっ!」
「雷斗!」
知はすぐに緑のメダルを装填した。
「ガル!」
突風が吹き荒れ、シャドウの身体を押し返す。
その隙へ知は飛び込み、アビスギアを握った拳を振り抜いた。
鈍い音が響く。
シャドウは半歩だけ後ろへ下がった。
「効いた!」
知の表情が明るくなる。
しかしシャドウは笑っていた。
「属性を切り替えながら戦う……なるほど、それがお前の戦い方か。面白い。」
知は黄色のメダルへ交換する。
「ジオ!」
雷撃がシャドウへ走る。
だが黒い瘴気が雷を飲み込み、そのまま霧散させた。
「だが、軽い。」
その一言と同時にシャドウの姿が消える。
「えっ……!?」
知が反応するより早く、目の前へ現れたシャドウの拳が腹部へ突き刺さった。
「がはっ!!」
知の身体が吹き飛び、石柱へ激突する。
アビスギアから装填されていたメダルが一枚、地面へ転がった。
雷斗は歯を食いしばり、立ち上がる。
「知……!」
知は苦しそうに咳き込みながらも、震える手で落ちたメダルを拾い上げ、再びアビスギアへ装填した。
「まだ……終われない。」
その姿を見たシャドウは静かに笑う。
「器用だ。状況に応じて属性を変える判断も悪くない。だが、お前はまだペルソナを手にして日が浅い。合体も知らず、力の引き出し方も知らない。」
シャドウは知を真っ直ぐ見据える。
「ワイルドを持つだけで勝てるほど、ペルソナは甘くない。」
知は息を整え、再び構えを取る。
「それでも……俺は負けない!」
雷斗も知の隣へ並び、拳を握り締めた。
「一人じゃない。今度は俺も一緒だ。」
二人は視線を交わし、小さく頷く。
そして再び、シャドウ小田上へ向かって駆け出した――。
――中編②「覚悟」へ続く。