ペルソナX訂正版   作:keimei

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第4話 遷都学園

三月三十一日

 

【ピピピピピ……】

 

 枕元の目覚まし時計が規則正しく鳴り響く。

 知はゆっくりと目を開けた。

 障子の隙間から差し込む朝日が、畳の上を柔らかく照らしている。

 

「……朝か。」

 

 奈良へ来て二日目。

 昨日は荷解きや慣れない環境で疲れていたのか、ぐっすり眠ることができた。

 今日は遷都学園への挨拶と編入手続きを済ませる日。

 明日から正式に二年生として通うことになる。

 布団を畳み、洗面所で顔を洗って身支度を整える。

 一階へ降りると、店内はまだ静まり返っていた。

 厨房にも霞の姿はない。

 冷蔵庫には一枚の付箋が貼られている。

 

『朝ご飯は冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね。ご飯は炊飯器からよそって。私は隣に車を取りに行ってるから、食べ終わったら声をかけてね。 霞』

 

「いただきます。」

 

 冷蔵庫を開けると、色鮮やかな朝食が並んでいた。

 だし巻き卵。

 鯖の塩焼き。

 ほうれん草のお浸し。

 香の物。

 豆腐とわかめの味噌汁。

 炊飯器から湯気の立つご飯をよそい、おかずを電子レンジで温める。

 食卓へ並べるだけで、小さな割烹の朝食膳が完成した。

 一口目はだし巻き卵。

 優しい甘さと出汁の旨味が口いっぱいに広がる。

 

「……美味しい。」

 

 思わず独り言が漏れる。

 鯖は皮が香ばしく、身は驚くほどふっくらとしていた。

 どのおかずも白米が止まらなくなる味だ。

 気付けば茶碗一杯のご飯はあっという間になくなっていた。

 

「ごちそうさまでした。」

 

 食器を洗い終えると、鞄を持って店の外へ出る。

 隣家の駐車場では、霞が白い軽自動車のトランクを閉めているところだった。

 知に気付くと笑顔で手を振る。

 

「ちょうどいいところね。朝ご飯どうだった?」

「とても美味しかったです。」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。それじゃあ学校へ行きましょう。」

 

 知が助手席へ乗り込むと、車は静かに走り出した。

 奈良中央市の朝は穏やかだった。

 通勤する人、自転車で登校する学生、開店準備をする商店街。

 車窓から流れる景色を眺めながら、知は新しい街の空気を感じていた。

 

「学校のこと、少し説明しておくわね。」

「お願いします。」

「遷都学園、通称『千高』は、奈良中央市の都市開発に合わせて周辺の高校を統合してできた学校なの。」

 

 霞は前を向いたまま話を続ける。

 

「普通科だけじゃなく、工業科、商業科、国際科、スポーツ科もあるわ。だから生徒数も先生の数も多いの。」

「大学みたいですね。」

「初めて来た人はみんなそう言うわ。」

 

 霞はくすっと笑う。

 

「最近は海外からの留学生も増えているし、スポーツも盛んよ。野球、サッカー、柔道、テコンドーなんかは全国大会の常連らしいわ。」

 

「テコンドーもあるんですね。」

「ええ。それと一番気を付けること。」

「迷子にならないこと、ですね。」

「正解。」

 

 霞は笑いながら親指を立てた。

 

「校舎が広すぎるから、本当に迷う子が毎年いるのよ。」

 

 そんな話をしているうちに、大きな校門が見えてきた。

 石造りの門柱には力強く、

 

『私立 遷都学園』

 

 と刻まれている。

 五階建ての校舎。

 二つの体育館。

 武道館。

 陸上競技場。

 野球場。

 テニスコート。

 高校とは思えないほどの広大な敷地だった。

 

「……すごい。」

 

 知は思わず見上げる。

 

「でしょう?」

 

 霞は車を駐車場へ停めた。

 

「私は事務室で手続きを済ませてくるから、知は職員室へ行ってちょうだい。」

 

「わかりました。」

 

 二人は昇降口で別れた。

 校舎へ入ると、多くの生徒が行き交っている。

 案内板を頼りに職員室へ向かい、扉をノックした。

 

