暴走したシャドウは、もはや人の姿を保っていなかった。
全身を覆う黒い瘴気は絶え間なく噴き出し、境界そのものを侵食するように広がっていく。
「アハハハハハハハッ!! いいぞォ! もっと壊れろォ!! 全部ぶっ壊して終わりにしてやるッ!!」
狂気じみた笑い声が境界へ響き渡る。
巨大な拳が振り上げられた。
「来るぞ!」
雷斗が叫ぶ。
「知!」
「ああ!」
「アンタたち、下がるんじゃないわよ!」
ミロクが大鎌を構え、三人は同時に飛び出した。
暴走シャドウの拳が振り下ろされる。
ドゴォォォォンッ!!
地面が爆ぜ、衝撃波が境界中を駆け抜けた。
知はアビスギアを前へ突き出す。
「メダルチェンジ!【アラミタマ】」
赤い光が身体を包み、拳を真正面から受け止める。
「ぐぅっ……!」
腕が悲鳴を上げる。
骨が軋む音が聞こえた。
「雷斗!」
「任せろ!」
雷斗の背後にタケミナカタが現れる。
「ジオ!」
黄金の雷が暴走シャドウの腕へ突き刺さる。
雷撃で僅かに体勢が崩れた隙を逃さず、ミロクが宙を舞った。
「そこよッ!」
大鎌が黒い瘴気を大きく切り裂く。
しかし。
切り裂かれた瘴気は瞬く間に再生した。
「チッ……本当に厄介ねぇ!」
暴走シャドウは腹を抱え、狂ったように笑う。
「アハハハハハハッ!! 弱い! 弱い弱い弱い!! その程度で俺を止めるつもりかァ!?」
無数の黒い腕が瘴気の中から飛び出す。
「しまっ……!」
ドゴッ!!
知が吹き飛ばされた。
「がっ!」
壁へ叩き付けられ、呼吸が止まる。
「知!」
雷斗が飛び出す。
だが、その行く手を巨大な拳が塞いだ。
ドォォン!!
「ぐあぁっ!」
雷斗も正面から殴り飛ばされる。
それでも倒れたままではいない。
すぐに立ち上がり、拳を握る。
「まだだ……!」
ミロクも大鎌を肩へ担ぎ直し、不敵に笑った。
「アタシをナメないでちょうだい!」
三人は再び暴走シャドウへ向かっていく。
その光景を、小田上はただ見つめることしかできなかった。
「…………。」
身体が震える。
足が前へ出ない。
目の前にいる怪物は、ほんの少し前まで自分を支配していた存在。
あの絶望。
あの恐怖。
全身が覚えてしまっている。
拳を握ろうとしても力が入らない。
立ち上がろうとしても膝が笑う。
そんな小田上を見た暴走シャドウは、大声で笑い始めた。
「アハハハハハハハハッ!! 見ろよォ!! 立てねぇじゃねぇか!! 怖いんだろ!? 震えてるじゃねぇか!!」
黒い顔が歪む。
「結局お前はそういう人間なんだよ! 勉強だけできる優等生! 誰かに守られてるだけの情けない人間だ! 戦えもしない! 守れもしない! 何もできないッ!!」
小田上は唇を噛み締める。
言い返せない。
何一つ。
違うと言えなかった。
自分が乗っ取られたせいで、雷斗も知も傷だらけになった。
ミロクまで命懸けで戦っている。
みんな、自分を助けるために。
それなのに。
「俺だけ……。」
震える声が漏れる。
「俺だけ、何もできない……。」
視界の先で雷斗が再び吹き飛ばされた。
地面を何度も転がり、それでも歯を食いしばって立ち上がる。
「まだ……終わってねぇ。」
知も肩で息をしながらアビスギアを握り直す。
「絶対に……助ける。」
ミロクも笑みを崩さない。
「可愛い坊やを助けるのも淑女の嗜みなのよん♡!」
その姿を見て、小田上の胸が締め付けられる。
「どうして……。」
思わず声が漏れた。
「どうして……そこまでして俺を助けるんだ……。」
雷斗はゆっくり振り返る。
口元から血を流しながら、それでも昔と変わらない笑顔を浮かべていた。
「……幼馴染を守るのに理由がいるか?」
その一言で、小田上の時間が止まった。
幼い日の記憶。
泣いていた自分の前へ立ち、何も言わず手を差し伸べてくれた少年。
あの日からずっと変わらない笑顔。
胸が熱くなる。
目頭が熱くなる。
「雷斗……。」
震えていた拳へ、少しずつ力が戻っていく。
「また……守られて終わるのか。」
違う。
それは違う。
ここまで戦ってくれた幼馴染に。
必死に手を伸ばしてくれた知に。
命懸けで助けに来てくれたミロクに。
もう守られるだけでは終われない。
小田上はゆっくりと立ち上がった。
震えていた足が、一歩前へ踏み出す。
「もう……逃げない。」
もう一歩。
その瞳から恐怖は消え、代わりに静かな決意が宿る。
「神でも悪魔でも何でもいい寄越せ俺にこの状況を打開する力を代償はいくらでも払ってやる」
その瞬間、小田上の心の奥で、何かが静かに応えた――。