「失礼します。」

「どうぞ。」

 

 中へ入ると、一人の女性教師が立ち上がる。

 三十代前半ほどの、穏やかな雰囲気を持つ女性だった。

 

「平城知くんね。私は和宮です。二年A組の担任をしています。今日からあなたの担任になります。よろしくお願いします。」

「平城知です。よろしくお願いします。」

 

 知が頭を下げると、和宮は優しく微笑んだ。

 

「保護者の方は今、事務室で書類を書いてくださっているわ。それが終わるまで校内を自由に見学してきてもいいわよ。ただし、あまり遠くまで行くと迷っちゃうから気を付けてね。」

「はい。」

 

 知が職員室を出ようとした、その時だった。

 廊下から二人の教師が入ってくる。

 無精ひげを生やした男性教師と、黒髪を後ろでまとめた若い女性教師。

 知は自然と道を譲った。

 

「ありがとう。君が転校生か。」

 男性教師は人懐っこい笑みを浮かべる。

「はい。」

「俺は長谷川善吉。日本史を担当してる。歴史ってのは年号を覚えるだけじゃねぇ。そこに生きた人間を知る学問だ。授業も楽しみにしててくれ。」

「よろしくお願いします。」

 

 続いて女性教師が一歩前へ出た。

 

「新島真です。公民を担当しています。社会の仕組みや法律を学ぶ教科ですが、難しく考える必要はありません。疑問があれば、いつでも質問してください。」

「ありがとうございます。」

 

 二人は軽く頷き、そのまま職員室の奥へ歩いていった。

 知は職員室を後にし、校内の見学を始める。

 一方その頃。

 職員室の奥で善吉は書類を机へ置き、小声で話し始めた。

 

「どう思う?」

「受け答えは自然でした。現時点では特に気になる点はありません。」

 

 真は周囲を確認しながら静かに答える。

 

「ですが、この学園では今月だけで十名以上が失踪しています。引き続き慎重に情報を集めましょう。」

 

「だな。俺たちは教師として潜り込んでる以上、焦りは禁物だ。」

 

「ええ。怪しまれた時点で捜査は失敗です。」

 

 二人はすぐに教師の顔へ戻り、それぞれの仕事へ向かった。

 知は広い校舎を歩いていた。

 

「本当に広いな……。」

 

 普通科棟。

 工業実習棟。

 図書館。

 武道館。

 まるで一つの街を歩いているようだった。

 二階の廊下を歩いていると、一枚の扉が少しだけ開いていることに気付く。

 プレートには『生徒会室』。

 知は静かに中を覗いた。

 整然と並ぶ机。

 本棚。

 そして部屋の奥には、一枚の巨大な姿鏡が置かれていた。

 鏡の縁には龍が絡み合うような精巧な彫刻。

 その存在感に、思わず息を呑む。

 

「……すごい。」

 

 思わず声が漏れた、その瞬間。

 突然、後ろから腕が首へ回される。

 

「お前誰だ? その格好、この学校の生徒じゃないな。」

 

 知は驚きながらも落ち着いて答えた。

 

「今日、編入手続きに来た。明日から二年A組。」

 

「あっ!」

 

 慌てて腕が離れる。

 

「悪い悪い! 私服だったから不審者かと思った!」

 

 振り返ると、日に焼けた短髪の少年が頭を掻きながら笑っていた。

 

「俺は大和雷斗! 二年A組だ!」

 

 知は少しだけ目を見開く。

 昨日、割烹霞で会った大河の言葉が頭をよぎる。

 ――息子の雷斗。

 

「平城知。同じ二年A組。」

「マジか! じゃあ同級生じゃねぇか!」

 

 雷斗は嬉しそうに右手を差し出した。

 

「よろしくな!」

 

 知もその手を握る。

 

「よろしく。」

 

 二人は自然と鏡へ視線を向けた。

 

「この鏡、格好いいよな。」

 

 雷斗が龍の彫刻を見上げる。

ピピピピピ……】

 

 枕元の目覚まし時計が規則正しく鳴り響く。

 知はゆっくりと目を開けた。

 障子の隙間から差し込む朝日が、畳の上を柔らかく照らしている。

 

「……朝か。」

 

 奈良へ来て二日目。

 昨日は荷解きや慣れない環境で疲れていたのか、ぐっすり眠ることができた。

 今日は遷都学園への挨拶と編入手続きを済ませる日。

 明日から正式に二年生として通うことになる。

 布団を畳み、洗面所で顔を洗って身支度を整える。

 一階へ降りると、店内はまだ静まり返っていた。

 厨房にも霞の姿はない。

 冷蔵庫には一枚の付箋が貼られている。

 

『朝ご飯は冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね。ご飯は炊飯器からよそって。私は隣に車を取りに行ってるから、食べ終わったら声をかけてね。 霞』

 

「いただきます。」

 

 冷蔵庫を開けると、色鮮やかな朝食が並んでいた。

 だし巻き卵。

 鯖の塩焼き。

 ほうれん草のお浸し。

 香の物。

 豆腐とわかめの味噌汁。

 炊飯器から湯気の立つご飯をよそい、おかずを電子レンジで温める。

 食卓へ並べるだけで、小さな割烹の朝食膳が完成した。

 一口目はだし巻き卵。

 優しい甘さと出汁の旨味が口いっぱいに広がる。

 

「……美味しい。」

 

 思わず独り言が漏れる。

 鯖は皮が香ばしく、身は驚くほどふっくらとしていた。

 どのおかずも白米が止まらなくなる味だ。

 気付けば茶碗一杯のご飯はあっという間になくなっていた。

 

「ごちそうさまでした。」

 

 食器を洗い終えると、鞄を持って店の外へ出る。

 隣家の駐車場では、霞が白い軽自動車のトランクを閉めているところだった。

 知に気付くと笑顔で手を振る。

 

「ちょうどいいところね。朝ご飯どうだった?」

「とても美味しかったです。」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。それじゃあ学校へ行きましょう。」

 

 知が助手席へ乗り込むと、車は静かに走り出した。

 奈良中央市の朝は穏やかだった。

 通勤する人、自転車で登校する学生、開店準備をする商店街。

 車窓から流れる景色を眺めながら、知は新しい街の空気を感じていた。

 

「学校のこと、少し説明しておくわね。」

「お願いします。」

「遷都学園、通称『千高』は、奈良中央市の都市開発に合わせて周辺の高校を統合してできた学校なの。」

 

 霞は前を向いたまま話を続ける。

 

「普通科だけじゃなく、工業科、商業科、国際科、スポーツ科もあるわ。だから生徒数も先生の数も多いの。」

「大学みたいですね。」

「初めて来た人はみんなそう言うわ。」

 

 霞はくすっと笑う。

 

「最近は海外からの留学生も増えているし、スポーツも盛んよ。野球、サッカー、柔道、テコンドーなんかは全国大会の常連らしいわ。」

 

「テコンドーもあるんですね。」

「ええ。それと一番気を付けること。」

「迷子にならないこと、ですね。」

「正解。」

 

 霞は笑いながら親指を立てた。

 

「校舎が広すぎるから、本当に迷う子が毎年いるのよ。」

 

 そんな話をしているうちに、大きな校門が見えてきた。

 石造りの門柱には力強く、

 

『私立 遷都学園』

 

 と刻まれている。

 五階建ての校舎。

 二つの体育館。

 武道館。

 陸上競技場。

 野球場。

 テニスコート。

 高校とは思えないほどの広大な敷地だった。

 

「……すごい。」

 

 知は思わず見上げる。

 

「でしょう?」

 

 霞は車を駐車場へ停めた。

 

「私は事務室で手続きを済ませてくるから、知は職員室へ行ってちょうだい。」

 

「わかりました。」

 

 二人は昇降口で別れた。

 校舎へ入ると、多くの生徒が行き交っている。

 案内板を頼りに職員室へ向かい、扉をノックした。

 

「失礼します。」

「どうぞ。」

 

 中へ入ると、一人の女性教師が立ち上がる。

 三十代前半ほどの、穏やかな雰囲気を持つ女性だった。

 

「平城知くんね。私は和宮です。二年A組の担任をしています。今日からあなたの担任になります。よろしくお願いします。」

「平城知です。よろしくお願いします。」

 

 知が頭を下げると、和宮は優しく微笑んだ。

 

「保護者の方は今、事務室で書類を書いてくださっているわ。それが終わるまで校内を自由に見学してきてもいいわよ。ただし、あまり遠くまで行くと迷っちゃうから気を付けてね。」

「はい。」

 

 知が職員室を出ようとした、その時だった。

 廊下から二人の教師が入ってくる。

 無精ひげを生やした男性教師と、黒髪を後ろでまとめた若い女性教師。

 知は自然と道を譲った。

 

「ありがとう。君が転校生か。」

 男性教師は人懐っこい笑みを浮かべる。

「はい。」

「俺は長谷川善吉。日本史を担当してる。歴史ってのは年号を覚えるだけじゃねぇ。そこに生きた人間を知る学問だ。授業も楽しみにしててくれ。」

「よろしくお願いします。」

 

 続いて女性教師が一歩前へ出た。

 

「新島真です。公民を担当しています。社会の仕組みや法律を学ぶ教科ですが、難しく考える必要はありません。疑問があれば、いつでも質問してください。」

「ありがとうございます。」

 

 二人は軽く頷き、そのまま職員室の奥へ歩いていった。

 知は職員室を後にし、校内の見学を始める。

 一方その頃。

 職員室の奥で善吉は書類を机へ置き、小声で話し始めた。

 

「どう思う?」

「受け答えは自然でした。現時点では特に気になる点はありません。」

 

 真は周囲を確認しながら静かに答える。

 

「ですが、この学園では今月だけで十名以上が失踪しています。引き続き慎重に情報を集めましょう。」

 

「だな。俺たちは教師として潜り込んでる以上、焦りは禁物だ。」

 

「ええ。怪しまれた時点で捜査は失敗です。」

 

 二人はすぐに教師の顔へ戻り、それぞれの仕事へ向かった。

 知は広い校舎を歩いていた。

 

「本当に広いな……。」

 

 普通科棟。

 工業実習棟。

 図書館。

 武道館。

 まるで一つの街を歩いているようだった。

 二階の廊下を歩いていると、一枚の扉が少しだけ開いていることに気付く。

 プレートには『生徒会室』。

 知は静かに中を覗いた。

 整然と並ぶ机。

 本棚。

 そして部屋の奥には、一枚の巨大な姿鏡が置かれていた。

 鏡の縁には龍が絡み合うような精巧な彫刻。

 その存在感に、思わず息を呑む。

 

「……すごい。」

 

 思わず声が漏れた、その瞬間。

 突然、後ろから腕が首へ回される。

 

「お前誰だ? その格好、この学校の生徒じゃないな。」

 

 知は驚きながらも落ち着いて答えた。

 

「今日、編入手続きに来た。明日から二年A組。」

 

「あっ!」

 

 慌てて腕が離れる。

 

「悪い悪い! 私服だったから不審者かと思った!」

 

 振り返ると、日に焼けた短髪の少年が頭を掻きながら笑っていた。

 

「俺は大和雷斗! 二年A組だ!」

 

 知は少しだけ目を見開く。

 昨日、割烹霞で会った大河の言葉が頭をよぎる。

 ――息子の雷斗。

 

「平城知。同じ二年A組。」

「マジか! じゃあ同級生じゃねぇか!」

 

 雷斗は嬉しそうに右手を差し出した。

 

「よろしくな!」

 

 知もその手を握る。

 

「よろしく。」

 

 二人は自然と鏡へ視線を向けた。

 

「この鏡、格好いいよな。」

 

 雷斗が龍の彫刻を見上げる。

 

「この龍、今にも動き出しそうじゃね?」

「……確かに。」

 

知が静かに頷いた、その瞬間――。

 鏡の表面が、水面のように静かに揺らいだ。

 しかし、その異変に気付く者は、まだ誰もいなかった。

 




4話
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